第9話-4・〜オ ル ス バ ン
今回、後半がサスペンスホラー並みにグロくなっております。特に流血表現が苦手な方は読むのをお止め下さい!よろしくお願いします。
お願い、私を自由に、アリスにして――。
「アリシア」
「ん……姫様……」
「フツキよ、具合は?」
ずっと寝たきりのアリシアは魔界虫のせいで高熱を出し、激しい痛みと闘っていた。
ほぼ筋肉で出来た細い体は更に細く青白く変わり、にこやかに笑うアリシアは面影をも失っていて、見ていられない状態だった。
「えぇ、意識はまだあるわ。でも体が思うように動かなくて――っ」
再び苦痛で顔を歪めるアリシア。とりあえず持ってきた白湯をアリシアに飲ませて、額の汗を拭いた。そんなでアリシアがよくなるとは思っていなかったけど、少しでもいいから力になりたかった。
「喋らなくていいから寝ていて」
「ありがと……フツキ」
「ううん、いいの。友達でしょ」
私はそう言ってから、アリシアの今にも折れそうな腕に手を添えた。そうするとアリシアは弱々しく私に笑いかけて、手を握り返す。
「お腹空いてない?」
「大丈夫よ……、皆はどこに?」
「サブリナの妹さんを助けに、で私達はお留守番」
「あぁ、ダメよ!」
アリシアはどこからそんな力が湧いてきたのか、体を起こして私の肩をものすごい強さで揺さった。
「えっ、アリっ……シア!」
「危ないに決まってるじゃない! なんで皆について行かなかったの?」
「だってアリシア一人じゃない」
その時、アリシアはぴたりと手を止めて少しだけ嬉しそうな顔をすると私をぎゅっと抱き締めた。
「青薔薇姫様はお優しいのですね、でも私なんかに気を遣わないで」
「なんで? 優しくなんか……全然よ、自分で嫌になる」
「そんな事ないわ、自信持っ……ごほっ」
「アリシア、お願いだからちゃんと寝て」
私はアリシアを無理矢理寝かせて、額に冷たいタオルを置いた。触れた頬は熱くて、今にもアリシアは溶けてしまうんじゃないかと思った。
「ひどい熱よ、今はとりあえず寝て」
「ありがと、フツキはレイラと……似てるのね」
「え?」
どうしてと聞き返そうとした時には、既にアリシアは眠りについていて手を握る力が緩くなっていた。
「……今の間にお風呂にでも入ろうかしら」
私はアリシアの腕を布団の中に入れて、立ち上がった。服もポーンの残骸が付いているし洗いたい。
アリシアを一人残すと私は玄関へ薪を取りに向かった。
玄関まではあっという間で、大量の薪を小脇に抱えて浴室へ向かう。けど何とも表現できないくらいの空腹感に襲われ、食卓の上に置いてあったお皿にかかっていた布を捲ると、クロワッサンやフランスパンが。他のお皿にかけてあった布を捲るとフルーツがあったり、透明のラップからサラダやスープが顔を覗かせていた。
ダメダメ、この汚い服をどうにかしなきゃ。体も汚れてるし……薪もせっかく作ったんだから!
