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第2話・二人の関係

「……ん」

 気付けば私は真っ白なベッドの中だった。いつの間にかパジャマが着せられていて、頭にも足にも包帯がぐるぐる。一番目立つのは左肩を覆っている大きな三角巾で、そこから伸びる腕には針が刺さっている。

 何これ……。

 針は細いチューブに繋がり、それは雫が滴る透明の小さな容器に、更に容器は謎の液体が入った袋に繋がり、袋は金属の棒にかけられていた。

 ここ何処……?

 真っ白な壁、狭い小さな部屋、無機質な機械音。薄黄色の蛇腹状の敷居がベッドの回りを取り囲み、天井には飾りも何もない平々凡々なライトがぶら下がっていた。私の右側には美しい夜空の広がるバルコニー。壮麗な夜空に一瞬息を飲むがすぐにその下で眠るもっと美しい彼に目がいった。

 そう私を危機から救い出してくれた名も知らぬ彼だ。

 最初に目に入ったのは見とれちゃうようなダークブロンド。金、銀、茶色……、とても言葉で言い表せないけど光の加減で髪色が違って見える。私のただ真っ黒な髪とは大違い。顔も端正だ。すっと通った鼻筋、柔らかそうな口唇は横に大きく広がっていて、男の人の口って感じ。

 ただ表情が悲壮で、額からは汗が流れている。直ぐ様私の意識は彼の美貌から容態へ向いた。

 どうしよう、彼は無理をしていたの? 私と変わらないくらいに。でも私を――。

 彼の傍にも私と同じ金属の棒に袋がかけられた装置があって、ぶら下がる袋は赤い液体で満たされていた。もしかして……血!?

「ね、ねぇ、大丈夫? 死なないで!」

 痛む体に鞭を打って立ち上がり、彼の額に手を添えようとしたその時だった。

「起こさないであげて」

 振り向くとそこには白衣姿の美少女が腕を組んで立っていた。

 黒いスカーフを頭の上でリボンのように結び、一つにまとめあげられた短めの金髪は大きくウェーブがかり美しい彼女を優美に演出していた。垂れ気味の大きな目は真ん丸で鮮やかな茶色。口唇は瑞々しい桃みたいだ。年齢は私より少し下くらいの幼い少女だ。

 可愛い、という言葉こそが彼女に似合う言葉、いや逆に可愛いという言葉が似合うのは彼女だけなのではないかと思うくらい可愛かった。

「大丈夫ですか姫様? 一応、左肩の整復は致しましたけれどゆっくり休んで下さいね。ここ私の診療所ですから」

 彼女はやんわりした愛くるしい微笑みを私に向け、そう告げた。声まで鈴の音のように可愛い。外の世界にはこんなに可愛い天使みたいな子がいるんだ――。

 私なんてどれだけちっぽけなんだろう。世界中の人皆こんなに素敵だったら私は取り柄もへったくれもない。

「今から点滴外しますわね、じっとして下さい」

「て、てん……?」

「点滴、ですわ。姫様の腕についている針で栄養を送っていたの」

 点滴……。こんな物騒な装置が私の体を支えてくれていたのかと思うと外の世界も少しだけ興味を持てそうな気がした。

「あの……助けて下さってありがとうございます。彼は、彼は無事なんですか?」

「えっ、何も知らない?」

 点滴の針を外し、血を止めていた彼女の目が更に丸くなって見開かれた。

「アリシア」

 ふと横を見るといつの間に起きたのか彼が美少女を睨んでいた。美少女、多分アリシアと言うのだろう。彼女はふぅっと大きく溜め息をつき、呆れた表情をした。

「大丈夫なの? 全く。無理しちゃって」

 アリシアは彼の側につかつか寄っていくと、手慣れた手つきで点滴を取り外した。レイラの腕に小さな赤い点が浮き上がる。しかし、それと同時にアリシアはコットンを腕に貼り付けてしまった。どうやら血を止めたようだ。

 それからふいに彼の首筋に手を軽く添え、丸い瞳を細めると、頬に可愛らしい口唇を落とし、颯爽と部屋を去っていってしまった。

 ……これが噂の"キス"なの?

