第1話・紅の豹
僕は夢を見た――。忘れられなくなるくらい何度も何度も、少女の夢を。
沢山の青薔薇が咲き誇る中、一人佇むその少女は風に吹かれた黒髪を手で押さえる。それから僕に気付くと、血色の口唇を弧に描いて、儚く、悲しい笑みを浮かべるのだ。どんな青薔薇よりも美しい青い瞳を涙で潤ませながら。
その涙を掬いたい。その体を抱きしめたい。その瞳を見つめていたい。
そして僕は誓った、"夢の主"に。
この命を懸けて僕が必ず彼女を護ってみせる、と。
†
「いたか!?」
「いえ、しかし二時の方向、屋敷に再び逃走した模様です」
滝から出てすぐの叢には鮮血が零れていた。その血溜まりはどばっと溢れ出ていて、一定間隔で、決まったベクトルを持って現れている。明らかにケガ人がいたとわかる証拠だ、普通は。
「さっさと他の奴にも伝えてこい、レイラ」
「御意」
禿げ散らかした頭、妙に濃い髭、強烈な加齢臭という中年男性の特徴を全て兼ね備えた隊長は僕が深々と頭を下げると二時の方向へ去っていく。もちろんこれが僕が仕組んだ血糊の跡とは知らずにね。
回りにいた軍人達も隊長の後についていき、辺りは途端にしん、とした。
晴れない心とは裏腹に爽やかな風が吹き、木漏れ日からはきらきら小さな光が漏れて、足元の花達は沢山蕾をつけて今にも息吹こうとしていた。
「青薔薇姫」
一度だけ口に出してみる。甘酸っぱいような、ほろ苦いような、胸が苦しくなるような。その言葉は禁断の毒薬。一度噛み砕くと抜け出せなくなりそうな中毒性を持っていた。
青薔薇姫――美しい青薔薇色の瞳を持つ唯一無二の聖女の呼称。夢で出会った少女の異名。
夢で少女を見た時は己の中の憧憬が単に具現化されただけなんだろうと思っていた。
でも違った――。
あの日、確かに"夢の主"は僕に告げたのだ。
紅の豹の名を持つ僕こそが夢の少女――青薔薇姫を護る紅薔薇の従者なのだ、と。
僕達が住むラウリナトスには幾百もの国が存在し、様々な人種の人間が住んでいる。見た目はもちろん魔力の有無、文化、衣食住まで全く違う僕達だが唯一共通して信じているものがある。
そう、それは"青薔薇姫の存在"だ。だがあくまでも"存在"だけ。
先人達の無礼に怒りを覚えた神々は古代ラウリナトスを破滅へ導いた。がそれを命を代償にして救った最初の姫であり、魔導士であり、ただの一人の女性である彼女こそが青薔薇姫だ。彼女が持った美しい青薔薇色の瞳になぞって人々はそう呼んでいる。
しかし自分勝手な行動で神々の逆鱗に触れていた古代ラウリナトスの人間達は青薔薇姫の力を持っても許されるはずはなかった。
その証拠に『青薔薇姫と薔薇の名を持つ従者達の"魂と意思"を受け継いだ者の力をもたないと再び破滅の危機が訪れる』と記載された古代書が残されていたのだ。
その神話と予言はラウリナトスの人々全てに受け継がれ続け、千年経った今でも、彼女は聖女として語られている。
だが、千年経てば人間も変わる。
ある国では青薔薇姫を狂信し、ある国では科学の力で研究しようとし、極めつけに世界政府は彼女の高い魔力を使って良からぬことを企てようとしているみたいだ。
人々は『ラウリナトスが破滅などするはずない』という傲りを持ち始めたのだ。
護るべき世界に追われることとなった青薔薇姫は生まれ変わる度、信仰心の深い職種である魔導士により見初められ、夢の知らせを受けた従者達と出会ってひっそりと各地を旅してきた。
世界の破滅を止めるために"壊さなければならないモノ"を探し続けて、壊したり、壊されたりしてきたという。
だがそのモノは未だ見つからず。僕は従者であることを隠しながらラウリナトス中を回ってきたのだが、青薔薇姫――護るべき人でさえなかなか見つからない。しかしこの軍に入ってやっと晴れて具体的かつ耳寄りな情報を得ることが出来たのだ。
『忘れの森の奥深く。青薔薇に抱かれた古屋敷。そこに囚われしは艶やかな黒髪、青薔薇の瞳、血色の口唇を持つ月の異名の乙女である』
