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ティバラギー村、『じゃがいも騎士団』奮闘記  作者: たまり
村の暮らしと魔物退治 編
4/12

 隣の畑と、狙われたイオラ

「ふぁ……おはようございます、おじさん、ナツさん」


 イオラがまだ眠い目をこすりながらダイニングキッチンの扉を開けると、そこには三人の家族たちがいた。

 この家の主であるフユクールおじさん、奥さんのナツノさん。そしてハルア。

 木のテーブルを中心に、チロチロと炎が揺れる暖炉、木の梁に剥げた漆喰の壁。四角い窓が南と東に一つづつ、台所には沢水を溜める大きな(かめ)が2つ、ぶら下がったベーコンやタマネギにフライパン。そして湯気の立つ銅製の鍋が温かい生活の温度を感じさせる。


 ダイニングキッチンは、香ばしいパンの香りとシチューの甘い香りで満たされていた。この香りはジャガイモとベーコンのミルクシチューだろう。

 ぐぅ、とイオラのお腹の虫が鳴く。


「おはよう、イオラくん。あれ? 昨夜は夜警(やけい)で、朝がた帰ってきたばかりじゃないのかい?」

 フユクールおじさんが少し眉を持ち上げて驚いた顔をした。太い眉に日焼けした肌。肩幅が広く胸板の厚い、木訥(ぼくとつ)とした農夫であるおじさんは、身寄りのないイオラの身元引受人(ホームステイ)を快く引き受けてくれた恩人だ。


「はい。でもこれぐらい平気です」


 イオラがそう言うと、左肩に乗っていたチビスライムのラナコが『きゅ!』と鳴いた。


「そうか……。まぁいい。じゃぁ朝ごはんをお食べなさい」

 フユクールおじさんは暖炉を背にしたテーブルの席に座っていたが、自分の横にある椅子を引き、手招きした。

「はい!」


 食卓に毎朝並ぶのは、毎度おなじみのジャガイモとベーコンのミルクシチューに目玉焼き。そして焼きたての香ばしい地元産の小麦を使ったパンだ。


「美味しそう、頂きます!」

「イオくん、私の分のタマゴも食べていいよ」

「いいの?」

「半熟、私好きじゃないの」


 ハルアが小花のような笑みを零す。

 かつて――魔物に襲われて大怪我を負い、顔の左半分と左半身、そして心に深い傷を負ったハルア。


 顔に醜い傷があってはもう結婚することも、恋をすることもないと人生を諦めていた。

 けれど、ハルアは王都メタノシュタットでイオラと偶然出会い、運命が大きく変わることになった。

 傷は、イオラが身を寄せて世話になっていた「偉大なる賢者様」と正妻である「癒やしの僧侶様」の驚異的な魔法の力により、殆どが癒やされた。

 完全に元の状態になったわけではないが、以前のように顔を隠し、うつむいて人目を避けることは無くなった。


 こうしてハルアは、ようやくイオラの顔を真っ直ぐ見られるようになった。


「こら、ハル、好き嫌いはよくない」

「はぁい……」


 イオラにとってここは、懐かしい自分の家の食卓を思い出させた。

 もう決して父と母には逢えないが、こうして温かい食事と家族の雰囲気を感じることが出来るという事に対して、王国には感謝の気持ちでいっぱいだ。


 ――メタノシュタット王政府が主導する、『ティバラギー村復興支援事業計画』。


 ティバラギー村は現在、魔王大戦の際に村から避難していた人々の帰還を支援していた。イオラもそうした「帰還民」の一人とされ、生活基盤が確立するまでの間、ホストファミリーに身を寄せる。そしてその家の家事や仕事を手伝い、そして新しい生活を始めるための準備をしていくというものだ。