 私の顔は身体中の血液が一ヶ所に集まっているかのように赤くなっているに違いない。なぜなら美しい二人のキスは見事に様になっていて絵画のようだったから。

 外の世界では好きな人同士がしたり、挨拶代わりにするとは知っていたけど……見ているこちらがこんなに恥ずかしい思いをするなんて本に書いていなかったわ!

「姫?」

「な、な、何が何だか分か、そ、その、ご、ごめんなさい!」

 いきなり視界がぼやけた。重たいカルチャーショック、多分これが原因だ。

 でもあの時のような怖い涙でも悲しい涙でもない。私の世間知らずが招いた戸惑いの涙だ。

「あの、驚かせましたよね、すみません」

「いえ、私こそ……」

 今では彼の方が戸惑って、眉毛をへの字にしながら心配そうな表情をしている。

「えと……私どうなったの? 実は何も覚えていないの」

 滝で彼に抱き締められて手をとった後からの記憶は一切合切無い。可笑しな話だけれど気付いたらここにいたのだ。

「軍に見つかっちゃっただけですよ」

「あの趣味悪い軍服着てた人達?」

 あの苦い経験を思い出し、口唇を尖らせながら彼に尋ねた。

「趣味悪いって……、正直なんですね」

 そう言う彼も少し苦笑しながら頷いて認めている。

「逃げるために咄嗟に貴女に魔法をかけて眠らせたんです。貴女にそんな所見せる訳にはいかないですからね」

「私の事を庇ってくれたの……?」

 彼は黙っていたのだが、腕や背中に何ヶ所も巻かれている血の染みた包帯が状況を物語っていた。撃たれたんだ、きっと。

「ごめんなさい」

 再び涙が溢れる。止まりかけていたのにもうしばらくは止まりそうになかった。

「何故、謝るんですか? ほとんど掠り傷ですし大丈夫ですよ。何も貴女が謝る事ありませんって!」

「でも貴方は見ず知らずの私を庇ってそんな大怪我をっ。私は、傷一つないのに」

 私はぐずぐずと泣いて反論する。

「貴女も十分傷だらけですよ。傷付いている貴女にこれ以上怪我させるわけにはいきません」

「でもそう――」

「もう怖くないですよ。連中らは半殺しにしてきましたから」

 ハンゴロシ……?

 彼は笑いながら当たり前のようにそう言ったが私は一瞬で体が凍り付いた。

 笑いながら言うものじゃないはずだ。とりあえず今の発言は聞いていないということで処理しておこう。

 ――有り得ない。こんなに美しく細身な彼がするはずないわ。

「僕はしたいようにしただけですよ。貴女は気にしなくていいし、それに怪我はすぐ治ります」

 彼は元気そうにぐるぐると腕を回す。すると何か思い出したような顔をしてベッドの下を漁り始めた。

「銃、貰った物だったんですね」

 そう言うと彼はいつの間にか修復された木箱を私に手渡した。

「これは! あ、ありがとう、えっと……」

「改めまして僕はレイラです。好きに呼んで頂いて結構ですよ」

 透き通った紅茶色の瞳が私を見つめる。なんて優しい色なんだろう。

「レイラ。私も、銃も、全部護ってくれてありがとう……。生きてて、本当に良かった」

 再び泣けてきて、彼の膝に顔を埋めた。自分が嫌になってしまう。それでも彼は自己嫌悪に陥った私の背中に優しくさすってくれた。

 ありがとう、ありがとうって何度も言った。涙もありがとうって言葉も自然とたくさん溢れ出して止まらなくて、もっともっと伝えたくなって、このよく分からない感情は収まりそうに無かった。

「姫、泣かないで下さいよ。僕が泣かせてるみたいじゃないですか」

(あなが)ち間違っていないと思うわ、レイラ」

 ちょっとだけ不敵に笑ってみせる。

 それを見た彼は微笑むと私の涙をぐしぐしと掌で拭った。手は大きくて、骨ばっていていかにも男の人って感じだったからかドキドキしたけど、温かくて何だか安心出来た。絶対大丈夫だ、そんな気がした。レイラがいたら何も怖くない。本当に自分がお姫様になった気分だった。