私は後ろ髪を引かれつつも布とお皿を元通りに戻して薪を抱え直し、浴室へ駆け込んだ。
「わ……、すごい」
いわゆる超古典的。重々しくて、黒く錆びた金属の戸を開けると薪を入れて温める所があって、恐らくそこで浴槽の水を湧かすんだと思う。
てか一人で入るもん? 何か無茶な気がするんだけど……。
「湯船は諦めるしかないわね……、残念」
私は一枚一枚、汚れた服を脱いで洗剤を混ぜた水に浸けておく事にした。チョーカーと銃は側に置いておいてと。
カーテンを閉めてシャワーのジャグジーに手をかけ、シャワーを出した。
「冷たァァっ!」
凍える! 氷点下! シャワーの水まで焚かなければいけませんでした。最悪、風邪引いちゃう。寒い……。私はバスタオルで体を拭き、着替え用のネグリジェを着て、更にその上からバスタオルを羽織った。
「貯水槽は……外にあるはずよね」
ネグリジェ一枚で外に出るのも如何な物かと思ったけれど今は仕方ない。見ている人がいないと信じて、木のドアを一気に開けると僅かに風の吹く外に出た。
「寒っ!」
玄関から恐らく真反対の位置にある貯水槽。濡れた髪から滴り落ちる水滴にさえも身を震わせながら、私は小走りで家の裏に向かった。
「あった……。あ、水は入ってるじゃない」
クロウもきっとこうして凍えそうになりながら貯水槽に水を入れて、薪割りしてたんだろうなと思うと可笑しくて仕方がなかった。
「戻ろ」
私は再び小走りで戻っていって、家の中に駆け込むと申し訳ないと思いながらも適当に誰かの部屋に入った。
「……レイラの部屋じゃない」
誰かに服を借りようと思ったんだけど……よりによってレイラ。ベッドの上に散乱した彼しか着ないカッターシャツを見ると、恐らく急いで出ていったんだと思う。
まぁ、借りちゃお。今から他の人の部屋入るのも罪悪感あるし、レイラなら許してくれるわよね。洗えばいいんだし。
服は裏返っていたけどボタンが途中まで外れていたのですっぽり被る事が出来た。
レイラって意外とルーズなんだ、普段は何だかきっちりしてそうなのに。確かに人に見られていなかったら適当にしちゃうもんね。何だか不思議……、レイラの事またちょっと知った気がする。
長い袖口を垂らしながら顔に近付ける。いつも腕を捲っているレイラのカッターシャツの袖はしわしわだけど薔薇よりも甘くて、深い香りが染み付いていた。
「いい匂い」
私は目を瞑って、ただその香りに脳髄まで酔い痴れる。もしこの香りに優しく抱きすくめられながら、真っ白なふかふかのベッドの上で眠れたならどんなにいいだろう。薔薇にも、海にも似たこの香りの中で――いっそ散れればいいのに。
「っうわ、私変態」
私は鼻から袖を即行離した。自分で言うのも何だけど気持ち悪かったわよね、でも――すごく安心する匂いだったからつい。
私はカッターシャツを羽織り直すと、浴室へ向かおうとした。
「あ、アリシアの部屋に寄ってみよう」
浴室の少し手前で私はくるりと踵を返すと、アリシアの部屋に行く事にした。 コンコン、とノックをして返事の無い部屋に入る。
「アリシア」
部屋は先程のようなランプの薄明かりは無くて、真っ暗で何も見えない。
寝ちゃったのかな?
「アリシア、寝てるの?」
私は入り口近くにあるライトのスイッチを手探りで探し、パチリと押した。
「―っ!!」
寒さからじゃない。恐ろしさの余り、戦慄を感じた。
白かった部屋の壁は血に汚れ、コントラストな赤に染まりきり不協和音を奏でだす。そして――。
「よぉ、青薔薇姫」
「ロジャーっ……」
口を封じられ、涙を幾筋も流しているアリシアの上に馬乗りになっていたのはロジャーだった。
「どうした、あァ? 姫様は仲間を放って呑気に彼氏とお楽しみか?」
「なっ、違う! アリシアから離れなさいよ!」
私はカッターシャツの袖を握りながら、ロジャーを怒鳴りつける。するとロジャーはびっくりしたような表情をし、寝転ぶアリシアの上で両手をすっと上げた。
「心外だな〜、ははっ」
目の前の彼の姿が忽然と消えた。どこ……?
