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第4話-6・〜信じたあなたを忘れない

 木の扉が軋み、壊れそうな勢いで、とは言っても既に壊れてるけど、急に開かれた。

「フツキ大丈夫ですか、すごい叫び声が!」

 私の叫び声を聞いてすぐに飛んできたのは紅茶色の優しい瞳のあの人。

「レイラ……」

 彼はただ茫然と床に座り込む私と部屋一面に舞い落ちた青薔薇の花弁を見て、一瞬立ち止まった。が直ぐに歩を進め、私を抱え上げた。

「無事ですか?」

「大丈夫、ありがとうね」

「……」

 黙るレイラ。

「……どうかした?」

 レイラは私の顔と胸を目だけでずっと見比べている。

 え、私の胸なんか見ても、ってそもそも恥ずかしいよ!

「レイラ、あのっ、ちょ胸は――」

「じっとして」

 彼は眉間に皺を寄せ、突然私の頬に手を当てた。そこから仄かな光が沸き出て、ふっと頬が温かくなる。ええと……魔法かな。

 レイラは無駄に真面目な顔で一点も反らすことなく私を見つめていた。少しだけ胸がどきっとする。

 ああ、魔法って温かくて気持ちいい。きっとこれは綺麗な魔力に違いない。思わず目を閉じて私はされるがままになっていた。

 しばらくして彼は私の頬から手を離し、すっと胸元を指差した。

「一体クロウと何をしてたんですか?」

 挟まっていたのはまだ蕾の一輪の黒薔薇。いや、私は谷間とかでなく、はしたない話、下着の方に。

 自分の顔が急激に赤くなるのがわかった。

「やっ、これは!」

「わかっていますよ。どうせクロウが去り際にちょっかい出したんでしょう? 頬にキスマークなんて付けられてるから意地悪言っちゃいました」

 そうだったのか。ってキスマーク!? え、キスマークって何か、こう、マーキングみたいなあれのこと、だよね? 口で作る内出血のことだよね!?

「ちょっと待って! わ、わ、私は不可抗力と言いますか! あ、あの斯々然々色々――」

「くそ、あの畜生」

 そう毒を吐いたレイラは指先で無理矢理胸元の黒薔薇を引き抜いて私に手渡した。

 え? レ、レイラ?

 今、かなり黒かったんだけど何かキャラが違うよ! 幌馬車での黒さとか越えてるよ!?

「あの、レイラ!」

「いえ。何でもありません。それにちゃんとキスマークは抹しょ――いえ、消しておきましたからね」

 何事もなかったような笑顔で紅茶色の瞳を細める。一瞬で戻った白レイラ。絶対この人二重人格だ、と思った刹那、レイラは私の手を握った。

「もう一人で出歩いちゃ駄目ですよ。貴女の叔父が貴女を外にやらなかった理由が今となってはすごくすごくすごくすごく分かりますから」

「で、でもすごく四つなんてひどい」

「……可愛らしくそんなこと言ったって僕は騙されませんよ、絶対に騙されませんからね」

「ちょ、何言ってるの、ってそうじゃなくて! 私、叔父さんを感じるの!」

「叔父さんを?」

「そう、気配を。夢にも出てきたし。それに匂いが離れないの。こんな沢山の青薔薇の中でもまだ叔父さんの匂いが混じってる。叔父さんは何か私達に関わりがあると思うの。どうしても知りたい、調べたいの。レイラにいっぱい迷惑かけてるのも、言うことに逆らってるのも分かってるつもり。迷惑かけて本当にごめんなさい。でも……」

 私がそう言うとレイラは紅茶色の瞳に驚きの色を混ぜて、何度か瞬きをした。が、私の頭に手をのせて軽く叩くと頬に手を滑らせた。

「そう、ですか。フツキ、お話があります」

「なぁに?」

 私が小首を傾げると、レイラは私をベッドに座らせて、軽く断りをいれてから距離を置いて隣に座った。

 微かに流れる沈黙。甘い香りに陶酔しそうな気がした。

「ここ数日間お疲れ様でした。体は辛くありませんか? 肩は大丈夫ですかね?」

「肩はもうだいぶ楽よ。んー、今楽しいから自分ではあんまり分からないんだけど結構な時間寝てるし疲れてるのかなぁ。そうだ、前はごめんね。夜、レイラが話す前に爆睡しちゃったみたいで」

