ファントム戦 (第三視点)
巨大な悪魔の体を跳躍しながらの戦闘は、確かに勇者達に分があった。
ファントムの弱点は頭部にあることを見抜いたのは、運の良い偶然ではあった。
だが、宙を舞って襲いかかる師弟だからこそ得た好機でもあった。
「ほらっ」
怪我を負って地面に帰ってきたジャンに、ソルがウルトラポーションを振りかけた。
ルーナはサファイアリングを装備して緊急時の全回復を負っているが、それ以外は”サクラメント”を唱え続けている。
Mp持続回復のサファイアリングがあるおかげで、まだMpに余裕はあった。
「俺が陽動だ。
お前は頭を狙え」
ほぼ同じくして地面に下り立ったディーノが、一瞬だけジャンに話しかけてまた宙に跳び立った。
パーティが固まっている所を攻撃されないよう、足を狙って攻撃している。
ジャンの”五月雨斬り”は、発動するまでにごく僅かなタイムラグが生じる。
ファントムの頭に迫りながらも、そのタイムラグのせいでファントムが振り返り、硬い仮面を攻撃するはめになっていた。
「っさけねぇな……」
ぽつり、と零してジャンは再び地面を蹴った。
ソルが声をかける間もなかった。
ソルは、回復しかできない自分に焦りを覚えていた。
本来は敵を焼き尽くす力を持つはずなのに、これほど強大な敵相手には、アイテムをばらまくことしかできない。
そんな自分を口惜しくも思っていた。
ルーナにだけ戦わせている。
そんな、心が泥で満たされるような不快感に、耐えていた。
『いいでござるか、今回の回復役は、ソルでござる。
ルーナには、できるだけ”サクラメント”を使わせたいでござるよ。
そのためには、ルーナの代わりに回復ができる人間が必要なんでござる。
”アイテム2回”のソルなら、間違いなく運用してくれるはずでござるよ!
なんせ鉄壁の会計担当でござるからなっ!』
ラビーの、脳天気な声がソルの脳裏に響いた。
『それに、詠唱中のルーナを守る使命もあるでござる。
……ぴったりでござろう?』
ついでに、ラビーのにやけ面が浮かんだ。
ビシッと額に青筋を浮かべ、ソルは不敵に微笑んだ。
「……あの、クソウサギ……っ!」
ルーナの腰を抱え、ソルは跳んだ。
二人の消えた後を、呪われでもしたかのような黒い槍が、勢いよく薙いでいった。
ルーナの詠唱は止まらない。
恋人が自分を守ってくれると、信じているからだ。
体勢の崩れたファントムを、”サクラメント”の流星が襲い、その眩い光を盾にしたジャンが、頭部に”五月雨斬り"を叩き込む。
――未だ、ファントムは倒れない。
だが、手痛いダメージではあるようだった。
なぜなら――狂笑の仮面から、血の涙を流し始めたのだから。
「押し切れ!」
ディーノの声は、彼が高く宙を舞い、ファントムの仮面に斬りかかっている今でも地上のソル達に聞こえた。
鋭い回転運動を体に加えながら、仮面の奥にある目を狙う。
そんなディーノを、蠅でもはたき落そうとするような動きで悪魔の腕が狙う。
ジャンは、その動きを見ていた。
だが、彼はディーノを信じた。
「――っっっっ!」
連続して、”五月雨斬り"を発動する。
頭部に走る痛みを感じたのかどうか、腕が一瞬動きを止めた。
その隙を見逃すディーノではない。
斬りつけた目は囮と言わんばかりの潔さで仮面を蹴り、我が身に迫った腕すら跳躍の支点にして次の獲物を狙っていく。
一方のジャンは肩を蹴り、ジャンを探す仮面を避けて常に背後に回っている。
「――まだかっ」
踏みつぶそうと上がる足を素早く察知してルーナを抱え、安全な場所を瞬時に判断して跳躍するソル。
仮面の目から血が流れれば”瀕死状態”なのだとラビーは言った。
そしてファントムの攻撃も苛烈さを増すのだとも。
現にファントムは、全身を煮えたぎるマグマのようなもので覆い始めた。
赤いというより、黒い灼熱の溶ける岩。
皺だらけの皮膚を溶岩が飲み込み、絶叫しながらもファントムは嗤って槍を振るう。
何度も、何度も。
敵の体を足場にできなくなった師弟の動きは、いきおい鈍く、直線的になる。
素早い動き、といえどもやはりジャンには劣る早さのディーノが、まずは打ち落とされた。
地上に叩き落とされ、跳ね返りながらも転がって次撃を避けるディーノ。
回復魔法を唱えかけたルーナを抑えて、ソルがアイテムを全力で放った。
転がり込んでそれを掴み、ディーノは呷った。
「ルーナ、ジャン達の勢いが衰えた今、ダメージを与えられるのは君の魔法だけだ。
回復は私に任せて欲しい」
ルーナはソルの顔を見上げて、くっと唇を噛んで頷いた。
すぐに詠唱に移る。
流星が悪魔を覆う少し前、ソルは尖塔を足がかりにして悪魔の背後を取る幼馴染みに気づいた。
「”サクラメント”っ!」
流星が再び悪魔を覆う。
同時にソルは届かぬと知りつつも声を上げていた。
「いけっ!消え去れっ!」
尖塔の影から踊り出した人影が悪魔の、仮面で守られていない頭を襲った。
これまで何度も目にした、モンスターが消えていく淡い光。
勇者達の目には、これまでで一番美しい光に見えていた。