隊長があんなに追い詰めるからこんなことに。くそっ……。
あの隊長のせいで怯えた彼女は飛び降りを二度も繰り返し行方不明になってしまったのだ。予想だにしない事故だ。彼女に大怪我を追わせていたらどうしてくれようか。
僕は散らばっていた仲間に屋敷へ向かえ、と伝えて再び滝壺の回りを勝手に詮索することにした。
「暑い……」
色とりどりの指輪を幾重にもはめた手で帽子を投げ捨て、バサリと紅の軍服を脱ぐ。中は裸なワケではなく、純白のカッターシャツと金属が唐草模様に施された茶色のベストという本来の格好に戻った。細身の僕には明らかに合わないダボダボしたズボンの下にも黒味がかった濃紺のズボンをはいている。
「ったく、隊長も鬱陶しければ軍服まで鬱陶しいですね」
軍服を捨てようか迷ったがもしかしたら彼女を見付けた時に役立つかもしれないと思い、肩にかける。
ふと滝壺の水面に写った自分の顔を見るとそれはそれは不機嫌面だった。れっきとした十八歳の健康な男子が中年男性にぐちぐち言われ、汗水滴らしながらスパイごっこをしていたらそりゃ眉間に皺も寄ってくるものだ。
瞳は澄んだ温かい紅茶色。色白なところや顔立ちが母に似た僕は小さい頃はよく性別を間違えられたものだ。けれど身長がかなり伸びたおかげで今はそういうことはなくなった。
唯一自慢のダークブロンドは角度によって見え方が変わるのでとても美しいと昔からよく褒められた。誰かに言わせると豹を思わせるらしい。いつもは前髪だけ軽く掻きあげてそれなりに整えているのだが、今では完全に乱れきってべっとりと額や首にはりついていた。
一体、彼女はどこへ? 余すところなく屋敷の周りは探したはずだ。まさか魔獣に襲われたとか水死体になって流された……とか、っておいおい、少し疲れすぎだ。思考回路が麻痺している。
「青薔薇姫は僕が護ってみせるんですから。絶対に」
崖から落ちる水は轟音を立て、水面にぶつかる。そして泡をわかせ、透明だった水面はあっという間に白く濁った。まるで憂鬱な僕の心内を表しているようだ。
滝の奥に視線を移す。目を凝らすと奥に入り込めそうなほんの僅かなスペースが見えた。彼女の行けそうな範囲でかつ隠れるには持ってこいの場所ではないか。
ズボンを間繰り上げ、ついでにカッターシャツの袖も邪魔にならない程度に捲りあげる。軍服をどこかに投げようとしたが、上司に見つかるとまずいのでとりあえず叢の中に隠しておく。本当にいちいち鬱陶しい。紅だとどうしても目立つので叢の中でも地面の土色が映える場所を選んだ。
準備が出来たところでよし、と一人頷く。
叢から岩場に移動し、目の前に広がる滝壺に勢いよく飛び込んだ。ざばっと音がして冷たい水が体中にまとわりつく。初夏の暑さには心地好い水温だ。泡立って辺りは見えにくいが潜水しながら滝をくぐり抜け水中から上半身を出した。ぷはっと大きく息を吸い、顔を上げると薄暗い洞穴が口を開けて待ち構えていた。
小さな洞穴に上がると中は薄暗くて涼しかった。じめじめとした壁は所々ひび割れ、小さな蜥蜴が這っている。魔獣はいなさそうなのでひと安心だ。服の水を絞ると、水音だけエコーがかかり、何重にも響いた。
一歩進む。ぴちゃりと音を立てて、泥が足にへばりつく。視界が悪く泥濘に足を取られて躓きそうになったが、なんとか体勢を整えた。
明かりがないと危ないな。
腕を突きだし、掌を上に向ける。目を瞑って、ちょっとした呪文を唱えると小さな丸い明かりが掌の上で浮遊する。更にそれを勢い良く上に投げるとぽわんっと弾けて幾ばくの小さな粒になり、洞穴全体が見えるようになった。
その時だった。
黒髪の痩せた少女が木箱を抱きながらぐったりしているのを見たのは。
「あれは……!」
足元の泥濘や動物に気を付けながら急いで彼女に近寄る。顔こそはよく見えないが彼女に違いない。まさか死んでる?