「あぁ……」

「何か言ってくれてた?」

「貴女に気を遣わせないようこれから仲良くしましょうと。それと今まで気を遣わせていて申し訳ありませんでしたって」

 そんな優しいことを言ってくれていたのに私はなんてことを……。

「ありがとう。気持ちがとても嬉しいわ、レイラ」

「……いえ」

 レイラは顔を私から背けた。いつもより無口なレイラ。いや、元よりクロウよりは大人しくて、口数は少ないんだけど何故か時々彼は非常に無口になる、それはこちらが心配になるくらい。

「ねぇ、どうしたの?」

 無理矢理覗きこむと渋々レイラはこちらを向いてくれた。腿に腕を置いて振り向いた彼の顔はものすごく固い表情だった。

「レイラ。具合、悪い?」

「いえ、そんなことないですよ! もう元気、ものすごく元気です!」

「……そう? じゃあどうしたの?」

 レイラは依然固い表情のままだったがやがて口を開いた。

「僕と出会って数日経ちましたが、この生活はどうでした?」

「もちろん、楽しかったわ! 確かにクロウにセクハラされたり、アリシアの顔面にドア当てたり色々あったけど。私はずっと芳也叔父さんだけだったから叔父さんがいなくなったら全てを無くしたと思っていたわ。でも違った」

 床に散らばる青薔薇を裸足で蹴った。そこから弾け出したように青い片々が飛び散り、再び床の青と同化する。

「レイラが私を探しだして、連れていってくれたから、こうやって生きてる。そうじゃなきゃ私……死んでた」

 死ぬ方法は分からないけど餓死か軍隊に見つかって射殺されるか、あの滝壺の洞穴で衰弱死かだろう。

「護ってくれてありがとうね。頑張るよ、私。絶対に強くなるから」

 レイラを見ると少しだけ悲しそうな笑みでこちらを見つめていた。ゆらゆら揺らめく蝋燭の火のように不安定な微笑み。

 何故だか溶けて、消えて、無くなりそうな気がした。

 それは青薔薇が、フツキが、――私がそうさせているの? 

「――僕は青薔薇姫を護るためなら全部壊します。その気持ちに迷いはありません」

 レイラはふいに腰元からきらりと煌めく金色のダガーを鞘から引き抜いた。

 翼のように広がった(つば)は美しくも、恐らく剣を折るためのものだろう。真ん中には赤い宝石が埋め込まれていて、長い刀身は十分私を戦慄させた。それは毒々しくも美しく、美しくも毒々しかった。

 レイラの綺麗な指先がダガーの腹をなぞる。そこにはレイラ・F・シャンゼリパーグの文字が。

 どうして人は武器を持つのか――、それはきっと護りたい物があるからだ。私だって青薔薇姫なら、魔力という武器を持っている。それは世界を護る為。レイラだってそう。私を護る為――。

「だからこそ、僕は"フツキ"の幸せを壊してしまう。たとえそれが"フツキ"にとって大事なものでも僕は壊すことしか出来ない」

 "フツキ"の幸せ――?

