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危機(貞操の)


 驚愕である。

 というか、正直信じたくない気持ちの方が大きい。

 私は、勝手に手を取って握りしめるシーフを見上げた。

 ラビウサの時でも長身に感じたが、日本人体型のままであったトーコ()にとってもジャンの身長は高かった。

 ハルト君よりも高いと思う。


「……ほ、本当に、ハルト君……?」

 印象が違いすぎる。

 ハルト君は、品行方正な秀才エリートタイプだった。

 こんなチャラくてちょい悪で明らかに女癖の悪そうなジャンとは全く違っていた。

「ん?あぁ、まぁちょっとイメージ変えた、かな?」

「変わりすぎでござるが?!」

 トーコと呼ばれさえしなければ、例え『ジャンがハルト君だ』と言われても、これっぽっちも信じなかっただろう。


「俺、こういう人間になりたかったんだ」

 かがんでボソッと私の耳に呟きを落としてくるシーフ。

 なりたかったって変態に?!

 変態の女好きになりたかったってこと?!

 ちょっと今、わざと耳に口つけたよね?!


「は、離すでござるよぅっ!」

 握られた手を振りほどこうとした。

 が、強く握られている感じもしないのに、全く振りほどけなかった。

 じたばた暴れていると、ジャンの向こうから声が聞こえた。


「――知り合いだったのかい?

 どうして今まで黙っていたんだい?」

 ソル君だった。

 実に的確な疑問だった。

 だが、その疑問に答えられる最適解を私は持たない。

 ソル君に私の言い訳なんて通じるわけないって!


「あ?

 あぁ、俺たち、前世からの恋人だったんだ」


 ジャンがぶっちゃけた。

 私は固まり、辺りには沈黙が満ちた。

 チュンチュン、とかいう小鳥の鳴き声や梢の揺れる音まで聞こえてきて、うっかり和みそうになるほどに静かだった。

 な、和んでる場合じゃないよ?!

 静まりかえった現場に、はぁ~という静かなため息が洩れた。


「……ジャン……。

 お前、いくら説明したくないからってそんな言い訳はないだろうが……。

 もういい。

 とりあえず君達は、今まで気づいていなかったが顔見知りだったということだね?

 それでジャンの片想いだったと」

「いや、両想いだけど?」

「はいはい。

 なんだかラビーも物言いたげな顔をしているし、少し話し合ってきたらどうだい?

 ……言っておくけどジャン、変態行為は……」

 ソル君がじっとジャンを見つめた。

 焼き餅だろうか。


「相手が人間だったら変態行為にはならないんじゃ……」

 ジャンが恐ろしいことを言い出したので、私は思わず本気で手を振りほどいてルーナの背中にダッシュした。

「少女相手に何を言ってるんだ?!

 成人まで待つつもりもないのか?!」

 ……少女?

「そうですよジャンさん!

 せめてあと5年はなんにもしちゃダメですからね!」

 ……5年?

 猶予ができるのはありがたいけど……なんで5年?


「お前ら……トーコはもう23だぞ……?」

「「ええぇぇぇっ?!」」

 なるほど、これがデュエット。

「そんなに若く見えるんでござるかなぁ……」

 これはもしかして、セーラー服とか着れちゃうアレだろうか?着ないけど。


「……なるほど、立派なレディだな」

 ふわりとディーノさんが頭を撫でてくれた。

 これまでよりじんわりと優しい。

 おお、これがレディ扱い?!


「ディーノさん、トーコを誘惑しないでくださいよ」

 誘惑ってなんだ。

 別につき合ってる相手がいないなら、誰にときめこうと浮気は成立しないと思うんだけど。

「トーコも。

 ふらついたりしない、よな?」

 私は変態になんか負けたりしない。


「あたかもつき合ってるみたいな言い方はやめて欲しいでござるよ。

 ハルト君とはそういう仲だったでござるけど、ジャンとはそんなつき合いじゃないでござる!」

 ハルト君とはつき合ってたけど、ジャンとはつき合ってない!

 だからそんなおっかない目で睨んできたって負けないんだから!

 

「はっはっは……。

 どうやら話し合う必要があるみてぇだなぁ……」

 一瞬後には、ジャンの肩に背負われていた。

 ヘルプ!

 ルーナ、ヘルプ!


「――成人してるならしょうがないんじゃないかな」

 ソル君がルーナをなだめている!

「でも……」

「なんだかんだ言ってもラビーには甘いからね、ジャンは」

「それはそうだけど……」

 甘くないっ!

 現行犯で誘拐罪を問えるレベルだよっ!

