ヴィボーラス家の人々 ~未亡人とバツイチ長女と浪人生~
「まぁまぁイオラくん! 来てくれたのね嬉しいわぁ!」
「こ、こんにちは、ヴィボーラスさん」
イオラがヴィボーラス家のドアを叩く前に、ドアは内側から開いた。
「今日はとっても凛々しくて素敵……! 男の子はやっぱり頼もしいわぁ」
「あ、あはは?」
そこに現れたのはヴィボーラス家の女主人、マダム・アニモニーだった。
中肉中背の女性で、三十路も半ばを過ぎているが、艶やかな大人の女性といった雰囲気を漂わせている。今日は特に銀色のややウェーブした髪を下ろし、唇には紅をさし綺麗に化粧をしているせいか、年齢以上に若く見える。
「ささ、家の中へどうぞ、まずはお食事でもどうかしら?」
ギラギラッとした目つきでイオラの手を掴むと、家の中へと誘うマダム・アニモニー。
「え!? い、いや今日はその、魔物が出たって言うから来たんですけど」
「腹が空いては戦は出来ないって言うでしょう? 隣じゃジャガイモしか食べさせてもらってないんでしょうから尚更よね。ささっ、遠慮なさらずに」
すごい笑顔のマダム・アニモニーがぐいっとイオラの手を引く。イオラは突然のご厚意に、目を白黒させながら戸惑いの表情を浮かべるしかない。
怪物の口のようにバックリと開いた玄関の向こうに視線を向けると、家の中では更に二人の人影がイオラたちの様子をじっと見つめていて、思わず息を飲んだ。
「いっ!?」
それはヴィボーラス家のバツイチ長女ことイヴェリア19歳と、18歳の妹のクローリアだった。
どちらも玄関先で母親によって捕らえられた獲物が引きずり込まれるのを、今か今かと待ち受ける目をしている。
イヴェリアは嫁ぎ先である温泉街のヴァースクリンで、商人で夫の酒癖の悪さに嫌気が差し、役場での離婚が認められたという。そして今年になって村に戻ってきたばかりだ。
妹のクローリアは村の学舎での成績が優秀だったということで、王都メタノシュタットの高等学舎を数年前に受験したが残念ながら不合格。その後は家事手伝いをしながら、浪人生活を送っているという。
「ちょっ……! 待ってくださいアニモニーおばさま!」
ハルアがたまらずイオラとマダム・アニモニーの間に身を割り込ませた。
「あ、あらっ!? ハルアちゃんも来てたの?」
「最初から一緒に居ました!」
「まぁ!? ぜんぜん気が付かなかったわ、ごめんなさいね」
イオラの横に居たハルアに今気がついたとばかりに、しれっとした笑顔を向ける。
「イオくんは、ウチでごはんを食べてきましたから!」
ハルアは抗議の声を上げる。
「でも、ジャガイモばかりなんでしょう?」
「そ、そうですけど……」
ジャガイモばかり、ということに関してはちょっと反論できないハルアだが、助けられたイオラも反撃に出る。
「お腹は空いていません。それより、魔物が出た場所を教えてください。どこの畑ですか!?」
「あ……あらやだ、わたしったら! そうよね、まずは魔物よね? オホホ!」
「はぁ……」
マダム・アニモニーの全身から溢れる肉食系な雰囲気に、イオラは思わず気圧されそうになった。ハルアの母であるナツノもかなり豪快な女性だが、二人が幼馴染でライバル(?)だというのも頷ける。
銀色の美しい髪色は「北の勇猛なる狩猟民族」と言われるルーデンス人によく見られる特徴だ。ここから更に百キロメルテも北に進むとファルキソス山脈の山麓に広がる広大な森林地帯がある。そこで暮らすルーデンス王国の出身なのだろう。
イオラは2年ほど前、共に冒険をした事のあるとある女戦士を思い出していた。
それは魔王を倒した伝説の「六英雄」の一人で、彼女も勇猛なルーデンスの女戦士だった。
玄関ドアの向こうには、熊の頭つきの毛皮がタペストリーのように飾ってあり、何かを訴えるような悲しげな表情をイオラに向けている。