身軽な彼女を直ぐ様膝に乗せ、露になっている冷たい首筋に指を当てた。脈はあるようだがだいぶ弱っている。彼女の傷だらけの肌は青白く、切れた口唇も紫がかっていた。水に濡れたせいか、怪我のせいか、追われたせいか、いや全部が影響しているのだろう、小さくふるふると震えていた。
彼女の顔にかかる髪を指でのけ、そっと頬に手を当てた。
「姫――」
美しい――。それがすぐに浮かんだ感想だった。余りの骨々しさには胸が痛んだがやはり美しい少女だった。
この少女こそが僕がずっと求め続けた――。
その時、うっすら彼女の目が開かれ、夢幻の青薔薇色の瞳が僕を捉えた。
「姫!」
「い、いやああっ!」
彼女はつんざくような甲高い叫び声をあげて、僕の腕の中から這い出すように逃げた。暗がりで暴れまくる彼女を押さえようと懸命に腕を伸ばすが、触らせてくれそうにもない。彼女はただ恐怖に突き動かされて、もがき苦しんでいた。
届かない――。
必死に伸ばしても、届かないのは決して腕だけではなかった。
「お、落ち着いてっ、僕はみか――」
「いやいやいやっ」
ガシャン、と鈍い音がすぐ傍で響く。彼女に気を取られて迂闊にも何が眼前に迫っているか一瞬、わからなかった。
「……!」
「いやいやいや!」
どこから取り出したのか彼女は細く、震える腕で銃を振り回していた。彼女の指は擦りきれて血が固まり、爪は所々割れている。僕が一旦距離を置き、彼女の瞳を見つめたままゆっくり跪くと、彼女は何度も何度も頭を左右に振り、肩で呼吸をしながらゆっくり僕から離れた。
「はじめまして。僕は貴女の従者です。長い間申し訳ございませんでした。しかしやっとお迎えにあがることができました。貴女はこのラウリナトスを救う青薔薇の姫なんです」
「……やめて。叔父さん、……叔父さん助けて」
『叔父さん』と何度も呼ぶ彼女の両手は震え、今にも銃が落ちそうだ。彼女の中には恐怖しかなかった。僕の声など届かない。
それもそうだ。初対面の男に姫呼ばわりされ、しかも迎えにきたなんて言われて信用出来るはずがない。ましてやずっと軟禁状態であったと聞いた。よく分からないまま軍隊に追われ、逃げ惑った彼女は何を信じればいいのか。
こういう時に限って何も上手い事が言えない自分の未熟さに腹が立って口唇を噛み締める。
「お願い……、来ないで」
彼女の声は震えていた。怖いのか寒いのか、いずれか、もしくはどちらもであろう。
「僕は、貴女を助けたいんです。どうか一緒に逃げてくれませんか?」
「姫、じゃない。人違いよ」
「いいえ、貴女は姫です」
「私はフツキよ!」
彼女は首を必死に左右に振り、その場に尻をつくと距離を取った。
僕は立ち上がり一歩、近寄る。
「姫」
「嫌っ、叔父さん!」
更に一歩踏み出すと彼女は一歩、後退した。それを何度も続けると後ろの壁にどんっとぶつかった彼女は小さく息を飲み、真っ直ぐ銃を向けた。
「いや……」
「僕と共に逃げて下さい、青薔薇姫」
僕は彼女が握りしめている銃身をぐっと掴み、自分の左胸に当てて力を込めた。
「撃つときはここをこうしないと撃てませんよ」
そう言って、僕が安全装置を外すと彼女は驚いた顔をして僕を見上げた。更に彼女の手の上から自分の手を重ねて引き金に指をかけた。不思議と怖くなどなかった。
彼女の表情が恐怖から卒爾の表情に移り変わる。
「この血潮流れる命に誓いましょう。僕は必ず貴女を護る。信じて下さい」
「だめっ、あ、痛っ!」
彼女は銃を取り返そうと力を入れて、痛々しい悲鳴をあげた。
もしかして……。そう思い彼女の上半身を注意深く観察すると左肩が少し青くなり腫れていた。
なんということだ、自分の鈍感さに吐き気を催す。
銃を放し、彼女の肩と膝裏を一気に掬い上げ、俗に言うお姫様抱っこをした。彼女の体は想像より遥かに軽く片腕でも持てそうだ。
