終焉
自分との戦いっていうのはなかなか充実感があった。
自分がここまで強くなれたんだと分かったから。
まぁ、センセイの指導のおかげでもあるんだけど。
ソルもルーナも――ディーノさんは言うまでもない――、自分との戦いに、これまでの自分たちの軌跡を見て満足そうだった。
そしてついに迎えた裏ボス対戦。
だが……。
『あぁ……うれ、しぃ……』
ゾワッと全身の毛が逆立つほどの不快感が俺を襲った。
いる。
彼女が。
俺から、トーコを奪った女が。
俺が、コワシタ、人が。
俺は、どうするべきだったんだろう。
どんな言い方をしてやっていれば、あの人は道を踏み外さないですんだんだろう?
何をしていれば、トーコを失わないですんだ?
今も、分からない。
もっと柔らかく断るべきだったのか、それともいっそのこと弄んで手ひどく捨てるべきだったのかさえ。
でも、今の俺ができることは……分かる。
俺達は、たぶん転生してココにいる。
だから……終わらせるんだ。
彼女の執着を。妄念を。
闇が凝るようなその化け物は、俺を見て仮面の奥の紅い瞳をニィッと歪めた。
喜んでいるソイツに向けて、俺は歯を食いしばるように嗤った。
終わらせてやる。
君のソレは、愛でも何でもない。
ただの自己満足なんだって。
ファントムは、明らかに俺に手加減していた。
俺を攻撃しないように気をつけつつ、時折でかい図体を扱いかねるようにして尻尾や槍が飛んでくる。
俺が避けたり、ソルが回復するのを安堵の空気とともに見守っていた。
……ユリさん。
あなたは、根っこから悪い人じゃなかった。
俺に向けるような優しさを、他にも向けられる人だった。
ディーノさんを潰し損ねていきり立つような人では、たぶんなかった。
あなたがトーコにひどいことをした時に……あなたは、壊れたんだ。
もしかしたら、俺と接していた時点で壊れていたのかもしれないけれど。
だから、壊れたあなたを、俺が終わらせる。
あなたが俺に向けてくれた、最初の優しい好意に応えるためにも、あなたを送る。
「っっっっっ墜ちろぉぉぉぉっっっ!」
もう何十度目かの五月雨斬りを、ソイツの後頭部に放った。
『ひ、どい……ハルトさん……ハルトさんハルトさんハルトさんハルトさんハルトさん……っっっ!』
頭が割れるような思念が放たれて……俺は不覚にも、一瞬だけ地面に頽れた。
「ジャン!? 大丈夫か!?」
だいじょうぶじゃ、ない……!
「――ォーコっ!」
まだだ。
まだ、アイツは死んでない。
トーコはまだ、安全じゃない……!
「ジャン!?」
ソルの声に応える余裕もないまま、俺はトーコの気配を探った。
振り仰いだ塔の窓辺で、白いフワフワの頭がスッと倒れていくのが奇跡的に見えた。
「――っさせるか……っ!!」
守ると決めたんだ!
塔の外壁を伝って飛び移り、可能な限りの短時間でトーコの元へと向かった。
「センセイ!」
窓辺でコテンと倒れているトーコが、俺を見た。
ゾッと背筋が粟立つような、紅い瞳。
口元がにんまりと弧を描いて――俺はキレた。
「……誰の中に入ってやがる……」
お前が殺した、俺の大切な人の中に、どうしてお前が入ってる!?
「ハルトさん」
センセイの声で、ソイツが俺を呼んだ。
「――ふざけろ」
ラビーの白い毛皮に覆われた頭に、穢らわしい染みがついていた。
全然トーコに似合わない、乾いた血のような穢れ。
「あなたを愛したことなんて、一度もねぇよ」
俺の言葉で揺さぶられたその穢れは、ブワッと浮かんで震えた。
その隙を逃がさずに掌で掴む。
なんでか知らないけど、掴めると分かっていた。
掴んで、潰せるんだと。
「――ハルトさ……」
「うるせぇ。その声で俺を呼ぶな」
憎みきれない、可哀相な人だと思っていた。
今でも、心のどこかで憎みきれない俺もいる。
でも……ダメだ。
こうすることでしかこの人を止められないのなら、俺がやる。
「もう、終われ」
渾身の力で握りつぶした。
俺の、抑えきれない憎しみを込めて。
――いやぁぁぁぁぁ……っ!
頭に刺さるような悲鳴が、尾を引いて消えていく。
俺は、その声が消え去るまで、穢れを粉々に握りつぶしていた。
「……あれ?」
キョトンとした顔も可愛いトーコが、トーコのままで俺を見上げた。
ラビウサのフワフワの耳が、戸惑ったようにゆっくり揺れた。
ピンクの瞳が、しきりに瞬いている。
「センセイ、大丈夫か?」
俺の言葉に慌てて立ち上がり、パタパタと体を手で触って確認している。
……俺はなんにもしてないぞ……っ!
「う、うん。あれ……?
さっきの、なんだったでござろうか?」
「さあ?
ファントムとかいう凶悪な悪魔の残留思念とかじゃねえ?」
適当に答えると、血相を変えて怒られた。
あ~、抱きしめてぇ……。
トーコ、無事で良かったトーコ! とか言ってトーコの無事を五感で確かめてぇ……。
ん? ルーナ?
ルーナより先に嫁に来るのはセンセイだろ、と言いかけたらディーノさんにいきり立った声で呼ばれた。
う~ん、最近、ディーノさんにとってのセンセイが孫娘ポジションな気がする。
手ぇ出すなってオーラをヒシヒシと感じるんだけど……いや、元々恋人だったんで。
……さっさと結婚できないかなぁ……。




