蘇る記憶
『罪を贖う勇気を持て、さすれば我の加護をそなたにも与えん』
セト様の辞世の言葉に慌ててラビーに戻り、服を着直した。
そうしてそろっと屋上部分に上がった。
ソル君はどことなく不満そうな横顔で、薄れ消えゆくセト様をじっと見守っている。
ジャンとディーノさんの姿は背中しか見えない。
ルーナたんの横顔は……俯いていた。
右手を額にあて、微かに眉を顰めている。
ひっそりとルーナたんに歩み寄って、そっと寄り添う。
「――……ラビーちゃん」
私に気づいたルーナたんが、私を見下ろしてそっと微笑った。
その笑顔を見て、私は悟った。
彼女は、思い出したんだ。
詳細は、まだかすみがかっていると思う。
でも、今までの純真な笑顔で笑えなくなる程度には、思い出してきているんだ。
「ルーナたん……」
ちょっと泣きそうだ。
短いうさ耳が萎れてぺたん、と頭に沿って倒れているのが分かる。
ゲームでは、この時ルーナたんは月で追放される時のことを詳細に思い出していた。
『浄化を怠った罪は重い!』
そう責める、ルーナたんの生家とは反対派閥に属する老人達。
『己が女王になろうと、姑息な手を使いおって!』
でも、ルーナたんは気づいていた。
彼らこそが長年にわたって、月の浄化を怠った張本人だと。
彼らの属する派閥が、権力を維持するためにずっと行ってきた、巫女の不正な選出。
それこそが浄化を妨げてきたのだと。
『わたくしの責ではありません。わたくしは巫女ですらありません。それなのに浄化の責を担えとは、いかなることでしょうか』
ルーナたんは毅然と言い返した。
心は不安に揺れ、絶対的な味方と信じていた婚約者のローライトを待っていた。
それでも、えん罪と戦おうとする、しなやかな心を持っていた。
……だけど彼女は結局、勝てなかった。
ルーナたんのせいというより、敵の勢力が大きかったことと、ルーナたんの味方をする派閥が小さかったためだ。
どれだけ巫女としての実力に優れていようと、彼女一人でできることは少ない。
勢力争い、という点ではなおさらだった。
どれほど抗弁しても受け入れられず、彼女は浄化を怠った責を負わされ、テラへと追放されることになったのだ。
ルーナたんは……ルーナは、柔らかく微笑った。
笑顔なのにどこか泣きそうにも見える、悲しい笑顔だ。
「大丈夫。……大丈夫よ、ラビーちゃん」
ずっと巫女になるための修行に明け暮れ、年頃の少女らしい楽しみを知らなかったルーナ。
人の悪感情が淀んで魔物化する月において、彼女はその魔物を浄化できる力を、誰よりも持っていた。
けれど、女王になってその力を使う機会は永遠に失われた。
「ルーナ。……ルゥーナ」
彼女の腰にギュッとしがみついた。
ルーナがそっと笑って、ゆっくり優しく頭を撫でてくれた。
「……ありがとう、ラビーちゃん。知っていたのでしょう?……ありがとう、黙っていてくれて」
繊細な指先が、短いうさ耳の毛並みを整えるように静かに撫でていった。
「――ルーナ?ラビーも。どうしたんだい?」
ソル君が異常に気づいてやって来た。
いつものように、ベリッとルーナから私を剥がそうとしない。
たぶん、戸惑っているんだろうと思う。
ルーナの雰囲気が変わったから。
ルーナがそっと首を振る気配が伝わる。
「――ううん、なんでもないの、ソルさん」
見なくても分かる。
透明な微笑を浮かべているんだろう。
ソル君の当惑が色濃く伝わってくる。
「わたく――私、頑張るわね。雷の精霊王様が仰ったこと、ちゃんと頑張るから」
私は顔を上げた。
仰いだ彼女の顔は、どこまでも気高く美しく。
彼女自身が愛してやまなかった、失われた少女時代の”ルーナたん”は、もうどこにもいなかった。
帰路は、みんな口数が少なかった。
みんな、何かを考え込んでいた。
ルーナやソル君はもちろん、ジャンまで。
ディーノさんは普段からあんまり喋らないけど、きっと色々考えてると思う。
だってセト様で三柱目だ。
あと一柱の精霊王を味方につければ、理論的にはいつでもソル君はルヴナンを再封印しに行ける。
その命を犠牲にして、だけど。
……いやいやいやいや。
私はBF6マスターだ。
全員を幸せにするだけの情報はこの頭に詰まっている。
ルーナをあんな、哀しい笑顔のままでいさせるつもりはないし、ソル君だって死なせない。
この二人が無事なら、後の二人も大丈夫なはずだ。
うんうん、ここは順調に物語が進んでいることを喜ぼう。
ハッピーエンドになるためにはしょうがない寄り道だということで!
「おやつにするでござるよ!」
危うく私まで暗くなりかけていたので、ここは気分を変えようとおやつを提案する。
場所はラヴァティーに向かう街道だ。
昼過ぎだからピクニック気分で開放的だ。
「おぉっっ!今日はもうないのかと思ってたぜ!」
ジャンが食いついてきた。
そうか、一応、空気を読んでたわけだな?
でも、本能には勝てずにおやつに食いついてきたわけだな?
「とっておきの、チョコレートボンボンでござるよ!」
中身の洋酒部分は加熱してアルコールを飛ばしている。
なので洋酒の風味だけが味わえる、滑らかなガナッシュ入りのチョコレートをみんなに配った。
ついでに良い葉っぱの紅茶も煎れる。
個人的にはコーヒーもありだとは思うが、紅茶でいただくチョコレートも捨てがたい。
「――うまいな」
すっごいしみじみ言うな、ディーノさん。
「あ、一人3個まででござるからな?!」
既に二個目を食べているジャンに釘を刺す。
「あら、じゃあ私のをあげましょうか?」
「ルーナは甘やかしちゃダメでござるよ!」
今までと同じようで、違うお茶の時間。
……セト様の馬鹿。
”浄化”なんてキーワード言わなくてもいいじゃんか。
文句言ったってしょうがないんだけどさ。
読んでくださってありがとうございます!!