「は、放してっ!」
「左肩折れてますか? 駄目です、治療を急がないと」
「やだやだやだ離して!」
彼女の言葉を無視して出口に進んでいく。こんな状態でいつまでも立ち話なんてしていられない。進むにつれ、眩しいくらいの明るい光が漏れ始める。
「見付かりやすいから騒がないで下さい」
「いやっ!」
「お願いだ、僕を信じて!」
戦慄する小さな体をきつく抱き、顔を向かせると彼女は一層小さくなり、僕の瞳をじっと見つめた。恐怖の色は薄れていたが、代わりに不安の色が滲み出ていた。
「大きな声を出してすみません……、でももう怖くないですよ。僕がついています。貴女を一人で死なせたりなんか絶対しませんから」
彼女は何かを悟ったかのように何度も瞬きを繰り返した。それから小さな口をきゅっと真一文字に結んで僕から視線を逸らさなかった。その瞳はどこか悲しげで哀愁が漂っていて、ずきりと胸が痛んだ。
どうすれば、信じてもらえるのだろうか……。自分の無力さと現実の厳しさに打ちひしがれそうになる。
「滝を抜けるから少し我慢して下さいね」
ざぶっと水に片足を入れると彼女はとうとう抵抗をやめ、無言で僕の胸板に顔を押し当てた。
少し、ほんの少し気を許してくれた証拠だろうか?
僕は彼女に水圧がかからないよう出来る限り上体を曲げて滝をくぐり抜け、服を置いた叢にゆっくりと彼女を降ろした。
僕は彼女の斜め前、かつ少し離れた所に腰を降ろし、胡座を崩して右足を伸ばした。相変わらずそよ風が漂い、体が冷え始める。全身ずぶ濡れのせいだ。先程までは心地好かったのに急に鳥肌立った。
彼女はもっと寒いに違いない、急がなければ。
ちらりと彼女の方に目をやると彼女は三角座りのまま木の幹に体を預け、右手に銃を握りしめたままで空を見上げていた。
長い髪は黒檀のようで、小さいが柔らかそうな口唇は今は紫色であるがきっと元々は美しい血色をしているのだろう。瞳はそれはそれは美しい青色で、ありとあらゆる青色が全て混ざった小さな硝子玉を長い睫毛が縁取っている。
そう、夢で見たあの少女、そのものであった。
沈黙が流れる中、彼女はしばらくすると、ネグリジェの水気を切りはじめた。真っ白であったであろうネグリジェは所々破れ、茶色く変色した血や泥の染みだらけだった。
どれだけ怖かっただろう、どれだけ辛かっただろう。
彼女の唯一の肉親の叔父が失踪して気が滅入っていた時に軍がいきなり襲ってきたんだから。そして見知らぬ外で逃げ惑い、追われ、死のうとまでしたんだから。
彼女から蒼穹に視線を移す。朝六時にはなっているだろうか、朝日はほとんど顔を出していて崖の向こう側は明るい水色が広がっていた。
鳥が鳴き、木の葉がさわさわと掠れて自然のハーモニーを奏でる。
あぁ、なんて切り出そうか。そう思い、彼女の方に顔を向けると彼女がじっとこちらを見ていた。
目と目が合う。火花が飛び散るわけでも、恋人が見つめ合うようなわけでもなく、ただお互いを確認しあうかのようにずっと。
それから何秒も見つめあっていたけれど、彼女が余りにも視線を反らさないものだから恥ずかしくなって、とうとう僕が目を逸らしてしまった。
どれだけ困った顔になっていただろう。こんなことでは駄目だ、しっかりしないと。そう思い再び顔を上げようとした刹那だった。
「……ありがとう」
確かにそう聞こえた。彼女の方を向くと既に彼女は俯いている。けれど確かにもう一度、今度は少し大きな声でありがとう、と言った。
落ち着いたソプラノ。ほんの少し鼻にかかった甘ったるい話し方。ありがとう、という言葉。夢では聞けなかった彼女の一つ一つ、それは一瞬にして僕の心を捉えた。
