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ファントム戦 (後半は第三視点)

 

 最初からソル君には分の悪い喧嘩だったが、ルーナが

「そ、そんなにああいう服が好きなら……っ!」

と、黒い下着スカートにしか見えないオーロラビスチェを取り出してきたことで、土下座が実現した。

「私が悪かった、ルーナ!

 だからその服は、二人っきりの時だけ着てくださいっ!」


 ……私は思った。

 正直すぎるだろう、ソル君。

 ジャンはもちろん声なき爆笑だ。

 ディーノさんも心なしか、肩を震わせている。

 ……でももしかしたらディーノさんの場合、斜め上の発想で『うちの子こんなに立派に大人になって……!』的なこと考えてる可能性も、捨てきれないのだけど。


 ふと思うけど、遠慮を捨てたよね、この二人。

 これまでのどことなく距離を保ったもどかしい関係から比べると、鬱陶しいぐらいバカップルになってしまって。

 それもこれも、全て私の努力の賜物!と思うと……若干、ろくでもないことしてしまったような気もするけれど。

 でも、ルーナがああいう風に頬を染めて屈託なく笑ってる姿を見ると、やっぱり嬉しい。

 

 だがっ!

 最後の関門が待っているのだよっ!

 バカップルでラブいちゃはまだ早いと思うのだよっ!


「次は最強の敵との戦いでござるよっ!

 ソルはいい加減、にやけた顔を元に戻すでござるっ!」

 ソル君が『え?私だけ?!』と愕然とした顔をした。

 当たり前である。

 ルーナの笑顔は癒やしの笑顔、ソル君の笑顔はただのにやけ面なのだ。


「全ての力を出しきる、そうだな、ラビー」

 ディーノさんの言葉に私は頷いた。

「そうでござる。

 が、補足でござる。

 この手紙にも書いていたのでござるが……」

 がさごそと、本来なら遺書になるはずだったメモを取り出した。


「敵の名前は、ファントム。

 その敵でござるが――……」

 思い出せる限りを書き綴ったメモを読んでいく。

 さすがに最強の敵だけあって、勇者達は真面目に聞いていた。

 ジャンとか、居眠りするんじゃないかと思っていたのだが、メモの短さもあって、耐えきったようだった。


「よし、では行こう。

 最強の敵と、戦うために」

 ソル君が格好良く決めてくれたけど……なんだか、戦闘民族っぽい血の高ぶりを感じたのは、私だけだろうか……。

 ち、違うよね、脳筋じゃないって言ってたもんね……。








 砂岩の迷宮、最下部。

 隧道を下った先にある扉をくぐると、そこは巨大なコロシアムになっていた。

 もちろん、屋外である。

 照りつける灼熱の日差しの下、すり鉢状の最下部の中央には、蒼く透明にきらめく小さな石版が鎮座していた。

 石版は、今にも崩れそうな砂岩の台に乗っていた。


「――ここに、鍵をはめるわけだね」

 ソルは静かに呟いた。

 コロシアム状の構造では、ソルの小さな呟きも存外大きく響いた。

「ほらよ、鍵」

 四つの鍵を差し出すジャンの声も、心なしか小さい。

 焼けるような日差しにも関わらず、体を芯から凍らせるような圧倒的な威圧感が、その場を満たしていたからだ。


「……開けるよ。

 いいですね、ディーノさん」

 父であり師でもある男に、目線で問うた。

 父子は眼差しを交わし、ゆっくり頷いた。

 友人同士は軽い目配せで終わった。

 勝って生き残ることは、必然だったからだ。


 恋人同士の視線は、吸いつくように合わさって、時を忘れるほど深かった。

「……大丈夫。

 大丈夫です、ソルさん」

 いかなる傷も負わせたくはない存在に対して、勝って生き残る以上の狂おしい想いが一瞬、ソルの瞳に灯った。

 だが、恋人である女性の慰撫する声によって、その灯がゆっくりほどけていった。

「……うん。

 勝とう。そして、剣を手にしよう」

 ソルはジャンが差し出す鍵を手に取り、一つずつ石版にはめていった。


 火の鍵をはめると赤く光り、氷の鍵をはめると青白く光る。

 蒼く透明な石版から洩れる、眩いばかりの光に、勇者達は目を眇めながらも最後の鍵をはめた。


 ――カシャン……――


 それは、最強の敵を思わせるにはあまりに儚い音だった。

 小さな余韻を伴って、封印を解いた音が小さく木霊していく。


 石版を凝視していた勇者達は、すぐに異変に気づいた。

 闇が、生まれたことに。

 蒼くきらめく石版が、まずは闇の侵略を受け入れた。

 脆く見えた台座が、サラサラと崩れ去っていく音が闇の向こうから聞こえる。


「――っ下がれっ!」

 ジャンの声と同時に、勇者達が飛び退いた。

 闇の中で、何者かの気配が爆発的に膨らむのを、ほぼ同時に感知したからだ。

 飛び退いた先も、また闇。

 灼熱の日差しなど闇に消え去り、暗く昏い闇の中で気配を探るのみ。


 ――シャシャシャシャ……――


 微かな、だがどこか人の鼓膜を逆撫でるような音が小さく響き、その音を伴って暗闇の中に光が浮かんだ。

 光、と呼ぶべきか分からないほど、闇に属した光だった。

 深海を蠢く怪物が灯すような、熱のない光。

 その光がコロシアム全体を禍々しく覆っていく。

 ソイツは、その光を纏って仮面の向こうで愉しそうに、嗤った。




「あいつが、ファントム――」

 三日月形にぽっかりと開いた目と、口の線を持つ真っ白い仮面。

 ファントムは、狂笑を浮かべた仮面を貼り付けた、真っ黒い悪魔だった。

 歪によじれた二本の角に、鞭のようにしなる尾。

 最上層から最下層に至る高さの半分ほどもあろうかという長身を持ち、黒光りする槍を無造作に閃かせている。

 そのくせ手足は骨と、皺だらけでかさついた皮しかないほどにやせ細り、仮面をつけた顔だけが不自然に長い。


「――飲まれるな。こけおどしだ」

 ディーノの言葉は、確かに若者達の緊張をほどいた。

「……薄気味悪ぃ体だなっ」

 どこか強ばったジャンの声がアクセラーの詠唱を始める。

 ルーナは補助魔法の詠唱だ。

「避けろっ!」

 禍々しい槍が、勇者達を掠めてゆく。

「当たるかよっ!アクセラー!」

 それぞれの補助魔法の色に淡く光りながら、勇者達の死闘が始まった――。



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