 ハルアの家は古くから続くジャガイモ農家で、ホストファミリーの一つでもあった。必然的にイオラは畑仕事を手伝うし、貴重な「若者」として喜ばれた。


 おまけに多少は剣の腕が立つイオラは、村の警備や作物を荒らす魔物の退治まで、実にさまざまな仕事が舞い込むようになっていた。


 つまり、イオラはここで大歓迎(・・・)されているのだ。


「夜警だったんだろう? まだ寝ていてもよかったのにねぇ」


 青い平服に白いエプロン姿のナツノさんが、湯気の立つシチュー皿をイオラの目の前に静かに置きながら、気遣うように眉の端を下げた。


「あ、いえそういう訳にもいかないんです」


「ふぅん。……ハルアが起こしたのかい?」


 ナツノさんが、イオラの対面に座っていたハルアに少し呆れたような口調で尋ねる。


 ナツノさんは三十路後半だけど若くみえるし、とても元気だ。ハルアの父親であるフユクールさんは「おじさん」という呼び方で良いのだが、母親のほうはナツノさんと呼ぶ。

 以前つい「おばさん」と呼んだ途端「出ていくかいそうかい」と笑顔で凄まれたのだ。以来、イオラは「ナツノさん」と呼ぶことにしていた。


「うん。……えと、イオくんが今朝は起こして欲しいって言ったから」

「気が利かない娘だねぇ、疲れているんじゃないのかい?」

「でも……」


 淡い栗色の髪の先を指先で(もてあそ)びながら、ハルアが小声で答える。胸の膨らみに届く長さの髪を左側に一つでまとめている。服装はルーデンスやティバラギー地方でよく見るアースカラーの木綿のワンピースの腰を、刺繍入りの飾り紐で締めた平服だ。


「イオラはなんでまた起こして欲しかったんだい? 別に今日は畑仕事は草取りぐらいしか無いんだから、寝ていても良かったんだよ?」


「あ……イオくんは、()()()に頼まれて……」


「……隣の家がなんだって?」


 ガタン、とナツノさんが目の色を変えて、スプーンを握った手でテーブルを叩いた。ナツノさんの勢いに、ハルアは圧倒されている。


「畑に魔物が出たかも……って。だから、イオくんに見て欲しいって」

「はぁ!?」

「そ、そうなんですよナツノさん。隣のヴィボーラスさん()に、一昨日頼まれたんです」


 タジタジのハルアのフォローに回るイオラ。


「なぁにが魔物か! イオラや自警団が頑張ってくれてるお陰で、ウチの畑やこのあたりで魔物なんて、ついぞ見かけなくなったんだけどねぇ?」


 ギリリ、とナツノさんが視線を鋭くする。はぁ、と呆れ顔のおじさんがやれやれと眉間を指でつまむ。


「え? でも……」

「ねぇ?」

 イオラはナツノさんの剣幕の意味がわからず、キョトンとしてハルアと顔を見合わせる。ハルアも同じらしく、シチューを一口食べて目を瞬かせる。


 鈍感なイオラだが、どうやらナツノさんは隣の家のヴィボーラスさんを良くは思っていないのだろう、程度の察しはついた。


「いいかい、ハルアにイオラ。よくお聞き。隣の(ヴィボーラス)は私と幼馴染なんだ。小さい頃からよーく知っている間柄さ。昔っからアイツは他人が持っている物を欲しがるんだ。羨み欲しがる浅ましい女で……なんど煮え湯を飲まされたことか!」


「は、はぁ?」


「あの女は今、未亡人。ハルアの3つ年上の次女と、出戻りのバツイチの長女の三人ぐらし……! この意味が分かるかい?」

「やめないかナツ。子供たちにしていい話じゃないだろう」

 おじさんが(たしな)めるが、いいえ! と首を振る。ナツノさんはややウェーブした長い髪を、後ろで一つに束ねている。


「なんだかんだと理由をつけて、ウチのイオラを引っ張り込むつもりなんだよ!」


「えぇ!?」


 イオラがようやくナツノの言葉の意味を理解する。


「あんな飢えた野獣のいる家のドアを潜ったら最後、二度と戻れなくなるね」

「こら、やめないかナツ!」

 やれやれと肩をすくめるナツさんを、おじさんが叱る。


「イオラはウチの子にするんだからね! そうはいかないよ……!」

「もう! お母さんやめて!?」

 ハルアがナツノさんのとんでもない発言に悲鳴を上げる。


「いいかいハル! 隣の家の畑に行くんなら、イオラから目を離すんじゃないよ!? じゃなきゃ、盗られても知らないからね。今日のお目付け役はハルの仕事だ、いいね!」


「うぅ……お母さんのバカ……」

 顔を真っ赤にして机に突っ伏すハルア。


「な、なん……なの?」

 そんな光景に目を白黒させつつ、どっちもどっち……? と思うのは、決してイオラの思い違いではないだろう。


<つづく>


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