「ところで姫。今更ですがお話があります」

「なぁに?」

 レイラは途端に神妙な顔つきになり、目を伏せた。

「僕は貴女は青薔薇姫だと言いましたよね」

「そうね……。私どこかの国のお姫様だったの? それとも貴方が勝手に?」

 自分が姫であるなんて叔父さんから聞いたこともないし、そんな育て方をされた覚えもない。確かに外に出してもらえることはなかったけれどもそれ以外は普通の女の子として育てられてきたつもりだ。

「微妙にどちらも違いますね。ラウリナトスの青薔薇の話はご存知ですか?」

「ごめんなさい、知らないわ。有名なお話?」

「はい。ラウリナトス中の人間はもちろん、高等魔獣でさえ知っていますよ。とりあえず結論だけ言いますが青薔薇姫はラウリナトスを護るため強力な魔法を持ち、薔薇の名を持つ六人の従者を従える青い瞳の娘なんです。ちなみに僕は紅薔薇の従者、アリシアが橙薔薇の従者、そして貴女が青薔薇姫」

「……でも青い瞳の女の子なんて沢山いるじゃない。どうして私?」

「僕は夢で貴女が青薔薇姫であり僕が紅薔薇の従者だと知らされました。それに青薔薇姫はこの世に生まれ落ちた時から高い魔力を秘めていますので各地に住む魔導士が見極めます。彼らの情報を頼りに僕とアリシアは各地を移動し、貴女の居場所を突き止めました」

 彼はさらっと言ったがその背景にはたくさんの血と汗と涙が流れているにちがいない。有難いような申し訳ないような複雑な気持ちだ。

 生まれた時から青薔薇姫なら、芳也叔父さんは私が青薔薇姫だと知っていたのかな。だから何らかの都合や理由があって私を世間から遠ざけたのかもしれない。

 私の記憶は叔父さんと暮らした頃からしかないから、まだ見たこと無い父と母も私を隠したかったのかも。もちろん叔父さんも。

 でもじゃあなぜ叔父さんはいなくなったの? どうして父と母の記憶はないの? 私は本当に青薔薇姫なの?

 私、知りたい。

 叔父さんが何を護ってきたのか。叔父さんは私をどうしたかったのか。

 私、叔父さんにもう一度だけ会いたい。

 大好きだった。今まで私を育ててくれたんだ。私が、私が叔父さんを助けなきゃ。そして叔父さんが護ってきたものを確かめたい。

「姫、聞いてます?」

 しまった。考え事をしすぎてレイラの話を聞いていなかった。

 彼はそんな私を見て眉間に皺を寄せて、腕を組んだ。

「貴女は飛び降りたり、銃を突きつけたり、怖いもの知らずですから人の話はちゃんと聞いて下さい。じゃないといつ大変な目に遭うか分かりませんからね!」

「……はぁい」

 私は初めて見るレイラの怒った顔に気まずくなって、彼の着ているカッターシャツの裾を指で弄んだ。

 しばらくするとレイラは何故だか困ったような、恥ずかしそうな顔をしながら自分の髪をぼさぼさになるまで掻き始めた。

「レ、レイラ? せっかく綺麗な髪が――」

「と、とにかく、とにかくです。今までなかなか揃わなかった従者が貴女の代で全員揃いました。揃う、つまりそれだけ青薔薇の力が必要であるということで、世界の崩壊が近づいているということです。だからそれを防ぐために僕達と旅に出て下さいませんか?」

