悪夢
ありきたりだと思うけど、俺がラヴァティーの孤児院に入った頃強く思っていたのは、復讐だった。
俺の両親を殺したやつらを、許せるわけがなかった。
だから、こっそり孤児院の隅っこで体を鍛えてた。
その時、すごく不思議な違和感に気づいた。
俺の体が、思ったように動くことに。
普通、5歳児の走る速さなんてたかがしれてる。
でも幸か不幸か俺はハルトの記憶があるから、もっと自分が速く走れることを知っていた。
だからこんなもんじゃない、と思って体に意識を集中した時、5歳児にとってはあり得ない速度が出た。
……むしろハルトより速かったかもしれない。
なんで?!と思って色々実験してみた。
そしたら、結果を強く意識して体を操作すると、当たり前以上の動きができるようになるってことが分かった。
で、俺は当然転生チートだ!って思っていい気になり、盗賊のねぐらに討ち入って死にかけた。
……アホだった。
そんな俺が今でも生きているのは、ディーノさんのおかげだ。
どういうわけかたまたま行き会ったディーノさんが――何故、山奥の盗賊のねぐらに”たまたま”いたのかは不明だが……ディーノさんだからな……――、強面の盗賊達を瞬殺してくれたのだった。
袋叩きにされてボロボロだった俺には拳骨。
無茶苦茶痛かったあの悶絶は、今でも覚えている。
こうして俺は、ソルのいた孤児院の町――ホルンに引き取られることになったのだった。
当時7歳のソルは、”変な子供”だった。
俺ってさ、ぶっちゃけ大人の頭が子供の体にある状態じゃん?
そんな状態だったら、そりゃ天才っぽく振る舞えたりするじゃん?
でも、成人過ぎた中身の俺が、たった7歳のソルの頭脳には敵わなかった。
……マジで。
「……物価の変動が……」
とか言いながら三角関数――サインとかコサインとかいうアレ――を自力で編み始めたソルを見て、俺は頭のいい少年を目指すのはやめようと、すっぱり諦めた。
たぶん、ジャンにとって最善の選択だったと思う。
でも、ソルは人とのつき合いを拒む所があった。
ソルが聖女の息子で、いずれ破られる封印のために大事に生かされているっていうのは有名な話だった。
でも、そういう人付き合いに関しては子供っぽい拒絶を示すソルがいじらしくて、何かと世話を焼いていた記憶がある。
……で、懐かれた、んだと思う。
いや、あいつってツンデレじゃん?
ディーノさんからの武術的な講義に、ソルだけじゃなく俺も巻き込まれ、いつの間にか俺だけが弟子状態になっていたのは……まぁ、振り返ればいい思い出だ。
強くなれたし不満はないんだけど……なんとなく、ソルに生け贄として差し出されたような気がしないでもない。
その講義の中で知らされたのがレベルという概念で、『成人前にレベルを上げてしまうと真の力が目覚めない』というディーノさんの信念によって、俺たちは実戦未経験だった。
さっさと強くなりたかったんだけど、
「筋力を鍛えずとも、レベルが上がれば強くなる。
そしていつしか体を鍛えることを忘れてしまう。
……真の力は、そんなことでは手に入らない」
というディーノさんの重々しい言葉を聞くと、まぁしょうがないかな、と思ったものだ。
そんな風に俺たちは順調に育っていって、そして、封印が解けかかっているという知らせが俺たちが成人した年に届いた。
その頃には、俺はソルが命を投げ出して再封印を期していることを知っていた。
俺は、それを止めたかったんだと思う。
だから旅に誘われた時、簡単に頷いたのだ。
でも本当は、それだけが理由じゃなかった。
俺は、16を過ぎた頃から妙な夢に襲われるようになっていた。
『……ハルトさん……』
闇の向こうから、奇妙に上擦った女性の声が聞こえていた。
『ハルトさん……今度こそ、幸せに……』
俺は、その声に聞き覚えがあった。
夢にも関わらず、腹の底から憤怒が込みあげた。
『あの女の……体……うば……って……』
遠ざかる女の声が、焦燥感を煽った。
『やめろ……トーコに、もう何も、するな……!』
金縛りに遭ったように動かない舌をどうにか操って、声を絞り出した。
『……くやしい……からだ……ほし、い……』
女には、俺の声なんて届かなかった。
忘れた頃に見る悪夢に、俺はやがて気づかずにはいられなかった。
トーコも、こっちにいる、と。
そして、あの女が今でさえトーコを狙ってる。
どこにいるかも分からないトーコを、俺は再封印の旅を利用して、探し出そうとしていた。
……まさか、向こうから飛び込んでくるとは思わなかったけどな……。