「……大好きな、叔父さんがいなくなったの。叔父さんがいてくれたらね、それ以外何もいらなかった。でも叔父さん……いなくなっちゃった。だからね、初めて、外に出たの」
銃を持つ手は微かに震え、飼い主を亡くした兎のように彼女の体は小さく見えた。彼女は寂しさで震える体を一人でそっと抱きしめる。
「一人じゃ、怖くて、……死にたかったの。だけど死ぬのが一番怖かった。一人じゃ何も出来ないのに、怖かったの――」
僕は再び彼女の前で跪いて、頬に手を添えて視線を合わせた。
青薔薇色の瞳は僅かに戸惑いを写し出す。それでも信じてもらいたかった。
「僕は人にはそれぞれ運命と宿命があると思っています」
彼女は小さく首を傾げる。
「自力で変えられないのが宿命、変えられるのが運命です。貴女は世界を護るための青薔薇姫であり、僕は貴女を護るための従者であるということは宿命だと思います。そして僕はその役目を担っているから今こうして生きている」
彼女は眉間に皺を寄せて、口唇を噛む。
「自分の為に生きるのもいいけれど、僕は人の為に生きたっていいと思うんです。それがどのような形であれ。貴女には自分に必要な役目が無かったのではないでしょうか? ただ生きるだけで。だから少しだけ、ほんの少しでいいです」
鳥も歌を紡ぐのをやめ、滝の流れも遠い所にあるようで。今まで吹いていた風が急に弱くなると辺りがしんと静まり返る。
「僕に護られてやってくれませんか?」
口をきゅっと結んだ彼女は動く右手と最後の残った力で銃を強く握り僕の胸元に当てた。軍服が僅かに彼女の肩からずれ落ちたと同時に潤んだ青い瞳から大粒の涙が零れた。
「泣かないで下さい」
「え……?」
彼女は泣いていた。幾筋の涙が頬を伝って首筋に流れ出したのを彼女はやっと感じたよう。
泣かないで、と言ったけれど僕が彼女を泣かせたのか。自分の矛盾している発言と行動に思わず苦笑いする。
「怖い、ですか?」
銃を握ったままの彼女を思わずぎゅっと抱き寄せると、彼女は再び震え始めた。
彼女の冷えた肌、濡れた髪を感じて僕はやっと姫と出会えたことを実感した。夢の中でしか会えなかった少女が今、僕の腕の中にいる。あの涙を見たときから護ってあげたくて仕方がなかった。会いたくてずっと探し求めたんだ。
だから今だけ、今だけはこうするのを許して欲しい。彼女は痛いかもしれないけど。
そう思いながら少しだけ腕に力を込める。
深海のようで、蒼穹のようで、青薔薇のような瞳は間違いなく姫の証。
やっと出会えた――。
「大丈夫ですよ」
僕がそっと頭を撫でると、彼女は抵抗もせず僕の首筋に顔を埋めた。
「貴女は……、貴女は僕の存在理由だ」
そう言うと彼女は嗚咽を上げて、手から力が抜けたのか銃を落とすように手放した。そして動く右腕をするすると僕の背中に回して強く、強く力を込めた。
「どうか……私を連れていって、下さい」
気付かれないよう涙に濡れた彼女の瞼にそっと口唇を落とす。
甘い甘い誓いの口付け。今、物語が幕を開ける――。
彼女の微笑みに応えるように小さな手を握り返すと、辺りで銃声が鳴り響いて頬にちくりとした痛みを感じた。
「――僕が貴女を護りますから」
貴女は泣かないで。
貴女を泣かせる物は僕が壊すから。
――貴女は怖がらなくてもいいんだよ。
僕が全て護るから。
どうか君は君のままで。
(僕だけの、君であって欲しい)
【レイラ】
当物語の準主人公。紅薔薇の従者。紅の豹の異名を持つ。ストレートのダークブロンド、前髪はさすがにオールバックではないけどバック。指にはこれでもかっていうくらい指輪してます、そう実は指輪コレクター。紅茶色の瞳はフツキのお気に入りになります。十八歳のわりに訳ありでほぼ常に敬語。基本武器はダガー二本。両手で武器を扱うのが得意。基本クールで腹黒く大人びた性格だが少しシャイで口下手など子供な一面もある。