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晩餐 食後酒


 カンテ氏のお屋敷から私たちの泊まっている宿屋にはわりとすぐだ。

 この世界に時計なんて便利な物はないが、前世からの私の体感で言えば7分ぐらい歩くと思う。


「ソルさん、……勇者の子供って、どうなるの?」

 早足で一番前を歩いていたソル君に、遅れがちに考え考え歩いていたルーナたんがそう尋ねた。

 ソル君はちょっと足を止め、それから今度はゆっくり歩き始めた。

「勇者の子供は……聖女の息子だった私の経験から言えば、ルヴナンの封印を課せられるでしょうね」


 そうだろうね。

 ソル君がルヴナンを”封印”するなら、それは聖女アンヌがそうだったように、いずれその封印は解けることになるだろう。

 その時、ソル君と同様に勇者の子供がいれば、その子はルヴナンの封印を任されることになるんだろうと思う。

 本来なら、実力のある人が任されればいい仕事だが、命を賭けるこの任務を任せやすいのはやはり聖女の、勇者の血統なのだろう。


「封印を……」

「その子には他の選択肢を与えられない。

 どんな夢があろうと、いずれ破れるルヴナンを再封印する使命が課せられます。

 ……私は、自分の子供をそんな運命に導きたいという女性を信用できません」

「ソルさん……」


 今やソル君とルーナたんは二人で並んでゆっくり歩いている。

 私たちはその後ろから、ちょっと間隔を置いてついて行っている。

 二人の向かう先には、大きな丸い月。

 二人ともすらっとした体型をしているから、月に照らされた影絵みたいな姿がとても美しい。

 後ろ姿だけで美男美女だと分からせる力は相当なものだと思う。


「――それなのに、勇者の子供を欲しがる女性は多くて……。

 私は、彼女達が苦手なんです。

 ……情けないでしょう?」


 離れているから、囁くみたいなソル君の声を拾うのは大変だった。

 風向きが良くて何よりだったけど、ゲームの字幕に流れる台詞を読むのとは違い、ソル君の苦しそうな色が混じった声を聞くのはちょっと切なかった。

 それに、本当は聞いちゃいけないことのような気がする。

 私は歩いていた足を、それまでよりもっと緩めた。


 この先の台詞なら知っている。

 だから、私は影絵みたいな二人の姿を見るだけで満足するべきだと思う。

 踏み入っちゃいけない世界がある。

 だからちゃんと大事に、近づきすぎないように見守ってあげようと思うんだ。




『わたしも、ちかづきすぎてるの?

 ……はなれたほうが、いい?』

『……いいえ。

 きみは、いいんです』


 ゲームの時は嬉しいだけだった。

 それは何周もしていたら切ない台詞ではあるけれど、それでもソル君が自分の気持ちを吐露している大事なシーンだから、ドキドキワクワクしていたものだ。


 でも。

 今は少し、辛い。

 ソル君が、どんな気持ちでルーナたんにそれを言ってるんだろうと思うと、ちょっと悲しい。

 だってソル君はチョーローだからもうルーナたんにぞっこんのはずなのだ。

 それなのに好きだと言えなくて、でも側にいてもらえるのが嬉しくて、だからといって『側にいて欲しい』なんて言えなくて、だから許可しかできなくて。


 ……絶対に、だ。

 絶対に、この二人を幸せにしてみせる。

 ウザいぐらいラブラブなカップルにしてみせる。

 それが、私がこの世界に生まれ変わった理由だと思うから。




 濃すぎた一日が終わったので、ルーナたんはベッドに入るなり爆睡してしまった。

 代わりに私が眠れない。

「これはもう、お散歩でござるよね……」

 お散歩というか、この宿屋には屋上があるので、そこで夜風にでも当たってこようと思う。

 こっそり部屋から忍び出て、階段を上って屋上に出る。

 屋上には木製のベンチがあって、そこからラヴァティーの巨大な避雷塔がよく見えた。

 私は早速そこに座って自分のマグカップを取り出した。


「夜はやっぱりこれでござるよねぇ」

 ラヴァティーの果実酒を混ぜ込んだホットミルク。

 デザートプリンセス由来の甘味も入っているので優しく甘い。

 ずずっとすする。

 私はこの、火傷しそうに熱いのが大好きだ。

 ぬるくなってしまうと物足りなく感じてしまう。


「――眠れねぇのか?」

「ブハッッ!」

 気配がなかった!