「えぇ、私で良ければ」

「では――」

「あ、あのっ、私……お願いが、あるの」

「何です?」

「叔父さんの行方を知りたいの。死んでるか生きているかも分からないけど、でももう一度だけ会いたいの。だから旅をしながら探してもいい?」

 レイラは私がそう言うと苦虫を噛み潰したような渋い顔をした。

 その表情はどこか悲しげで、ほんの少しだけ憎悪が込められている気がした。

「我が儘、よね。ごめんなさい、でも、絶対に皆に迷惑かけないし――」

「いえ、僕達も手助けします」

「本当!?」

「もちろんです。直に従者がもう一人来ます。それからすぐここを旅立ちましょう」

「ありがとう!」

 レイラは先程までの暗い表情ではなく優しい表情に戻っていた。

 良かった……。私、何としてでも探さなくちゃ、叔父さんを。あんなに大事な人なんだもん。でもレイラ達には迷惑かけないよう絶対に絶対に気を付けよう。

「あとね……ちょっとだけ、バルコニーで空を眺めてもいい? こんな綺麗な夜空、初めてなの」

 秘めやかな青薔薇に覆われていない夜空はまるで宝石箱のようで私の心をすっかり魅了していた。

 あの時の恐怖が和らいで屋内から見た夜空は私に優しく微笑みかけているようにさえ見えたのだ。

「でも……まだ少し怖いからここから見ていて欲しいの。すぐ、戻るから……」

 彼は少し驚いた顔をしたが目を細めると首を縦に振ってくれた。

「ありがとう」

 立ち上がってバルコニーの方へ近寄り、冷たい硝子戸にそっと手を当てる。知らない、初めての世界に踏み出そうとしている。

 でも……その前に。

「レイラ」

「どうしました、姫?」

「姫かもしれないけど、やっぱり私はフツキなの。だからフツキって呼んで欲しいの。それにその、実は姫って呼ばれるの恥ずかしくって。その、あ、でも――」

「分かりました、フツキ。いってらっしゃい」

 レイラの紅茶色の瞳は温かい紅茶を飲むより体を温かくしてくれる。

 私は顔が赤いのを感じながら少しはにかんで『いってきます』だなんて言葉を初めて使って。

 見えない羽で包まれた天使みたいに私は軽やかに一歩、ほんの小さな一歩を踏み出した。

 見上げるとそこには美しい夜空。思わず甘い吐息が一つ零れる。

 暗闇のビロードに、星のスパンコール。三日月のブローチに朧雲のヴェール……。

 ありのままの空、ありのままの私。

 ねぇ、あの空に溶けたなら私は本当に青薔薇姫様になれますか――? 

「叔父さん、私、これでいいのよね」

 叔父さんが大好きだった、全てを教えてくれた人だった。沢山愛をくれたし、勉強を教えてくれたし、お話を聞かせてくれた。

 でも居なくなっちゃったから私の世界は崩れてしまった。

 叔父さんは私を育ててくれたけど、多分私はこんなんじゃ駄目なの。叔父さんは何か目的があったのかもしれないけど。

 私、叔父さんを探すわ。

 それにね、どうしても世界を知りたい、と思ったの。こんなに何かしたいってドキドキするのは初めてだけどその衝動に従ってみたかった。

 でも月を見ているとやはり叔父さんの悲しげな顔が浮かぶ。

 叔父さん、私はレイラっていう優しい人に出会いました。彼は底無し沼のような絶望の中にいた私を助けてくれたの。私を青薔薇姫だと言って、助けてくれたの。

 あ、そうだわ、私、青薔薇姫、かもしれません。知ってた?

 深月は叔父さんのこと忘れてないよ。私の声聞こえてるといいな……。

 ふと空を見上げる。

 空が震えたような、裂けたような気がした。

 ……少し感傷的になってたのね。空が裂けるわけないか。そろそろ戻らなきゃ。

 そう思った途端、突風が吹き付けて、以前私が飛び降りて地面にぶつかった音と同じ音が鼓膜を強く震わせた。と同時に握っていた金属の柵がびりりっと振動し、歪な黒いモノが急に目前に迫り来る。

「アオ……バラ?」

 喋ったよ、ね?

