ティバラギー村、週末魔物討伐隊 ②
「お前が新入りか? ようこそティバラギー週末魔物討伐隊、第三班へ」
イオラとハルアが集合場所に到着すると、青年が大声で出迎えた。
村外れの見晴らしの良い草原。小川の横には水車小屋があり、大きな木が一本立っている。その周囲には数人のメンバーらしき若者たちと、見学の村人たち十人ほどが集まっていた。
一文字の眉を大袈裟に寄せた青年は、短く刈り込んだダークブラウンの髪に、浅黒く日焼けした肌が印象的だった。顔の彫りは深く、暗緑色の眼差しは鋭い。
農作業と日々の鍛錬の賜物が、かなり筋骨も逞しい。
「初めまして。俺はイオラって言います。こっちはハルア」
「こ、こんにちは」
挨拶をするイオラ同様、ペコリと頭を下げるハルア。
「ぬっ……!? 遅れてきた上に女連れとは……こりゃ大層なルーキーだな。オレはマッスフォード。第三班のリーダーだ、よろしくな」
「よろしくおねがいします」
イオラはいつも通りの平常心。どんな相手であれ礼儀正しく挨拶をするのは、剣術の師匠の教えでもある。
ハルアは緊張した面持ちで、イオラの左腕を掴んで半歩後ろで隠れている。
リーダーと名乗るマッスフォードの身長は175センチメルテ程だろうか。イオラよりもだいぶ大きく見える。
全身を包む鎧はイオラが身に付けている物と同様に革製だが、脛や胸などを薄い金属板で補強している。
武器は、長く重量の有りそうな両手剣。
長さ150センチメルテもありそうな大型剣を背中に括りつけ、腰には予備兵装のショートソードを下げている。
マッスフォードはイオラを試すかのように、真っ直ぐに睨みつけた。
「……」
イオラも鋭くも重い視線を静かに受け止めて、心を乱すことなく対峙する。
一瞬の沈黙。2メルテほどの距離を置いての睨み合いは、時間にして僅か数秒だった。
「……ほぅ? いい顔をしてやがるな。イオラだったか? 大概の奴らはオレと睨み合いになるとヘラヘラして頭を下げるか、つっかかってくるんだが……そのどちらでもねぇ」
感心したようにマッスフォードが、口元にようやく笑みらしいものを浮かべた。
「はぁ……?」
「どうだ、剣で手合わせをしないか? 腕前を見せてみろよ」
「俺、別に強くないんですけど」
「……自分でそう言ったヤツも初めてだ。抜け」
イオラに挑発的な言葉を投げ掛けると、マッスフォードは剣の柄に手をかけた。
と、そこで村役場の職員らしい中年男性が慌てて駆け寄ってきて、割って入る。
「マ、マッスフォードくん! これは親善も兼ねた討伐遠征なんだから仲良くね!? イオラくん、すまないねー。こちらのマッスフォードくんはね、5年前の学舎対抗剣術大会で優勝した事もある実力者なんだ。討伐ではとても頼りになるよ! うん!」
「あ……はい」
なるほど、と納得する。剣の腕前は確かなのだろう。5年前ということは、魔王大戦で村が襲われた時の実戦経験もあるのだろう。
リーダーであるマッスフォードの紹介を終えると、次は他の第三班のメンバーや見送りに集まっていた村人たちに向けて、イオラを紹介する。
「そして、今日が初参加のイオラくんは、ティバラギー北部のハックルベリア集落出身です。あの戦乱でご両親がお亡くなりになられてね、とても苦労して村に戻ってきてくれたんだ」
涙ながらに語る様子は、ある程度の事情を知っているらしかった。世話になった英雄の、賢者様の事は伏せてくれたのはイオラにとっては有り難かった。
集まっていたこの地区の村人たちは、温かい歓迎の拍手で迎えてくれた。
「よろしくおねがいします。ハルアも後方支援をしてもらいます」
「お弁当と薬草担当のハルアです」
イオラとハルアは再び村人たちに折り目正しく頭を下げた。集まっていた人々のうち何人かがこの集合場所に残り、討伐隊の拠点にするらしい。ハルアは牛車を守る後方支援要員を引き受けた。
今度はマッスフォード以外のメンバーに向き直り見回す。彼と一緒にいた面々がイオラに近づき挨拶を交わす。
「ぼ、僕は……ティル・リッカー。一応、剣を使うんだ」
「あ、よろしく!」
気弱そうな感じの男子は、イオラよりも背が小さい上にオドオドと目線を合わせようとしない。さっきから大人しいハルアといい勝負だろう。
