正体
月に行く術、と言われてジャンは口を噤んだ。
まぁ、普通はそうなるだろう。
この文化レベルで宇宙に飛び出せる技術があるとは思えないからね。
ディーノさんが自信ありげに笑った。
「ルーナ」
うん、やっぱりそうなるよね。
「……ディーノさん」
ルーナはちょっと萎れている。
うん、そうだよね。
ついにその時が来たんだから。
大好きな人に、真実を告げる時が。
でもルーナ。
本気で言うけど、絶対そんなことでソル君はルーナを嫌わないよ!
どんなルーナでも喜んで引き受けるタイプの、粘着系だよあの人!
むしろルーナの方が今すぐ逃げた方がいいと思うレベルだよ!
「ルーナ。お前はカティアで、空から降ってきた。お前が乗ってきた、あの乗り物を使えば月へ、行けるのではないか?」
ド直球でディーノさんが問いただした。
ルーナを真っ直ぐ見据え、その眼差しは揺るがない。
逆にソル君の方が狼狽えて見える。
「ディーノさん、でもルーナは記憶が……」
「思い出している。そうだろう?」
容赦ないな、この侍!!
その時。
ぐぅ、と誰かのお腹が鳴った。
発生源を見やると、シーフが照れ顔ではにかみ笑いをしていた。
一斉に下りる沈黙。
やがて、プッと誰かが吹き出した。
「くくくっ、素でそれをやるのがすごいね、ジャン!」
ソル君が笑顔でジャンをどついた。
明らかにホッとした顔でいる。
「……お前は……。腹の音ぐらい操ってみせろ」
お侍さんが無茶振りした~!!
「あぁ、聖域帰りだから無理もないだろうね。私の贔屓にしている店を案内しよう」
そう言って笑いながら立ち上がるロランさん。
我が家で夕食を振る舞うなんて器用な真似は、たぶん生まれ変わってもできないタイプの人だ。
ルーナも困り顔だけど、ちょっと笑いが洩れている。
少し肩の力が抜けたようだ。
問題はちょっとしか先送りできてないけど。
でも、せめてお腹を満たしてからこういう話はした方がいいんじゃないかな。
お腹が空いてると、悪い方にばっかり考えちゃうもんね。
……チーズケーキは大を用意すべきだっただろうか……。
ロランさんが案内してくれたのは、ちょっと小汚い感じの定食屋さんだった。
いかにもロランさんが常連でいそうな感じの、おしゃれ感のかけらもないお店だ。
お客さんも……おっさん率が高い。
おっさん以外にいるのはお爺ちゃん。
そういうお店だったので、絶世の美女であるルーナが浮く浮く。
おっさん達がルーナを見た瞬間にデレッと笑み崩れるので、さっきからソル君の機嫌が半端なく悪い。
私達は狭い店に唯一ある小さな個室に座り、海の幸定食を頼んだ。
いや、それしか定食はなかったんだよ。
それ以外はお酒かつまみしかなかったんだ。
定食屋っていうより飲み屋だよね、ここ。
「とりあえず!ここにいる間は機密事項は口外禁止でござるからな!!」
ディーノさんが口を開く前に釘を刺してやった。
「……おやおや、このラビウサは小さいのにしっかりしていることだなぁ」
……ロランさん。
「センセイは成人してるんすよ?」
私が何か言う前にジャンが訂正してくれた。
なんだろうこの感じ。
……ほほほ、うちの子は小さく見えるけど、これでも15でねぇ、とかいう母親みたいだ。
やっぱりオカアサマ。
「成人?……ラビタローはもう少し大きかったがなぁ」
「男女差ではないか?」
……ディーノさん。
分かってるならいつものお子様扱い、やめてくれませんかねぇ?!
「ところで、ラビーと言ったかね?少し聞きたいことがあったのだよ」
地味なロランさんのキラッと光る眼光。
「ラビウサは、どこからやって来たのだね?」
……天涯孤独説を押し通してやったよ。
記憶に残る場所なんてちょ~お曖昧に喋ってやったよ。
学者って怖いって思った瞬間だったよ!
もう遅いからってことで、ミバドゥの宿屋に帰った私達。
「……あの。話したいことが、あります」
ルーナがそう言うだろうなってことは、たぶんみんなが分かってた。
「……聞こう」
そう言ってディーノさんは、男子部屋に私達を案内した。
……私は見なかった。
なんかトレーニング機材っぽいものがゴロゴロ置いてある部屋だったけど、私は見なかった!