 私は身を固くして、迫り来るモノをただ凝視する。それ(・・)はぐっと前にのめって、私の顔に触れそうなくらい近づくと頭の上から爪先まで舐め回すように見つめた。

「あ、やっぱそうじゃん。左腕大丈夫なの?」

「きゃああ!」

 私は生きてきた中で最も大きな叫び声をあげて、後ろに思いっきり後退った。

「フツキ!」

 私は左腕のせいでバランスが取れずよろめいたが、後ろから誰かに抱き止められて何とか立つことが出来た。私の胸下に巻き付く腕は細身だが筋肉質で、止血用のコットンが貼ってある。

「……レイ、ラ?」

 見上げるとやはり彼だった。レイラは左腕に私、右手に金色に光るダガーを逆手に握り締め、声の主に向ける。

「怖いなぁ、レイラくん。相変わらず独占欲が強いね」

「クロウ、どうも久しぶりです。何か用ですか?」

 目の前には全身黒ずくめの美しい男の人。はねた黒髪に切れ長の黒い目。黒いタートルネックに黒いズボン、黒いシルクハットに黒い羽で出来たショールと黒地のチェック柄のショール腰に重ね巻いて。唯一の色物はシルクハットに飾られた大輪の青薔薇ひとつ。胸元には髑髏と十字架の銀色のペンダントが揺れ、月を不気味に浮かび上がらせていた。

 どのようなバランス感覚なのだろうか。細い柵の上で片膝を立てながらこちらを見つめていた彼は、にやりと笑うと意図も容易くバルコニーに飛び降りた。

「あっは、つれないなぁ。もちろん姫を護りに来ーたーの」

 先程の気味悪さから一転。朗らかな雰囲気を纏い、つかつかと私の方に歩み寄る。すると再び触れ合いそうなくらいに顔を近づけてきた。

「へぇ、綺麗な子」

 急に生ぬるい感触が私の頬を伝う。仄かな微熱は甘い香りと共に私の脳内を痺れさせた。刺激源は彼の口唇と舌だと気付いたのは軽い目眩を覚えてからだった。

 吸われた? 舐められた? あれ……よくわかんない。え、あれ、これって……。

「あ。ほっぺで良かった? ごめんね、口じゃなくて。あっは、良く見えなくってさ」

 そして彼は小さなリップ音と共に再び私の瞼に口付けるとワンテンポ遅れて私の頭とレイラは反応した。

「……! フっ――」

「ひっ、きゃああぁああぁあ!」

 先程の絶叫具合を上回る悲鳴が静かな夜空に何重にも木霊して響き渡り、鳥達が急に飛び立った。

「姫様!? レイラ!?」

 物凄い速さで階段を登る音がし、勢いよく部屋のドアが開かれた。

 入ってきたのはアリシアで、金髪を振り乱しながらベッドをいとも簡単に飛び越え、バルコニーへ足を踏み入れたがすぐ立ち止まって口をあんぐり開けた。

「クロウさん!」

 なぜか急にアリシアは挙動不審になり、そわそわして頬に両手を当てる。

「アリシア、久しぶり。青薔薇姫を早く見たくて急いで来ちゃった。元気だった?」

「は……はい!」

「ちょっと何するんですか! もう結構ですから今すぐ帰って下さい! ほら早く!」

「何言ってるのさ。呼んだのレイラだし! 俺だって立派な従者だよ。ていうかさ、俺も泊めてくれない?」

「無理です! 無理という時に使う筋肉も酸素もカロリーも時間ももったいないです! 君は僕らの中で一番厄介なんですから! フツキ、戻りましょう。アリシアも一旦お茶でも飲んで休みましょう」

 そう言うとレイラはクロウさんが「俺もー」と言いながら部屋に入ってくるコンマ一秒前にぴしゃりと硝子戸を閉め、鍵を二重にかけてから、私の頬をカッターシャツの袖で何度も拭った。

「レ、レイラ、多分あの人そんなつもりじゃ――」

「何言ってるんですか。そんなつもり、に決まってます」

 痛いよ、そんなに擦ったら皮膚剥がれちゃうよ、なんて言えるはずもなく私はされるがまま立ちぼうけた。

 ふと振り向くと硝子戸に貼り付いて悲しげな表情をしている彼が見えたけどそれは一瞬だけで、すぐにレイラが私の顔を両手で包んで前を向かせた。

 レイラの顔が怒りに満ち溢れていたので思わず苦笑いしたが、彼は私の表情を見て一つ溜め息をつくとそっと肩を抱いて連れ戻したのだった。




   †




 とりあえず一難去って一休み、疲れた。

 私はレイラとアリシアに連れられてダイニングでお茶をしていた。橙色の壁紙と茶色の家具で統一された広いダイニング、食卓には色とりどりのフルーツが入ったバスケットがおいてあった。

