第9話-1・誓った言葉、託された力〜魔界虫
久々の5日更新!よっしゃあああ!この9話でまたエピソードが増えますよ、今回は序章ですが大切なお話です!
人魚姫の唄を受け継ぐ――それが私の懺悔なの。
「いッ!!」
吐き気が催すそれ、というのはアリシアの左肩の傷のこと。
何故か傷口が白煙をあげて閉じ、アリシアの皮膚が薄黒くなって中で何かがうねっている。それはとかげのような、また何かの幼虫のような形をしていて……気持ち悪い。だんだんアリシアの体の奥へ進んだのか、それは見えなくなってしまった。と思ったらまた新たな場所に黒い山が出来る。ずっとこれの繰り返し。
「レイラ君、ちょっとどいて」
サブリナはすかさず前に出て、レイラと交代しアリシアを介抱した。
「うあぁっ……!」
アリシアの顔が苦痛に歪み、蒼白になってゆく。
「アリシア、どこ痛い?」
「せっ……背中にっ、いる……!」
「やはり……」
「サブリナっ、どういう事ですか!?」
レイラは血相を変えて、気が狂ったように冷静さを失っている。そこで大きいままのティーティがレイラの背中を優しく叩くと口を挟んだ。
「サブ、もしかしてこれって魔界虫……じゃない?」
「えぇ、私じゃ治せないわ。私はこれを治療できる魔力を持っていない。でもこのままだと……」
「アリシアは――死ぬのか?」
ジャイロは見たことないくらい悲しい顔をして刀の柄を強く握った。皆、苦しむアリシアを中心にただ呆然とし、黙り込む。
嫌だよ、アリシアが死ぬだなんて……。急に息が出来なくなりそうなくらい胸が締め付けられ、悲しさが込み上げてきた。涙が出そう。
「よいしょ」
サブリナはきゅっと口唇を噛むと、突然アリシアをおぶり始めた。
「サブリナ?」
「ついてきて」
「え?」
「ついてきて、【魔女の里】に」
するとクロウがアリシアがこんな状況なのにも関わらず、不敵な笑みで尋ねた。
「やっぱ【魔女の里】って存在するんだ?」
「えぇ、私達魔女は皆そこからしか生まれない」
「サブリナって……魔女だったの?」
返事をする代わりにサブリナは私にくすっと笑いかけた。
サブリナの端正で少し哀しげな笑顔に思わず目を奪われる。
「ちょっとクロウ君、アリシアちゃん背負って」
「はいはい」
サブリナはアリシアをクロウに託すとあのホラ貝や鎖が沢山ついたステッキを取り出し、そして私には何が何だか分からないような呪文を唱えるとステッキをくるくると回しだした。するとステッキの先から次元が歪み出し、無いはずの空間がどんどん、どんどん生み出されていく。
サブリナがステッキを回していくうちに空間は直径が3メートルくらいの穴をぽっかり空けた。サブリナは切りがいい所でステッキを回すのを止め、次はしっかり手に持ち、先に炎のような揺らめく灯りを灯した。
「私についてきて」
サブリナはそう言って、歩き出そうと空間に足を一歩踏み入れた。
「待って」
急に飛び出したレイラはサブリナの肩を掴んだ。
「サブリナ」
「いいの、大事な仲間の為よ」
サブリナは肩をがっちり掴むレイラの手を優しく握ると下へゆっくり降ろした。
「さぁ、行くわよ。足元暗いから気を付けて」
「サブ、まだなの?」
「まだよ。頑張って」
ティーティは書を片手に灯りを灯し、サブリナの横を歩いている。その後ろをクロウと私、更に後ろはアリシアを担いだレイラとジャイロが歩く。
聞こえるのは皆のカツンカツンとかドンドンいう足音と時々聞こえるアリシアの呻き声。空間の中はサブリナとティーティの灯りがあると言っても暗くて辺りは深夜の森のように真っ暗。ただ中は意外によく見るとガラスの筒を通ってるみたいで、ガラス管の外に黒い何か、多分時空が渦巻いている。だから闇とは一定の距離を常に保っている感じ。でももしその闇に私が落ちたら――どうなるのだろう?