ルーナはそれどころではない感じで、ソル君が座らせてくれたベッドに腰を下ろして思い詰めた顔をしている。
……絶対あのベッド、ソル君のだよ。
他の男のベッドは使わせないぜっていう粘着なオーラが漂ってるもん。
「わたくしの本当の名は、エーリエルと言います。月の民、でした。罪を着せられて、月から追放された身だったのです」
ルーナは綺麗に揃えた指先を見つめて、静かに言った。
「月の民は、……テラの方に対する大きな罪を犯していました。わたくしを追放することで、彼らはその罪が消え失せると思ったのです」
ルーナは美しく張り詰めた顔で私達を……ソル君を、見つめた。
「……ルヴナンは、わたくし達が生み出した怪物だったのです」
気遣わしげにルーナを見つめていたソル君の表情が、その一瞬でそげ落ちた。
「どういうことだ?」
でも、冷静に聞き返したのはディーノさんだった。
ルーナは哀しそうにソル君を見た後、ディーノさんを真っ直ぐに見つめて説明を始めた。
「月には、魔が溜まりやすいのです。月の民から洩れる悪感情を餌に、魔が淀んで魔物になります。それを祓うのがわたくし達、巫女の仕事でした。ですが代々の巫女達は務めを忘れ、魔はわたくし達が祓えぬほど巨大なモノとなりました。それを憂えた重臣達は、魔をテラに解き放ったのです。……そのことが発覚した時、わたくしは巫女になる寸前でした。そして全ての責を、わたくしが担って追放されることになったのです」
ルーナは目を伏せた。
「テラの不幸は、わたくし達のせいなのです。精霊王様方がわたくしを忌み嫌われるのも、故あってのことだったのです」
ルーナは静かに口を噤んだ。
断罪を、待っているみたいだった。
私は、何かを言いかけたジャンを視線で制した。
ジャンのことだから、彼らしく明快な理論でみんなのもやもやを晴らそうとしたのだと思う。
でも、これはソル君が自分で解決しないといけないことだ。
……もし、ソル君がずっとルーナの隣にいたいと願うことなら、自分で自分の感情に整理をつけないといけない。
いつまでもムードメーカーのジャンに頼ってばかりじゃ駄目なのだ。
……つーかジャンは甘やかしすぎだと思う。
しん、と静まりかえった空間の中で、場違いなほど温かい安堵の吐息がソル君から洩れた。
「……なんだ。じゃあやっぱりルーナのせいじゃないじゃないか」
ソル君は晴れやかな顔で微笑んだ。
「なんかもう……色々最悪のことを考えていたから拍子抜けしたよ、ルーナ」
砂糖が溶け崩れてカラメル状になりそうなほど甘ったるい顔でソル君はルーナに微笑んだ。
あ、もうこれ大丈夫そうなやつだわ。
そろそろ撤収しないと、砂糖の海に溺れるからさっさと退散した方がいいと思う。
「そんなっ、でもソルさんっ」
ルーナ、じゃあまた明日ね~。
私達はラブラブカップルを置いて部屋から脱出したのだった。
ソル君だけが私達を見ないで軽く手を振っていた。
うん、ルーナは気づいてないな!
宿屋の食堂で、私はディーノさんとジャンにホットチョコレートをいれて差し出した。
ゲーム中にあったのは、真実の暴露だけ。
ソル君は操作キャラだから、ソル君が何を感じてルーナにどう対するかはそれぞれのプレイヤーに委ねられていた。
だから私はちょっぴり心配したのだが。
所詮チョーローのソル君だったね!
ルーナに責任がない事なんて明白だもん。
いや、実はそれを逆手にとってセクハラしたらどうしようかとは思ってたものの、そこまで腐ってはいなかったらしい。
ま、勇者だもんね。
「ラビー。知っていたんだろう?」
ちょっとジト目のディーノさんが迂闊にも可愛い。
「えと。……てへ?」
「俺たちがソルを死なせまいと思って胃を痛めていたにも関わらず、ラビーは隠していたわけだな?」
「ご、ごめんでござる!」
あれだけデザート食べてて胃痛なんてホントか?!なんて思ってないから!
「あ、ディーノさん、俺もセンセイから聞いてソルが大丈夫そうなのは知ってましたんで」
オカアサマがフォローしてくれた。
……なるのか?
そのフォロー?
「なら俺にも伝えろ!」
お父様がキレた。
「えと。てへ?」
「お前がやるな!」
ごつん、とどつかれても変わらないジャンの笑顔がすごい。
痛み耐性高いな、ジャン。
まったく、と言いながらディーノさんは頭を抱えた。
でもディーノさん、ちょっと笑顔が零れてるよ。
うん、嬉しいんだよね?
ソル君が死なずにすみそうで。
「で?ラビー」
ディーノさんの小さな笑みは瞬く間にかき消えて、侍はすっと姿勢を正して私に向き直った。
「もう他に隠し事はないか?」
ははは。
「えと。てへ?」
あるに決まってるではないか!
読んでくださってありがとうございます!!
……ソル君の想いに気づかないのはルーナだけだと思います(道行く通行人にもバレバレなレベル)