 じっとカップの中の紅茶を眺めていると痩せこけた少女がこちらを見ていた。その少女の瞳は紅茶と混じってどこか暗さを帯びている。

 ――紅茶色はレイラの瞳の色。いつの間にかじっとレイラの瞳を見つめていた。透き通っているのに温かくて綺麗だ。

 眼鏡をかけたレイラは私の視線に気付くことなくコーヒーを飲みながら黙々と本を読んでいる。

 かっこいいなぁ。叔父さんの眼鏡姿とは違ったかっこよさがある。叔父さんは知的な感じだったけど、レイラはクールな感じだ。

 あまりにも私がじっと見つめていたせいかレイラは苦笑いをしてふと顔をあげた。

「どうかしましたか?」

「いえっ、な、何でもないですっ」

 心の内の様々な言葉を飲み込んで誤魔化すとレイラは怪訝そうな表情で私を睨んだ。

「顔に何か書いてありますよ?」

 この人は騙しきれない。そう思った。頭を一生懸命フル回転させて私は気になることを探してみる。

「さっきの黒い人は誰?」

「あぁ。……知り合いですよ、ただの。と言っても黒薔薇の従者なんですが昔から面倒臭い奴で」

「そうなの……?」

 私的には彼もレイラもお互い好きなんだなぁ、って思った。彼はレイラが好きって言えるタイプだけど、レイラは照れてるのかな、恥ずかしがり屋さんなのかも。

 そして次は思い切って一番気になっていたことを聞いてみた。

「じゃあアリシアは? もしかして、その、恋人とか恋人とか恋人とか……」

 急に恥ずかしくなって私は勢い良く紅茶を飲んだが変なところに入ってむせるという更に恥ずかしいことをしでかした。

 最後の方はごにょごにょしてしまったけれどどうやら聞き取れていたらしく、レイラは一瞬驚いた顔をした。が、視線を再び本に向けるといつになく不敵に笑って口を開いた。

「ご想像に任せますよ」

 私の顔は彼が見た中で一番赤かったに違いない。目の前のレイラが本を読むフリして一生懸命笑いを堪えて、肩を震わせている。

「お、おやすみなさいっ!」

 私は残り僅かな紅茶を一気飲みした後、部屋まで駆け上がり直ぐ様ベッドに潜り込んだ。叫んだせいとむせたせいで喉が痛かったし何より衝撃的な出来事が多すぎて疲れ果てていた。

 アリシア達の好意に甘えてゆっくり休もう。色んなことあったし。これが外で生きるっていうことなのだ、きっと。

 まもなくして私を包み込んだのは暗闇と静寂。今まで怖くなかった孤独に急に吐き気を感じる。一人は嫌。皆といればあんなに温かいのに。私はこの少しの期間でどうしてしまったんだろう。違う、多分私はこれを心の奥底で望んでいたのだ。ずっと隠していただけ。

 叔父さん生きてるかな……。ごめんね、叔父さん。叔父さんのことほんの少し忘れちゃってた。ちょっとね、楽しかったの。友達(・・)が出来たみたいでね。皆私に優しくしてくれるの。ねぇ、叔父さんお話したいことが沢山あるわ――、叔父さん。

 そんなこと考えているうちにだんだん瞼が重たくなって一粒の雫と共に深い眠りに落ちていった。


 翌朝、私が誰かに腕枕されていることに気付いて再び絶叫したのはまた別のお話――。




【アリシア】

主要キャラの一人。橙薔薇の従者。十六歳(つまり実はフツキより年上)の童顔美少女。短い金髪はウェーブがかっており、黒いスカーフをカチューシャ代わりにしている。理想的な美少女。医学の知識に精通しており、体術を武器とするが武器の扱いはオールマイティ。ただし従者の中で唯一魔法を使えないどころか、ちょっとした魔力にすらあてられてしまう。レイラとはそれなりに深い関係であるようだがクロウにさりげなく好意を寄せている。

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