強がり
翌日のソル君は怖かった。
昨夜、ルーナたんは結構ボロボロ泣いていたので、朝起きたら目が腫れぼったくなってしまっていた。
とはいっても僅かなもの。
俯せで寝ちゃったんだよね~と、余裕で誤魔化せる範囲のものだったのだが。
「やぁラビー。ちょっと事情を聞かせてもらおうか」
朝食を採りに下りてきた食堂で、食事も食べられず詰問中の私。
これまで散々ウサギ呼ばわりしてきたソル君がいきなり名前を呼んでくれたのに、そこには全くなんの喜びもなかった。
むしろ背筋が凍った。
「っ誤解でござる!昨日ルーナたんが怖い夢を見て泣き出したから、話を聞いて慰めただけでござるっ!」
何が悲しくて女同士の浮気みたいに弁解しなければならないのか。
「慰めて、ねぇ……?」
「精神的なやつでござるからな!?」
ソル君のねちっこい嫌がらせに屈したわけではない。
ないが、避けられるものなら避けたいと思うのは人情だと思う。
「昨日はごめんね、ラビーちゃん。
でもラビーちゃんがいてくれて嬉しかったよっ」
朝食が乗ったお盆を私の隣に置いてニコニコ笑うルーナたん。
一気に変わるソル君の人相。
ちなみにこれまでは悪徳金貸しが取り立てをする時の人相だった。
今は虫も殺せないような好青年の顔をしている。
「ルーナ、怖い夢を見たのかい?」
口調までも丸っきり違う。
ふんわり柔らかい、大事なものを包むような温かい声をしている。
「――人格変わりすぎて怖いでござる」
そっと囁いてみたら、満面の笑みを向けられた。
くっ、この私がソル君に謝りたくなる日が来ようとは……!
「あのね、あんまり覚えていないの。
たくさんの人がいた、ってことぐらいで……。
……これって、思い出してるのかな」
ぽつり、とルーナたんが呟いた。
思い出している。
でも、そんなことはまだ知らなくてもいいんじゃないかな。
否応なく向き合わなければならないその日が来るまで、逃げちゃってもいいんじゃないかな。
「――ルーナたん、このスープ美味しいでござるねっ」
隣のルーナたんを覗き込むようにしてにこっと笑いかけた。
どこか目のうつろだったルーナたんが私と目を合わせ、フワッと笑ってくれた。
「あ~!疲れた~俺も朝飯ぃ~」
ドカッとソル君の隣に座るジャン。
ジャンとディーノさんは、いつも朝食の前に訓練しているのだ。
ちょっと真面目で笑ってしまったのは内緒だ。
「ジャンは伸び悩んでいるな」
ディーノさんがそう言いながらジャンとは反対側の、ソル君の隣に座った。
「伸び悩み?!あれだけ倒しまくれるなら充分でござるよ?!」
「力任せで技術が未熟だ」
「あぁ……」
脳筋だもんね。
「納得すんなよセンセイっ!」
攻撃力や体力といったステータスとは違う何かがあるんだろうね。
ステータス的にはジャンは優秀だから。
「ふふふっ」
私たちの話を聞きながらルーナたんが思わず、といったように笑った。
「あ、ごめんね?賑やかなのが、嬉しくて」
「うるさい気もするけどね」
ソル君は、あんまり喋らない方がいいと思う。
改めて携帯食などを購入して私たちはシューロスを出発した。
これからは西に向かう。
目的地は、神殿総本部がある神都ラヴァティー。
シューロスの周りは氷原だが、西に向かうにつれ雪が消え、緑の平原が広がっていく。
「うわぁ、綺麗だねぇ!」
ゲーム内ではのっぺりした緑だった平原は、緑の中に様々な花が咲いていてものすごく綺麗だった。
白や黄色の花が多くて、時々パッと目立つ赤や紫の花が群生している。
緑も、色の濃いものから薄いものまで様々だ。
もちろんモンスターはいる。
が、もう少し行ったらラヴァティーに向かう最後のセーフポイントがある。
「もう少し行ったらお花見しようでござるっ」
桜じゃないけど、こういう野の花を愛でながらお茶を飲むのもいいものだと思うのだ!
「おっし行こうぜ!どっちだ?!」
今までバーサーカーかというぐらいモンスターを倒しまくっていたジャンが、私の台詞を聞いた瞬間殺気を消した。
どんだけスィーツ男子なんだこいつは。
いや、さすがだとは思うよ?
あれだけモンスター狩りまくってるのに傷一つ負わずにピンピンしてるのは大したものだと思う。
でもなんかどこか残念な男だよなぁ。
「――ここでいいか?」
目的地に敷布を敷いてすっかり待ち受けモードなディーノさんに思わず私は笑ってしまった。
ディーノさんのこと、大好きだなぁ!
ディーノさんの用意した敷布に腰を下ろして、私はお茶の準備とデザートの用意をした。
今日は一口サイズの生チョコタルトだ。
生チョコが新鮮なチョコレートじゃなくて、生クリームを混ぜ込んだチョコレートだと知った時の驚きは今でも鮮やかだ。
出来たてのチョコレートっぽいじゃん?!
つきたてのお餅みたいな感じでさ!
……まぁそんなことはともかく。
カリカリのタルト生地にぱっと見は堅めの、でも口に入れたらトロリと溶ける生クリーム入りチョコレートを詰めて上に軽く炙ったクルミを乗せている。
とりあえず大皿に、一人二つ食べられるだけの数を乗せて出す。
次はお茶だ。
ディーノさんに沸かしてもらった沸き立てのお湯を、ちょっと香ばしい紅茶みたいなお茶の葉っぱで煎れる。
ちょっと待ってから各自のマグカップに入れ分ける。
「……ジャン、なんでもう3個も食べちゃうでござるよ……」
せめてお茶を煎れる間ぐらい我慢しろと言いたい。
「お、俺じゃない」
「嘘でござろう?全く、一人2個の計算なのに、これだから脳筋は……」
涙目のジャンにぶつくさ言いながらタルトを足した。
……私の分だ。
「ラビーちゃん、一緒にお花を摘みに行こうよ!」
前世では違う意味のあるお花摘みだが、ルーナたんは本気でお花摘みがしたいらしい。
「いいでござるよ~。じゃあ後で食べようでござる」
そうして二人で手を繋いで草原に駆けだした。
ルーナたんはキャッキャと笑いながら花を摘んだり花冠を作ったり、果てはその花冠をソル君に被せたりしている。
「無理してねぇ?」
脳筋のジャンでも気づくぐらい、不自然なはしゃぎっぷりだ。
「そういう時は気づかないふりをしてあげるでござるよ」
私が本当に最初にBF6をプレイした時、私にはこの”草原ではしゃぐルーナ”たんにいまいち感情移入できなかった。
ちょっと男子受け狙いすぎてない?とか思ったりしてた。
でも2週目、再びプレイした時にこのシーンを見ると、色々分かってくることがあるのだ。
失われた不穏な記憶が怖くて、でもその記憶の向こうにあった、普通の年頃の女の子らしいことをしたいというささやかな願い。
そういうことが分かってくるとこのシーンはちょっと切ない。
「ところで、なんで拙者のタルト、一個足りないでござる?」
「お、俺じゃねぇぇぇっっっ!!」
〈一方その頃、なディーノさん〉
「うん、やはりラビーの菓子はうまいな」
ちゃっかり罪をジャンになすりつける大人げない大人がそこにいた……。
だがディーノの株を落とせないジャンには、真実をラビーに告げることはできなかった。
哀れ、ジャン。




