イオラ対パンプキンヘッド
――パンプキンヘッド
文字通り『腐ったカボチャ頭』と呼ばれる魔物は、カボチャに目と口のような穴が空いただけの、お化けカボチャだ。
畑のカボチャを収穫せずに放置しておくと、やがて腐り土地の瘴気も取り込んで生まれる自然の魔物だという。
王政府が発刊した『新・メタノシュタット魔物大全』では「Eランク」、つまり最弱に分類されている。Eランクというのは実際のところ「無害」と同義で、そこらじゅうに居る粘液生命体の『スライム』や、動きの遅い大ナメクジ『スロゥ・スラッグ』と同じ扱いだ。
王国の戦士団や魔法使いが討伐隊を編成するのは、生命や王国財産に著しい被害をもたらす「Aランク」級の魔物と決まっている。
民間の討伐業者、つまりは「冒険者」や「護衛業者」と呼ばれる人々は、王政府から討伐報奨金の出る「Bランク」や「Cランク」の魔物を自主的に狩る場合もある。(もちろん「Aランク」を狙うこともあるが)
つまり、Dランクや、ましてや「Eランク」の魔物ともなれば本職筋の玄人連中は見向きもしない。
それだけ危険性も低い、という事ではあるのだが、畑の作物を食い荒らしたり、パンプキンヘッドのように人々に迷惑をかける存在も居る。
それらは村人たち自身で対処しなければならない訳だが、そこで重宝がられるのが、イオラのような腕に覚えのある「見習い」の剣士や、魔法学生のような「見習い魔法使い」などだ。
修行を兼ねて遠征に来て、魔物を狩ってくれる場合もあるからだ。
「腐ったカボチャ……あれ、臭いんだよなぁ」
『キュッ』
軽く苦笑するイオラの左肩で、桃色の「しずく」のようなスライムの幼生、ラナコが跳ねた。
ハルアに良いところを見せたいけれど、カボチャ相手に勝っても自慢にはならない。
「イオくん見て! 畑の向こう、全部で5匹ぐらい居るよ」
「ほんとだ。ほっとくと増えそうだぜ」
ハルアが20メルテほど先のカボチャ畑を指差す。まだ魔物になっていない普通のカボチャと見分けがつきにくいが、黄色いカボチャが動いている時点で魔物決定だ。
「ふ、増えたら困ります……」
「……腐臭……酷い……」
悲壮な顔で訴える長女イヴェリアと、何故か暗い表情の次女クローリア。
このまま放っておけば、ヴィボーラス家の人々や、通りかかった村人が襲われるかもしれない。まぁ、襲われると言っても、体当たりをして自爆するだけ。鎧など無くてもケガをすることはないが、盛大に腐汁を浴びて、全身がベチョベチョになる……という被害が出る。
髪や身体に臭いが染み付いたりするという意味では、女性にとっては忌避すべき魔物と言えるだろう。
「あの魔物の汁の臭いが風で漂ってきて……食欲が」
「……私の負け犬人生みたいな臭い……」
トラウマめいた事を口走るクローリアは不安なんだろうな、とイオラは思った。どんなに弱いとはいえ魔物は魔物。心配をかき消すように笑顔を見せる。
「大丈夫! 俺がなんとかする。みんなはここで待っていて。もし向かってきたら逃げるんだ。あいつら人間の走る速度よりは遅いから」
「は、はい!」
「……おー……」
イオラは素早く指示を出すと、背中から片手両手持ち兼用の『バスタード・ソード』を引き抜いた。陽光を跳ね返す銀色の剣の迫力に、ハルアたちは息を飲んだ。
幾度かの戦闘経験があるイオラの動きには無駄がない。いたずらに振り回すこともなく、自然な構えのまま静かに歩き出した。
「イオラくん、一人で平気?」
「以前何度か戦ったことがあるよ。コツがあるんだ」
「コツ?」
心配そうなハルアが、イオラの言葉に首をかしげる。
「そ。ヤツの汁をかぶらないこと」
イオラはハルアに軽く微笑むと、静かに魔物たちのいる方向へと歩き始めた。僅かに身を屈め、剣先を地面に向けて斜め前方に構える。
進むのは畑の間を縦横に結ぶ小道。肩幅ぐらいの雑草の生えた小道を、問題の畑に向かって徐々速度を上げながら進んでゆく。
魔物が蠢くカボチャ畑まではおよそ20メルテ。使われていない畑が手前にあるので、それを迂回するようなコースを取る。身を隠せるような物はない。
ハルアとヴィボーラス家の姉妹が心配そうに見守る中、イオラは10メルテ手前まで来ると、魔物たちの中へと勢いをつけて走り込んだ。
その向かう先には一体の『パンプキンヘッド』が動いている。
「よっ……と」
軽い掛け声と、ふぉん! と空気を斬り裂く音と共に剣を下から上へと振り上げた。モゾモゾと動いていた黄色いカボチャの怪物から黄色い飛沫が散った。
断末魔の悲鳴も何もなく、バックリと真っ二つに割れて終わり。動かなくなったカボチャの残骸から、紫色の霧のような瘴気が立ち昇ったように見えた。