「僕は……"フツキ"に幸せになってほしいです。青薔薇でも何でもない、今ここにいる、黒髪の青い目の素直で可愛い女の子に」

 動かない体。一体今私はどんな顔をしているのだろう。

 レイラは儚げな笑みで私を見つめたまま、ゆっくり手を開けた。金色のモノが鮮やかな残像を残して青薔薇の中に落ちていく。

「レイ……ラ?」

 床とダガーがぶつかり合う音が耳に入って、ベッドのスプリングが激しく軋んだと知覚した途端、視点が後退し、私の体はベッドの上でバウンドしていた。

 目を開けると枕の中から吹き出た真っ白な羽達が空中ではらはらと舞い堕ちて、私を覆う彼に降りかかっている。

 レイラが私を押し倒していた。

「――僕が怖いですか?」

 彼が腕をついたまま更に顔を近付けると彼の余った前髪が私の額をくすぐった。

「僕が怖いですか? 醜く汚らわしいですか?」

 それでもなぜか私の頭は冷静だった。ただ端正な彼の顔が近すぎて、儚くて、息が詰まりそうだけど。

「それでも構いません。僕を大嫌いになっても」

「いいえ」

 横目で彼の手を見た。微かに震えている拳。私の大好きな紅茶色の瞳が燃えさかる炎を宿した宝石のように怪しい赤を帯びている気がした。

「私……幸せになりたいなんて思ったことないよ」

 『幸せになりたい』そのままの意味。幸せとは何かさえ曖昧で、私はただ生きるのに必死で、ただ……。

「でもそう思ったことないってことは幸せだってことじゃないかなぁ?」

「フツキ……」

「貴方がいなかったら今の私はいないよ? それに私、知ってる。レイラはかっこよくて、優しくて、いつだって私を見てくれてる人だっていう真実(こと)

 例え貴方がどう言おうと私の中で変わらない『真実』がある。いつかのクロウが言ってたみたいに。

「私とレイラが出会えたのは奇跡。ねぇ、違う?」

 そう、世界は『奇跡』と『真実』の集まりだと彼はにやにや笑いを湛えて言ったの。

「レイラ、笑って?」

 私がそう言うとレイラはぐっと強く拳を握った。手の甲には筋が立って、僅かに痙攣していた。

「すみません、僕――」

「私、レイラにまで見放されちゃったら、本当に一人だよ……」

 突然温いものが顔の横を濡らし始める。それは私の中で秘めていた感情と共に溢れ出した。

「叔父さんも帰ってこない。クロウもすぐどっかに行っちゃうし、私はそれを引き留められる力も魅力もない。でも私は『幸せ』なんていらない……。だけど、ただ皆とずっといたいの。こうやって奇跡が引き合わせてくれた皆といたい! それも、それも駄目かなぁ……」

 私は嗚咽を堪えきれなくなって両手で顔を覆おうとしたが三角巾に邪魔をされた左手が動かなくて、仕方なく片手で目だけを覆う。嗚咽はもちろん隠せない。呼吸がどんどん苦しくなったけど涙だけは隠したかった。

 その気持ちを悟ったかのように熱を帯びているものが私の両頬を優しく包み込んで、涙が落ちる度に何度も拭ってくれた。

「フツキ。大丈夫、僕は貴女を一人にしません。約束したでしょ? 護るって。……僕はクロウとは違います」

 手を顔から退けるとレイラは痛いくらいの視線を私の目に、心に送っていた。いつの間にか彼の瞳は真っ直ぐで汚れのない、いつもの紅茶色に戻っていた。

「フツキ姫」

 レイラは私の体を起こして再び座らせると、いきなり跪いて右手に口付けた。

「この度はこのような無礼を犯してしまい、誠に申し訳ございませんでした」

 レイラの表情は先程までの固いものとはうって変わって、精悍な"従者"の表情になっていた。

「貴女の思い、確かに受け取りました」

 柔らかく微笑んだレイラ。

「だからどうか笑って下さい」

 やっと笑ってくれたのが嬉しくて、私も小さく微笑んだ。

 レイラといれば怖くない。言ってくれたもんね、僕を信じて下さいって。それに貴方に悲しい顔は似合わない。悲しい顔も綺麗だけど、笑っている顔の方がもっともっと素敵だもん。

 ようやく二人して声を出して笑った、繋いだ手は離さないままで。

「アリシアがね、言ってたよ。私達に戻る場所はないけど、前に進む道はあるって」

「はい」

「……進まなきゃいけないんでしょう?」

「はい」

 何故だか彼がこれから言おうとすることが予想出来た。言わないでほしい言葉。不安定な約束。信じる気持ちを代償にして得た代物はあまりに脆い気がした。

「地下に行くのね……、私が開けてしまったから」

「フツキ。僕達は今からあの扉の向こう側にいるモノと戦ってきます。僕達が迎えに来るまで絶対に貴女は部屋から出ないで下さい。何があっても開けてはいけない。いいですね? 守ってくれますか?」

 レイラが更に手に力を込める。血管が締まる感覚。

 ――痛いよ、苦しいよ。レイラ。それは締まった血管のせいなのかな――?