艶やかな笑みを浮かべイオラの顔から目を離さないマダム・アニモニーは、二人の娘達を呼び寄せると、西側の畑に案内するようにと言った。
「どうもー! こんにちはイオラくん。あぁ、若いっていいわー」
バツイチという事を感じさせない若さの長女イヴェリアは、ややタレ目のソバカス顔で、明るい表情が特徴的な娘だった。赤みがかった銀髪を顎のあたりで切りそろえている。
華やかな柄の平服は、畑に行くというよりも余所行きのようだ。
「こんにちは。…………眩しい、外はつらい」
妹のクローリアはあまり外に出ないのか肌は色白で、気弱そうな表情は、単に照れているのか、本当に外が眩しいのか、なかなかイオラとハルアの顔を見ようとしない。
こちらは飾り気のないドレスのような平服姿で、シルバーグリーンの腰までもありそうな長い髪を一つに束ねている。
「西側の畑ですね?」
「そうなの!」
「………らしいです」
イオラの笑顔は引きつり気味だ。
それから歩くこと10分。とりあえずイオラを先頭に、ハルア、そしてイヴェリアとクローリアが続くという妙な一行が畑の中の道を進んでゆく。
「ねぇハルア、ヴィボーラスさん家の畑は誰が面倒見てるの?」
マダム・アニモニーさんは畑仕事をするようには見えないし、バツイチだという長女のイヴェリアさんもずっと家には居なかったはずだ。次女のクローリアさんは……野良仕事をするようには見えない。
「えっとね、畑を村の組合に貸し出してるの。それを更に向こう隣の、大きな事業農家のフィガルドさんが大勢の人を雇って、一気に耕したり世話をするから……」
「でも、それだと自分の家の取り分が少ないんじゃ?」
ハルアの家は一家総出で耕すし、野菜の面倒を見る。最近はイオラも手伝っているのでかなり喜ばれているのだが。
「……だと思うわ。畑の賃貸借料と、食べる分はもらえるとか聞いたけれど……。それにヴィボーラスさん家は、お亡くなりになったお父様がルーデンス王国のお城に勤めていたとかで、すごいお金持ちなの」
「ふぅん……」
ハルアはイオラに身を寄せながらそっと教えてくれた。
「イオラくん、あの……ヴィボーラスさんの家のほうがいい?」
「えっ!? いや! そういうので聞いたわけじゃないよ」
「そうだよね……ウチは貧乏だし……美味しいもの出してあげられないし。ごめんね」
曖昧な笑みを浮かべて、眉を曲げるハルア。
「いやいや、美味しいよ! 茹でたジャガイモとか、煮込みとか、ポテトフライとか……! うん、俺ジャガイモ大好きだし」
「……ごめんね、ごめんね!」
ますます泣きそうな顔になるハルア。
「えっ、ちょっハルア!」
イオラとハルアの話が聞こえたのか、あるいは二人が仲良く話しているのが気に入らなかったのか、突如姉のイヴェリアがイオラの両肩に手を置いて、ぐいっと向きを変えた。
「イオラくん! ほらあそこ! あのあたりの畑!」
「――!?」
と、森の手前に広がる畑には、カボチャの苗が葉を茂らせているのが見えた。まだ初夏であり苗はちいさく生育途中だが、その間を縫うように、何やら妙なものが見えた。
モゾモゾと丸い……いや、歪んだ形の「黄色いカボチャ」たちが動いているのだ。
「パンプキンヘッド!?」
それは昨年の収穫の際、虫食いなどで畑の隅に捨てられたカボチャたちが、腐敗しながら瘴気を吸い集め動き始めた「低級な魔物」だった。
「あの魔物のせいでこのあたりの畑が汚されちゃって……」
「…………腐ってる、腐ってる……」
イヴェリアとクローリアがイオラの背後で訴えた。
「イオラくん……大丈夫!?」
「お、おおぅ!」
イオラにとっては懐かしくも「嫌な思い出」が脳裏を掠める魔物との再会だった。
<つづく!>