「こーこっ、でもまだ戦えないよね」
再びあの時と同じように抱きすくめられる。
「っ――」
「フツキ、だっけ? 紅の豹なんかやめてさ……俺の方に来いよ。可愛がってやるよ?」
「別に。付き合ったりしてないわよ、離して」
更に彼は腕に力を込めて、離してくれようとしない。そして彼の体中にまとわりついているだろうヌメヌメした赤い液体がレイラのカッターシャツを汚していく。
「悪いなぁ、今俺かなりイライラしてるから――殺しちゃったんだよ、色々」
「離してっ……、気持ち悪い」
「語尾が震えてるじゃねぇかよ。まぁ誰も護ってくれないんだからな」
「自分の身くらい自分で護るわよ!!」
そう言った時にちょっと隙が出来て、私は急いで彼の腕を抜けると浴室にダッシュした。
水滴が少しついたドアを開け、穴に棒を差すタイプの鍵をかけるとチョーカーを首につけて銃を手に持った。
どうしよう、今廊下に出てもいい? もしロジャーが待ち伏せしていたら……。なら外に出るべきよね、でもアリシアが。外にセシリー達がいたらそれこそ一貫の終わり。
私が悩む間、ふと聞いた引きずるような足音、死へのカウントダウンが響き渡った。
ズル、ズル、ズル――。
彼が単純で良かった。そうじゃなきゃ選択を誤っていたかも。これはプラスにとって早く逃げなきゃ。
――ドンドンドン!!
ドアがこれでもかというくらい激しくノックしされている。
「アーオバラちゃん、ここにいんだろォ?」
――ドンドンドン!!
怖い。ダメだ、出よう。
ドアは鍵の辺りが悲鳴を上げ、今にも外れそうになっている。木が私は浴室の窓を両手で押し上げて、少し細い間に足をねじ込んだ。そこからは比較的するりと抜けて地面に着地した。
「よ、いしょ」
まるであの時の事を思い出した。――青薔薇城が壊れる前、あいつに襲われて自殺を計ったあの時を。でも今は誰もいない。
とりあえず表に回ろうと音を立てないように走る。誰かに助けを求めないとアリシアが……。
「きゃあぁっ!」
窓ガラスが内側からすごい勢いで割れて、数多の透明の破片が飛び散った。
肩にズキリと鈍い痛みを感じ、ふと見ると肩には大きい物で10センチくらいありそうな破片が刺さっていて、ロジャーに付着していた湿った血に混じり、まだ色の鮮やかな私の生温い血が白いカッターシャツを紅に染めた。
「っ」
窓にはロジャーの大剣が刺さっていて、あと数センチ進めば顔面にざっくり傷がいったに違いない。
すぐに大剣の下を掻い潜って、芝を強く強く蹴った。音が立とうが姿が見えようがもう関係ない。今は走るしか無いんだ。
玄関までやってきて一度立ち止まり、入り口にくるりと振り返った。
気持ち悪いくらいしん、と静まり返る家。辺りに誰もいない。そしてただ私に襲い掛かるのは重たい痛みと、凍り付きそうな恐怖だけだった。
その時、頭上でパリンとガラスが砕けて雹のように私に降り注いだ。咄嗟に顔を庇い、しゃがみこむ。
「オラァァ!!」
ガラスの雨が降り終わって、上を見ると大剣抱えて飛び掛かってくるロジャーが。
「あああッ!!」
私は僅かに避け切れず、背中をざっくり斬られてよろめき、まともに立っていられず膝をついた。が、芝に落ちたガラスの破片が映し出したのは次こそは、と的確な斬撃で私を襲い掛かろうとした鈍色の刄。
「くっ!」
ほんとに咄嗟の判断だった。私はすぐに跪き、薔薇のレリーフが施された銃をしっかり両手で握り締め、ロジャーに向かって撃った。
「っああ!」
たまたまだった。けれど弾は見事にロジャーの手に撃ち込まれて、黒赤い血が吹き出た。
私の手は撃った時に跳ね上がり、衝撃で手がふるふると震え、痺れている。
もう一回撃てるか? もしそう聞かれても首を縦に振るのは難しかった。完全に銃の反動で手が麻痺していて、握るのもつらいくらいだったから。
私はぐっと立ち上がり、この気味悪い家から離れる為にも再び走りだした。腕の感覚が無くなってしまいそうで、足もよろめいて、息も上がりきっていたけれど止まるなんて許されない。
ロジャーの雄叫びを遠くで聞いた気がしたけれど私は華やかな花壇を抜け、深い緑の池も横切りひたすら助けと隠れる場所を求めて走っていった。
そうだ……、あの薪割り場ならきっとロジャーも気付かない。少し外れているし、深い森は私の姿を隠すだろう。
私は木々の間を抜けて、薪割り場へ近寄っていく。 低い木々は深緑色の葉を厚く纏って、冷たい風が吹く度にカサカサ音立て合唱をする。
「うんっ……!」
羽虫がたくさん飛んでいて私の体にぶつかり、血にはまっていく。
もう欝陶しい! さっきまではこんなにいなかったのになんで? 私の血のせいなの?