 何とか顔を上げてルーナを見つめると、ルーナは複雑そうな顔で私を見送ってくれた。


 ……ルーナの嘘つきぃ……。




 連れてこられた茂み。

 ごく近日中にもあったような、ジャンの膝の上に座らされるの図。

 背中にジャンの硬い腹筋が当たって、少々居心地が悪い。

 ……そういえばこの体勢、ハルト君も好きだったよなぁ……。


「……ねぇ、お父さんとお母さん、元気だった……?」

 冷静になってみれば、ハルト君だったジャンは私の死後を知っているはずだ。

 ……ずっと、気になってた。

 両親は、お兄ちゃんとお姉ちゃんは元気になってくれたのか。

 ちゃんと、笑えるようになってくれてたのか。


「……しばらくは、辛そうだったな。

 でも、気丈に笑ってた。

 俺のことも気遣ってくれて。

 おじさんやおばさんだけじゃなくて、お兄さんとお姉さんもな」

 そう言われて心底ホッとした。

 だからまぁ……うなじとジャンの顔がやけに近いことは見逃してやろうと思う。


「あの、さ……その、犯人は……」

 すごく言いにくかった。

 だってユリさんはハルト君が好きであんなことしたわけで。

 転生してから心配だったのは、家族とハルト君だった。

 自分のせいだと、傷ついてるんじゃないかって。


「俺が知ってる限りでは、捕まってなかった」

 私を抱きかかえる人の声が、ぐっと詰まって低まった。

 それでも、語調だけは不自然なほど淡々としていた。

「そ、っか……」

 もし、ハルト君が犯人が誰かを知らないのなら。

 そのままで、いいんじゃないかな。

 知ったら、きっと傷つくから。


「でも、俺も結局あの後、事故で死んじまって。

 あっと思ったらもう即死だったみたいでさ。

 ……転生したんだって気づいて、真っ先にトーコのこと思ったよ。

 俺が転生してるなら、トーコもいるんじゃないかって。

 不純だけど……実はソルにくっついてたのも、あちこち旅してればトーコに会えるかもって思ってたからなんだ。

 ひでぇよな、ソルの一大事だってのに」

 先ほどとは打って変わって、ジャンの声は軽やかだった。

 こういう風に、顔も見えず声もくぐもっていると、まるでハルト君と話しているみたいな気分になる。


「それはちょっとひどいよね」

 だから思わずからかうように返していた。

「ソルには内緒にしててくれよ?

 バレたらあいつ、ネチネチうるさいんだ」

 粘着系チョーロー勇者であるソル君を思って、ついつい笑いが零れた。


「トーコ」

 不意に囁きが落ちて、ギュッと抱きしめられた。

 苦しいほどじゃないけど、体温が近すぎてちょっとドキドキする。

 ハルト君とはお友達つき合いの延長みたいな所があったから、なんかこういう、いかにも恋愛対象ですっていう扱いには慣れてなくて困る。

 ……はっ?!

 それが女好きのテクニック?!


「ちょ、離すでござるよっ!」

「なぁ~んでラビウサ語調になってるかねぇ?

 ……もしかして照れてる?」

 照れて……ないっ!

 これは警戒してるだけだっ!


「ハルト君ならいざ知らず、遊びまくってるジャンには要注意でござるっ!」

「遊び?トーコは本命だけど?」

「ハルト君はそういうことサラッと言わなかったっ!」

 ハルト君はハーフで帰国子女な外見に反して、照れ屋な日本男児だったのだ。

 つき合うきっかけも、あんまりはっきりした言葉はなかったのだ!


「言いたかったけど言えないまま死なれる経験してるとなぁ。

 今のうちに言っとこうと思って」

 くっ、ハルト君がジャンになって、格段にタチが悪くなった!

「それに俺、孤児だったし金もなかったし、趣味は体術訓練だったから、女遊びはしてないぞ?」

 はいぃ?!


「そっ、そのチャラい顔してどうて――」

「はいはいはい。

 そこはまぁ、ハルトの経験値じゃ足りない所は補ったけどな?」

「その時点で遊んでんじゃんか!」

「だってトーコには満足してもらいたいし」

 そう言って首元にチュッと唇が触れていった。

「――っ!

 チャラい!チャラすぎるっ!」

 しかも手慣れている!


「――好きだよ、トーコ。

 ハルトの俺も、ジャンの俺も」

 いきり立とうとした勢いを、くっそエロい声で封じられた。

 ぐっと詰まって、お地蔵さんみたいに固まるしかない私に、ジャンはクツクツと笑いながら何度も首筋に口づけていった。

 セクハラだ!

 お巡りさん、現行犯逮捕してください!


 ……服の裾に手を入れられかけてようやく私は絶叫できました。

 せいぜいルーナにがっつり怒られて欲しいもんだよ。




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