晩餐 メイン
そもそもこのBF6というゲームはレトロゲームだ。
旧型のゲーム機で初めてプレイできるようなレトロゲームの世界。
出てくるキャラクターは二頭身。
輪郭もカクカクしていて、服装だって色でしか判断できない。
当然、顔の美醜なんて全く不明だ。
ディーノさんの傷ついて見えない左目を、この映像レベルで表現できただけで驚きものの表現力だった。
なのでプレイヤーの心の目が限界まで試されていたわけだが。
さっきの奥様も、ゲーム内ではカクカクした黒いドレスっぽい服を着た女性キャラってだけだった。
それが現実では、あの奥様は年齢不詳とはいえ、あの迫力は明らかに30代か、もしかしたら40代。
娘と同じ艶やかな金髪を美しくまとめ上げ、黒いドレスも膝まで切れ込みが入っていて、逆に胸元は詰まっている。
当たり前だが現実に生きている女性だった。
さらにはさっきのシーンでは抱き合っている男性なんていなかった。
ゲーム内では奥様一人の部屋に入って同様の問答を繰り返したわけだが、正直プレイ中は何のことだか分からなかったものだ。
奥様の恐ろしいほど冴え渡った無表情、じわじわ迫ってくる迫力、チラッと見た男性は地味な顔つきだが筋肉ムキムキタイプで、そういうゲームでは手に入らなかった情報にクラクラする。
――というか、現在進行形でクラクラしている。
夜でも煌々と灯りが灯されている素敵なお庭を散策している私たち。
西洋風の噴水に薔薇、洒落た剪定をされた低木。
しっとり潤った夜風に、薔薇の濃厚な香りが漂う。
ちょっときつすぎるほど薔薇の芳香は強い。
夜空の東の方に月は丸く姿を現し、庭を照らす照明の一部みたいに庭を飾っている。
薔薇のアーチをくぐり、開けた噴水前で行われようとしているイベント。
向かい合うソル君とディアーヌお嬢様。
ディアーヌお嬢様はうっとりした顔をしているが、これでも成人女性の私には分かる。
彼女は自分と雰囲気に酔っている。
もしくは、自分が紡いでいる、相手の感情を考えない自分のための物語に。
「――お慕いしておりますの、勇者様」
ゲーム内ではカクカクした女性だった、名前もなかったディアーヌお嬢様が、魅惑的な肢体をくねらせてソル君に近づく。
まるで蛇が獲物に這い寄るみたいに。
そう、恐らく彼女は狩りをしているのだ。
ソル君という獲物を狩ろうとしている。
……でも。
でもね。
そいつは魔王化しているよ!?
ブリザーデストまき散らしてるよ!
気づかないの、この冷気に?!
かつて私が浴びたブリザーデストなんて甘いレベルで凍える空気だよっ!
魔力が上がれば与える魔法ダメージも増えるみたいに、激怒レベルが上がったソル君のブリザーデストはもはや物理的な鳥肌まで立たせてくれる。
「――すみませんが、ディアーヌ嬢」
ソル君が低い声でディアーヌお嬢様を拒絶すべく話し始めた。
まぁでも所詮は王子様顔なので、多少声を低めようとディアーヌお嬢様には効いていないみたいだ。
だってあの冷気にも気づいてないんだもん。
「本気なんですっ」
ソル君が油断していたとは思わないけど、まぁ結果的にソル君はしてやられた。
「――っっ!」
……ねちっこい。
ディアーヌお嬢様、キスがねちっこいよ!
たぶん舌は入れてないと思うが、唇をはむはむさせているような気はする。
唇と唇をどこまでも押しつけて密着させようとするねちっこいキス。
ガン見だ。
絶対に自分で活用する場面はないと思うが、他人のキスをこうまで間近で見られることなんてこれから先、あるはずもない。
というか、ゲームでは効果音しかなかったのに、現実ではこうもねちっこいのか。
ソル君は目を見開いて硬直している。
あり得ない事態に魂が飛んでいるのかもしれない。
え~、もう5秒はキスしてると思うけど、ソル君らしくないなぁ。
早く帰っておいでよ~。
ドンッ!
ソル君がディアーヌお嬢様を振り払ったのは、恐らくキスの7秒後だったのではないだろうか。
お、お~い。
袖口で唇を拭くのはどうなんだろう?
そんなことされると女性的には立場ないんだけどなぁ。
「うんざりです」
ソル君は吐き捨てた。
「勇者の子供がそんなに欲しいのですか?
勇者の子供がどうなるか知っていて――」
ソル君は言葉を飲み込んだ。
「……長居したようだ。
明日も早い。
失礼する」
こういう時にこういうことを言えるのはやっぱりディーノさんだった。
私たちは何も言わずにディーノさんに従った。
「――こちらです」
空気を乱さないような、静かな響きの声で執事さんが言って私たちを出口まで先導してくれた。
すごいよ執事さん!
まさに神業だよその仕事!
「邪魔したな。
よろしく伝えてくれ」
ディーノさんがそう言って今夜の訪問を締めくくった。
ちなみに当主のカンテ氏は、『若い方々でゆっくり庭でも散策されては……』と言って不在だったのだ。
暗に私たちにも席を外すように指示されたが、『田舎者なんで何言われてるか分かりませ~ん』という態度を貫いた。
別にキスシーンをどうしても見たかったわけではない。
ソル君が心配だったからだ。
うんうん、心配心配。
「……長い一日でござるねぇ」
これから宿屋に戻る途中でまたイベント。
まぁ大都会だししょうがないよねっ。