「来るわよ!!」
そう叫んだサブリナは忽然と姿を消し、ティーティも消えた。
「え、あっ、きゃあああ!!?」
無意識に一歩踏み出した先に、固い空間の感触は無くて開く空洞。
「落ちるーーーっ!!」
真っ逆さまに落ちていく暴れる髪の毛と捲れるスカートを押さえるのに必死になりながら、恐る恐る目を開けると目下に草木が生えた閑かな風景が見えた。
もうダメだ。まさかこんな所で終わるだなんて、なんて短い人生だったのかしら。
「まだ死にたくないぃぃ!」
「死なないよ」
え――?
地面と頭があと0.1秒でつくってとこで体に柔らかくて温かい衝撃が走った。「ふぷっ!」
「ナイス衝突」
「……ふわっ!」
顔面をどこかに直撃した。でも柑橘類のいい匂いがし、誰かに抱き締められていると分かったのは非常に遅かった。
「え、え? クロウ!?」
「当たり。大丈夫だった?」
クロウは私を抱き締めたまま、ごろりと草の上に寝転んでいる。
え、もしかして――。
「私、正面衝突した?」
「したよ」
「……痛かった?」
返事をせず、ただ苦笑いしているクロウ。
痛いのは当たり前だ。私みたいなそこそこの女子が空から降ってきて、衝突したんだから。かなりの衝撃だったに違いない、てかだからこんな状況なんだよね。
「ごめんね……」
「いいよ、受け止めきれなかった俺も悪いからさ」
「あー、痛かったでしょ? 庇ってくれなくて良かったのに、ほんとごめん!」
「庇わなかったら、君の脳みそ飛び散ってるよ?」
「……」
クロウが言うと更にリアルに聞こえるから止めて欲しい。体はまるで多量の血を抜かれたみたいに寒くなり、血の気が引いた。
「はは、嘘だって。でも庇わなくて、死なないにしてもまた左肩は外れたかもしれないよ?」
それは嫌だ。
青ざめる私を余所にクロウは肩が外れるふりをしながらくくっと笑い、私を楽しげに見る。
「どっ、どこがおかしいのよっ!」
「君の全て」
そう言ってクロウは私を抱き抱えたまま、いきなり立つからつい短い悲鳴をあげてしまった。
何かされるかと思ったけれど意外とすぐに地面に降ろしてくれた。
「早く。行きましょう」
アリシアを一度おぶり直すとレイラはそう私達を即した。レイラは見るからに必死で、いつものような落ち着きを無くしている。 ――私の心配もしてくれない。
「行こう」
クロウは私の手を取り、ゆっくりと引っ張ってくれた。
「ありがとう、クロウ」
ただ手を強く握り返してくれるクロウ。何もしなけりゃ優しくて素敵なのに。今はそのぬくもりを出来る限り掬い取って、頼るしかない。
上を見上げてももうどこにも空間の歪みも、もちろん穴なんてありはしなかった。ただこの両足を託している地面にはどっかの草むらと同じように、青々とした雑草と華やかな野花が咲いている。
「フツキちゃん」
「はいっ」
「普通ここ、【魔女の里】はラウリナトスからは行けないわ。社会勉強だと思ってしっかり見ときなさいね」
「えぇ、分かったわ」
「では急ぎましょ」
そう言うとサブリナは毛皮のコートのファーを少しいじって歩き始めた。しばらく歩くと普通の町と変わらない風景が見えてきて、賑やかなライト達が彩りを加えていた。しかし――。
「あれ?」
蠢く人、いや魔女、もちろん男性もいるのだけれど全員が全員、あのよく知られた黒いとんがり帽子を被っている。服装は好き好き、様々な種類があるが黒のとんがり帽子だけは皆、被っていたのだった。
「皆、魔女って言っても男も女もだけど黒いあの帽子を被るのが原則なの」
「サブリナは被らなくていいの?」
サブリナは前を向いて、目を閉じ、くすくすと笑うと首を振った。
「私はいいのよ」
やがて賑やかさがよく伝わる距離になって私達は町の市場に一歩足を踏み入れた。
「おおい、魔女が来たぞ!」
「魔女よ! 残酷で血を愛し――、あああっ!」
市場の人々が突然、騒ぎ出す。さっきまで愉快な笑い声や威勢のいい大声が飛び交っていたというのに。
「なっ、何?」
「放っておきなさい」
え、放っておける訳無いじゃん! 何なの?