髪はグレーのくせっ毛で、肌は色白。瞳の色は鉄色で……ルーデンス人だろうか? それにしては細くて小さい印象だ。
簡易な革の胸当てをつけ、腰に下げているのは小振りで古びたショートソード。一応は剣士に分類されるのだろう。
「こいつは『帰りたがり』のティルな! 兎に角家に帰りたいんだよなぁ」
「やめてよ、リーダー。今すぐにでも帰りたいんだから……あっ!?」
ガッ! とマッスフォードが意地悪な顔でティルの肩を叩くと、身体がぐにゃりと折れ曲がった。
本当に大丈夫だろうか? と心配になるほどだ。
「んで、こっちが、弓術師のハーリミールな」
「よろしくっ!」
しゅたっ! と明るい笑顔で片手をあげたのは、イオラと歳が近そうな少女だった。
赤毛のショートカットがボーイッシュな印象で、大きな瑠璃色の瞳に厚めの柔らかそうな唇が、くりくりとした小動物的な表情を作っている。
服装はエルフの民族衣装に似た、短いグリーンのワンピース。とはいえ、人間なので耳は普通。胸は弓術の邪魔にならないような慎ましい大きさだ。
リオラを少し思い出して、イオラは思わず首を振る。
背中には装飾の施された矢筒を背負い、短めの丈夫そうな湾曲した弓を肩にかけている。
「狩人さん……なんだ? 頼りになりそうだなぁ」
「そうだね」
ハルアとイオラは弓術師に目を丸くする。魔法ではない中距離支援が出来る武器の使い手がいるだけで、戦いでは心強い。
「私ね、止まった的なら外さない、百発百中だよ? アハハハ」
「ハーリミールの二つ名は『林檎の達人』だ……」
リーダーのマッスフォードが尻すぼみに声を低めた。半眼になり溜息をつく。
「リンゴ……?」
「あ……動かない的って意味?」
小首を傾げるイオラの横で、ハルアがぴこん! と瞳を輝かせる。
「正解! 鋭いね、えーと、ハル!」
びし! と指をハルアに向けて笑うハーリミール。釣られて笑うハルア。
「え……えぇ?」
明るい笑顔で同年代のハルアと早速打ち解けてくれたのはいいが、戦いの場で「動かない的」なんてあるのだろうか?
そんな腕前で矢を放たれては、背中に矢が突き刺さりかねない。
「そんでもって、オレたち第三班、唯一にして最強の切り札……」
どうも紹介するごとに元気が失せてゆくリーダーだが、三人目は期待できそうだ。
「どうも、自称魔法使いのマプルです」
「うわ!?」
「きゃ!?」
イオラとハルアの真後ろから暗い声が聞こえた。思わず飛び上がるが、認識撹乱系の魔法で姿を隠していた訳でもなく、ただ印象が薄いだけのようだ。
それは紫色のマントを羽織り、四角いメガネを掛けた「いかにも魔法使い」と言った格好の女の子だった。
淡い桃色の髪はさらさらで、胸のあたりまである。瞳の色は赤銅色。
マントの下は普通の平服で、学舎の制服のようにも見えた。左の小脇には古びた分厚い魔導書を抱え、右手には樫の木の杖を持っている。見た目は何処からどう見ても「魔法使い」そのものだ。
けれど、気になる単語が混じっていた気がする。
「じ、自称?」
少なくともイオラが過去の冒険で出会ってきた魔法使いは、誰も彼も常軌を逸した魔法を使うとんでもない能力の持ち主ばかりだった。
「マプルは、魔法は使えるんだがよ、詠唱に時間が掛かるんだ。唱え終わるころには戦闘が終わっちまうことがよくあってな……んで、ついた二つ名が『遅撃ちマプル』」
マッスフォードが首を左右に振りこめかみを押さえた。なんだか苦労しているようだ。
「遅撃ちって……」
イオラは唖然とする。弓矢に続き、魔法の支援もかなり怪しい雲行きだ。
「一応、メタノシュタット魔法高等学舎、一年で中退です」
淡々と喋る口調はのんびりしていて、確かに高速呪文詠唱なんて無理そうだ。
「だ、大丈夫なの!?」
「大丈夫、炎の魔法は使えます……! 火の粉を派手に散らせます」
「そう、なんだ」
こうして見回すと、大型の剣でパワー押しするであろうリーダー、マッスフォードがとても頼もしく見えてくるから不思議だ。
イオラはハルアと顔を見合わせて、苦笑混じりに微笑む。
「ま、だいじょうぶ。なんとかなるよ!」
「……うん!」
こうして、いよいよ新しい仲間たちとの冒険が始まった。
<つづく>