噂に違わぬ最弱さだが油断はできない。他の4体がイオラに気がつき、びょんびょんと地面を跳ねながら一斉に向かってきた。
「――っと! ほら、こっちだぞ!」
イオラはそこでくるり、と踵を返すとハルアたちから更に離れる方向へと走り出した。その後を追う4体の腐ったカボチャ達。
見渡す限りの畑と青い空。のどかな農村の畑を走る少年剣士の後ろを、黄色いパンプキンヘッド達が追う光景は、滑稽で可笑しくもある。
「イオラ君……!」
「イオラさん大丈夫かしら」
「……私ならあそこでカボチャたちに襲われてる……」
女子三人組は応援することしか出来ない。
だが、イオラは装備をつけていても結構走るのが早く、余裕の表情だ。
びょん、びょんっ! と跳ねるたびにカボチャの中に詰まった汁と種が散る。イオラは時折走る速度を落とし振り返ると、足踏みをしながら挑発し、3メルテほどの距離を保つ。
「おら、こっちだ」
『きゅっ!』
あまり距離が離れるとパンプキンヘッド達は追うのを諦めるし、近すぎると「自爆」か「体当たり」いずれかの攻撃を仕掛けてくる。
『新・メタノシュタット魔物大全』に書かれた解説によると、腐ったカボチャの中に一種の『粘液生命体』のようなものが生じ、それが擬似筋肉の代わりを果たし、植物にもかかわらず運動能力を獲得しているらしい。
と、一番元気のいい一体が大きく跳ねた。イオラに向けて体当たり攻撃を狙っている。
だがイオラはそれを狙っていたかのように、足を止めて剣を地面に突き刺した。
「イオラくん!?」
ハルアは思わず悲鳴を上げる。
放物線を描き、顔面目掛けて飛び跳ねたカボチャに向けて、イオラは両腕を差し出すと、冷静に「ぱしっ」と受け止めた。そして自分の軸足を中心に、身体ひねるように一回転――相手が飛び込んできた勢いそのままに、他のカボチャ三体の方へと投げ返した。
「――っしゃらぁ!」
投げ返した瞬間、カボチャが二倍ほどに膨らんだ。そして追いかけてきた残り三体の直前に落下する直前、パンプキンヘッドは自爆。「パァン!」と爆発四散した。
その破裂の衝撃に、二体が巻き込まれ黄色い汁を畑に撒き散らした。
「三体やっつけた!」
「でもあと一体!」
長女のイヴェリアと、冷静にイオラを見守るハルア。
ぐちゃぐちゃになった仲間たちの屍(?)を踏み越えて、「仲間たちの仇!」とばかりに最後の一匹がイオラに向けて突進し、目前で高く跳ねた。
「でぃやぁああっ!」
イオラは地面に刺していた剣の柄を再び握ると、顔面目掛けて飛び掛かってきたカボチャを身を低くして避け、そのまま切り伏せた。
地面から抜き放たれた銀色の輝きが半円を描いたとき、パンプキンヘッドは頭上で真っ二つに両断されていた。
キラキラと黄色い腐汁を散らしながら地面に落ちる最後のパンプキンヘッド。
「やった!」
「イオラさん凄い……」
「……惚れた……」
歓声を上げる三人に、イオラは勝利を告げるかのように剣を掲げてみせた。
まさに余裕の勝利だが、村を旅立ってから三年間、いろいろな冒険に参加してきた経験と勘、そして魔物に対する知識がイオラを強く、逞しくしたと言っていいだろう。
「あとで、残りの古いカボチャも潰しておいたほうがいいよ」
と言って、地面に転がっていたカボチャに片足を乗せた瞬間。
バァン! とカボチャが破裂した。
「ぎゃー!?」
響き渡るイオラの悲鳴。全身が黄色い汁と種に覆われる。
それは、6体目のパンプキンヘッドだった。他の五体とは違い成り立てだったのか、動かずに獲物が近づくのを待っていたようだ。
「イオラくんー!?」
「う……げぇ……。結局、こうなるのかよ。ぺっぺ。……臭っ!」
まるで生ける屍のようにフラフラと歩いてくるイオラに駆け寄るハルアも、流石に足を止める。
「クローリア、お母様に知らせて! お風呂の準備を! 着替えと宿泊の準備も!」
「……了解、イヴェリア姉さん……」
早速、ヴィボーラス家の姉妹が喜々として動き出した。
「ちょっ!? イオラくんはウチに帰りますから!?」
ハルアは姉妹の方へと駆け戻り、今度は姉妹との攻防戦を始めている。
「いえいえハルアさん。うちには大きなお風呂がありますから。シャワーだけのお宅とは違って」
「うぅ……!?」
『きゅっ♪』
肩に乗っていたスライムの幼生、ラナコがイオラの顔を這い回りながら、汁を舐め取ってくれていた。スライムにとってカボチャの汁は栄養満点の餌なのだろう。
「……ラナコありがと……」
畑の中で立ち尽くすイオラの村を守る戦いは、まだ始まったばかりのようだ。
<つづく>
◆村での暮らし【魔物退治、初級編】 了
というわけで次章
いよいよ新たなる冒険(?)へ!
仲間たちとの出会いへと続きます。お楽しみに♪