「痛っ!!」
頭に鈍い衝撃が巡った。固痛い! 何!? 思わずしゃがみこみ、右側のこめかみを押さえる。ちらりと星が飛ぶ目で見てみると煉瓦作りの道には赤いものが落ちていた。茶色い芯にこの甘い香り――それは丸くて大きい林檎だった。林檎が来た方向を見ると林檎を山程、紙袋に入れた男性がいる。
「大丈夫?」
クロウが私の肩を抱いてしゃがみこみ、私の顔を覗き込んだ。
「くっ……、痛いわね!」
ふらつく足ですぐ立ち上がって、思わず林檎を投げ返した。林檎は男性の頬を擦り、何故か跡形もなく粉々に砕け散ってしまった。
「無茶すんな、青薔薇。魔力が暴走してる」
「だって! 痛い痛い!」
ジャイロが私の髪の毛を引っ張る。始めは痛くて涙が少し出たけれど少し頭が冷えた。というか最近、私までこのキャラの濃い人達に絡まれておかしくなってる。そのせいかジャイロが素晴らしくまともに見える。
「あんた!」
突拍子も無く、市場中に少しドスの効いた女性の声が響いた。
「ひっ!」
なんと一瞬でサブリナはその男性の目の前へ迫っていたのだ。男性の周りの者達は皆、条件反射のようにその場を飛び退く。
「次そんな事したら、あんたの首まるごと吹っ飛ばすわよ!」
サブリナはステッキを男性の顎に当て、とんとんと小突いた。黄色と緑色のオッドアイで睨みを効かせると、またさっきの位置に戻り私達を即す。
人々に罵られたり、恐れられたりしながらも、皮肉なくらい綺麗なネオンやイルミネーションで照らされた煉瓦作りの長い市場を抜けて、ようやく郊外に出たようだった。頭がじんじんして、少し休みたかったけれどアリシアの為にそんな事言っていられない。
「サブリナ!」
後ろからレイラでもジャイロでもない撫でるような男性の声が響いた。その声にサブリナはびくりとして立ち止まる。
後ろに振り返るとグレーの髪をした紫の瞳の男性が立っていた。思わず見とれてしまいそうなくらい上品なその男性はサブリナと同い年くらいか少し年上でやはり黒いとんがり帽子を被り、服はまるで燕尾服のようなスーツにマントを羽織っていた。
「行くわよ、アリシアちゃんが危ない」
「待てよ、サブ!」
男性に構わず、サブリナはすたすたと歩いていく。結局、その男性はと言うと哀しげな瞳で私達を見送り、冷たいサブリナにただ呆然と立ち尽くすだけだったのが私の心に何かを訴えかけていたのは間違いなかった。
前方50メートル程先に、コテージがあってどうやらサブリナはそこへ向かっているようだった。コテージといっても庭があり7人は余裕で寝泊まり出来るくらいで、普通の一戸建てと変わらない。
サブリナは門を開け、薔薇や百合、チューリップなどに包まれた小道を通っていく。脇には少し緑に濁った池や薪を割る為の株、古びた感じの納屋が私達を待っていた。
「着いたわ、少し待ってね」
そう言ってサブリナはにこりと笑うとドアノブに手のひらをかざした。するとサブリナの手のひらがネオンのように淡い光を出して、印を作り出した。印が少し大きくなり、カチャリと鳴ったと思うと、ドアが音を立てて開けた。
「入ってちょうだい」
サブリナはドアを内側で押さえながら私達を入れると再び印で鍵を閉めた。
中は真っ暗で埃っぽい匂いが鼻に付いた。
「少し待っててね」
そう言うとサブリナは奥の方へ入っていき、闇へ溶け込んでしまった。
ここで私達は甘く、切なく、残酷な恋物語と語り継がれる無慈悲な歴史を見ることになるなんて知らずに――。
作者の藤咲も先が楽しみです☆