 何も伝えられない。伝わるのは生暖かい血で温まった手の温度だけ。

「貴女より早くちゃんと鍵を探していたら……」

「ううん、私が勝手に扉を開けてしまったから」

 自分が招いた過ちだ。

 でも私の心は限界だった。

 それでも、いい。

 だから、どうか"懺悔"が届きますように。

 私は繋いだ手をゆっくり離して、沢山の青薔薇の上に立った。青薔薇は踏みつけられていくら歪な形になっても、その色だけは褪せさせることなく静かに佇んでいた。

「待ってるね」

 その様子をそれこそ死んだ青薔薇達より静かに見つめていたレイラは横たわる金色のダガーを拾い上げ、鞘に戻した。

「フツキ」

 瞬きをしたか、いや、瞬きすら出来ないくらい一瞬の出来事だった。離れた場所に立っていたはずの彼がもう眼前に迫っていた。

 言葉も出ない私の首に何かが触れる。それから彼の手がすっと首元から離れると僅かな重みを感じて目を向けた。

「僕からの御守りです」

 それは革のチョーカーだった。トップはメタルチャームに薔薇の形を催した小さな青い宝石が沢山埋め込まれている可愛らしいものだ。

「"青薔薇姫"の御加護がどうか貴女にありますように」

 私は彼の背中側に回ってそっと額をくっつける。

「フツキ?」

「ありがとう……」

 一度は止まったはずの涙が再び流れ始めた。

 レイラはきっとわかってる。私が泣いてるって。だから、お願い。もう何も言わないで。返事する声はきっと震えちゃう。

 レイラは約束してくれたもの。私を絶対一人にしないって。だから待つ。

 レイラは戦うんだから私よりもっと怖いんだ。ただ待つだけの私が怖いなんて言っちゃ駄目。

 私は後ろからレイラをぐいぐい押して部屋の外へ追い出し、壊れた扉を閉じた。

 彼の顔を見たくなかった。見ればきっと引き留めてしまうから。溢れそうな涙を堪えて、やっと口を開けた。

「……絶対、迎えに来て。私、ちゃんと、言うこと聞いて待ってるから」

 私は後ろに一歩下がる。

「死んじゃったりしないでね!」

 長い沈黙の後、薄い扉の向こう側、かつんと歯切れよい音が聞こえた。一つ、二つ、三つ。それは不規則なリズムで躊躇いがちに遠ざかる。やがて音が聞こえづらくなり始めたときには単調なリズムに変わって駆け足になっていった。

「ふっ、うぅっ……」

 私は積み木のお城が崩されたように勢いよく床に座り込む。一生懸命、涙を止めようとするけれど一向に止まりそうにない。涙は溢れ続け、床に落ちて弾ける。

 青薔薇の花弁を一握り掴み、ぐちゃりと潰す。じめりとした感触とふわりと香る甘い匂いが一瞬広がり、泡沫の如く消えていった。

 怖い。怖いよ。一人は怖いよ。ううん、大丈夫。私は一人にならない。信じた貴方を忘れない。貴方は絶対に消えたりなんかしない。

 私は床に置きっぱなしにしていた木箱を開けて銃をそっと持ち上げるとそのままベッドに寝転んだ。

「叔父さん……待つって辛いね。でも、私、待つんだ」

 私はそっと首のモノに触れた。御守り。大事な大事な御守り。彼がいなくても、叔父さんがいなくても、私はきっと耐えられるよ。

 叔父さん、言い付けを守らなくてごめんなさい。いっぱい約束を破って、友達にも貴方にも迷惑をかけました。でももう叔父さんの時みたくに、逃げたりしないよ。死にたい、なんて思わないから。

 そう、大事な人を再び待ち続けると決めたの。

 でも皆、知らなかった。

 それが悲劇を招く始まりだったなんて。

 どうしてあの時に(・・・・)扉を開けてしまったのか。

 後悔しても――、いや、する暇もなかった。

 巧妙な罠に引っ掛かった私達はとっくの昔に彼らの手中だったんだから。




作者ですら甘過ぎて吐き気がしました。いや、好きで書いているわけではないのです、うん、多分。お前ら勝手にやってやろと叫びそうな砂糖回。ていうか疑問なんですけどほっぺたにキスマークって出来るんですか?17歳までキスマークは口紅で出来ると思っていた私に誰か教えて下さ(黙れ とにもかくにも次からは再びシリアス気味に盛り下がります。お楽しみに。

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