 いきなりかけられた声に、私は思わずミルクを吹いた。

 鼻から出なくて何よりだった。

 驚く私に頓着せず、私の隣にジャンがストンッと体重を感じさせない動きで腰を下ろした。


「……ドアの開く音すらしなかったでござるよ。

 心臓発作で死ぬかと思ったでござる」

 私が苦情を申し立てると、ジャンは眉を顰めて

「死ぬとか簡単に言うなよ」

と低い声で言った。

 どうやらソル君のことでナーバスになっているのは私だけではないらしい。

 しょうがない。

 本来は私だけの物だが、ジャンにもホットミルクを入れてやろう。


「ほら、特別でござるぞ?」

 掌からジャ~ッと出てきたように見えるホットミルクに、ジャンは目を丸くした。

 目を丸くしつつも、ジャン専用のマグカップを受け取ることは忘れない辺りがジャンだった。

 そういえばジャンに、というか勇者パーティの誰にもデザート作成の過程を見せたことがなかったな、と思い出した。


「なぁセンセイ、それって何のスキル?」

「ん?デザート作成っていうスキルでござる」

「なんなんだその限定された馬鹿馬鹿しいスキルは……」

 馬鹿馬鹿しいとは失礼な。

 このスキルによるデザートをむさぼり食ってるのはジャンだと思うのに。


「ったくセンセイは非常識だな……」

 ぶつくさ言いながらホットミルクを啜っているジャン。

 今からそのホットミルクを取り上げたらどうなるだろう?


「――センセイさぁ、知ってるよな?

 ソルのこと。

 あいつがどうなるかってこと」

 ジャンに対する攻撃の意志がヒュンッと引っ込んだ。


「え、えぇと?」

 知ってると言えばジャンの知らないことまで知ってるけど、それに関してジャンは知ってるのだろうか?

 ど、どう答えれば……。

「あいつが、ルヴナンを封印したら死ぬってこと。

 知ってるだろ?」

 あぁ、そのことね。


 ……知ってる。

 私はコクリ、と頷いた。

 ジャンはやっぱりな、と苦笑した。

 ルヴナンを、精霊王の力を借りて自分の体内に閉じ込めて、その上で自分の体を石像に変える。

 聖女アンヌはそうやってルヴナンを封印した。

 そうしてソル君も、そのやり方を踏襲するつもりでいる。


「なぁ、センセイはルーナを幸せにするって言ったよな?

 ついでにソルもって。

 それは、センセイにはソルを死なせないですむ考えがあるって思ってていいのか?」

「いいでござるよ?」

 まぁ私のおかげじゃなくてゲームのシナリオのおかげだけど。


「――?!」

 私があっさり返事をしたので、ジャンは目を見開いて固まっていた。

 私はその顔を見てププッと笑ってしまった。

「とは言っても、ラビーは激弱でござるからな。

 ジャン達が強くならないと、そもそもラビーがいくら努力しても無駄でござるよ?」

 ジャンは体を硬直させたまま、目を瞬いた。

 徐々にジャンの体が解れてくる。


「――本当に、ソルは死なないのか?」

「本当でござる。

 ……まぁ弱すぎてルヴナンにたどり着くまでに行き倒れるっていうなら話は別でござるが」

 ジャンの表情がどんどん和らいでくる。

 幼馴染みだけど、本当に仲がいいんだな。

 普段は素っ気ない感じだけど、実は仲良しなわけだ。

 ヒューヒュー。


「そっか……そうかぁ。

 ……うっし。

 じゃあ明日からソルも戦闘訓練させないとな!」

 おおおう、来た、脳筋的解決法が!