羽虫を力の入りきらない腕で払いながら薪割り場まで進んでいく。
薪割り場に近寄るにつれて気分が悪くなるようなぷん、と嫌な臭いが濃く臭い始めた。
気持ち悪い。吐きそうな臭い、この臭いって――。
私は思わず口を震える手の平で押さえて、更に奥の木陰に入る。
「っ――」
もうすぐそこに薪割り場が見えるという所
までやって来た。
「え?」
静かな森林の中で雨が降っていないのにも関わらずぽたり、と頭に雫が落ちたのを感じた。と同時に足の裏もぬめっとした感触が走って思わず地面に気がとられる。
暗くて……よく分からない。
ぽたり、と再び雫が頭の上に落ちる。次は垂れる雫の正体を知るために上を見上げた。次は大きな雫が私の頬に落ちて、なぜる。葉から雫が垂れ、頬に落ちそして目を疑った。
――赤い?
音も立てず瞼に落ちてきた雫に指で触れて、ついた液を次は目で確認した。
それは体中に付着した色と同じ色をしていて、しっとりと指先を紅に染めている。
「血……? まさか」
幾粒も赤い雨が降る中、私は勇気を振り絞って木陰に隠れた最後の舞台に足を踏み入れた。
「ひゃっ!」
ぬるっとした草むらに滑って尻餅をついた。お尻や手の平のぬめっとした感覚が付き纏い、じわっと染み込む。そして拡がっていた情景は――。
ただ何も言えなかった。唯一言えたのは恐怖に怯え、おののき、回避しようとした私の叫び声。
――最早、この世のモノでは無かった。
今まで私達の馬車を引いてくれていたあの名も無き馬の首は吹き飛んでいて、力無き胴体の切り口からはぐにゅりとうねった腸やどろんとした臓器が辺り一面に飛び散っていた。
「うっ!」
途端に口に変な味が広がり、胃から気持ち悪い物が込み上げてきた。銃を地面に落とし、吐き気を堪える為に必死に口を押さえた。
「くくっ」
「っ――!」
「よぉッ、生意気な女だな。てめぇは」
ロジャーは大剣を左手に持ちかえた代わりに右手にもう一匹の馬の手綱を握っていた。ヒトを信じきった瞳はただ優しく私を捕らえる。
「何するの……? やめて、その子を離して」
「くくく……あはははは!!」
鈍色の刄が馬の首に食い込み、赤い液体が飛び出たと同時に悲痛な鳴き声をあげる。
「いやああああ!!」
首が目の前に吹き飛び、その真っ黒な瞳はもう私を見据えてはいなかった。切り口から血飛沫が物凄い勢いで飛び散り、全身に降り注ぐ。
しかし気付いたら私は銃を片手に走っていた。
逃げなきゃ、護らなきゃ。いいえ違う。もう見たくないの。
「待てよ! あはははは!」
追ってくる追ってくる! 嫌だ、私に触れないで!
それでも迫ってくる気配――。捕まってしまう!
「ふぐっ!」
突如後ろから抱え込まれ私の口に大きな手が被さり、私はどんどん引き摺られていった――。
グロかったですね……、次回はサブリナやレイラなどのフツキ以外の視点になると思います(´`)