「ま、まぁそういうのもいいでござるが、問題は戦闘時でござるよ。

 なるべくアビリティを使うでござる。

 Mpが切れたら休憩しつつ、アビリティを無駄打ちしまくるでござるよ!」

 そうすれば徐々にステータスが上がる。

 ルヴナンならレベルを上げるだけでも勝てるだろうが、裏ボスのファントムはステータス上げにも手をつけないと勝てる相手ではない。


「っしゃ、センセイもデザートいっぱい用意しといてくれよ!」

「どんだけ甘党なんでござるよ!」

「センセイのアビリティってさ、戦闘にはなんの役にも立たないけどさ、生活するには便利だよな。

 店でもやれば絶対に流行るだろ。

 あのおっさんのシェフが作ってるケーキなんかと比べものにならないぐらい美味いしな」

「まぁそれはそうでござるなぁ。

 アレはひどかったでござるよなぁ」

 思い出したくもないケーキを思い出しながらそう言うと、ジャンはひどく真剣に何かを考え込んでいた。


「?どうしたでござるよ?」

「二割引!」

「は?」

 なんなんだいきなり。

「センセイが開業したら買いに行くから二割引でよろしく!」

 それって勇者割引と同じ……。


「ぶはっっはっっはっっは!」

 ラビーが開業できる状態って、裏ボス倒してラスボス倒して世界を平和にした後じゃん!

 いないよラビー!

「いいじゃねぇか、一緒に冒険した仲だろ?

 勇者割引頼むって!」

 私はジャンの明るい無邪気な顔を見て笑った。

 笑いすぎて涙が出てきた。


「う、ウケる……甘党な勇者ってウケすぎる……」

 私は膝の上に腕を組んで顔を伏せ、隠した。

 ついでに滲んだ涙を拭っておく。

「お、俺だけじゃねぇ!

 ディーノさんも大概だろ?!」

「いかにも辛口な酒飲んでますって顔しといて……!」


 ラビーはプリンだ。

 ただのプリンじゃない。

 ファントムを封印している、封印の四獣だ。


「どうせルーナやディーノさんにはただなんだろ?

 いいじゃねぇか、二割引!」


 封印の四獣を倒して手に入る鍵で、ファントムの封印は解け、戦える。

 ファントムを倒さないと、ソル君やルーナたんは……。


「……しょうがないでござるね。

 じゃあ二割引にしてやるでござるよ」


 まぁジャンだし。

 きっとジャンなら、こんなしょうもない約束なんてすぐに忘れてしまうだろう。

 それに私はなんだかんだ言ってジャンを信頼している。

 私がどれだけ暴言を吐いても怒らないし。

 だからジャンがもし約束を覚えていて私がそれを破ったとしても、ジャンはそんなに怒らないんじゃないかな?


「おっしゃ、覚えとけよセンセイ!」

「う~ん、まぁ覚えるだけなら……」

「守れ~っ!」

 ははは、と笑って私は誤魔化した。

 ジャンでこれだけ辛いって、ルーナたんだと本気でまずいな。


 今日の教訓。

 ルーナたんと未来の話はしないようにしよう。

 ディーノさんは無口だからきっと大丈夫。

 ソル君とはそんな仲じゃないし。

 うん、気をつけるべきはルーナたん。

 まぁそれよりも目下の課題はレベル上げとステータス上げだよね。

 だから静まれ、私の涙腺。


「寝るなよセンセイ~」

「うっさいでござる」

「心配してるのにひでぇ」

 ――狸寝入りで誤魔化していたら、気づいたら自分のベッドの上だった。

 ジャンめ、ルーナたんの寝顔見てたらぶっ飛ばす。




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