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ティバラギー村、『じゃがいも騎士団』奮闘記  作者: たまり
村の暮らしと魔物退治 編
3/12

 朝の光景、ハルアとラナコ

「――起きてイオくん。朝だよ……!」


「ん……?」


 イオラは柔らかな少女の声で目が覚めた。


 重たい(まぶた)を持ち上げると、声の主――ハルアの顔がすぐ近くにあった。ふわりと花のような香りがして、トクンと心臓がひと際大きく脈打った。


「今朝は私のほうが早起きだね」

「あ……。おはよ、ハルア」


昨夜(ゆうべ)は、遅くまでがんばったものね、疲れてる……?」


 ハルアは微笑むと、そっと手を伸ばしイオラの頭をやさしく撫でた。自然に家族と接するようにしたつもりなのだろうが、ちょっとイオラにとっては照れくさい。

 ぼんやりとした視界には、淡い栗色の髪を一つに編み込んだ少女が映っていた。ちょっと下がった目尻に鳶色の瞳。左側に垂らされた栗色の髪色は、妹のリオラを思い起こさせるが、彼女(ハルア)は別人だ。


「……ふぁ。……たしかにちょっとまだ眠いんだけど、起きなきゃね」


 昨夜は『夜警』と呼ばれる夜の見回り当番だった。仲間たちと夜遅くまで、村の畑や道を練り歩きながら、野生動物や魔物が来て作物を食い荒らしていないかを見回っていたのだ。


 眠い。多分2時間も寝ていない。けれど居候(いそうろう)の身分で、おじさんやおばさんやハルア……つまり家主(・・)達が働こうとしているのに、寝ているわけにもいかないのが辛いところ。


「朝ごはんできてるよ、待ってるから顔を洗ってきて」

「うん、わかった」


 イオラはゆっくりと身を起こす。

 窓ガラス越しに白い朝の光が差し込んで、キラキラと空気中のチリを輝かせている。部屋を出てゆくハルアのうなじの後れ毛が、同じように光をまとってふわりと揺れていた。


 木と石で造られた部屋を見回すと、イオラが寝ていた寝台(ベッド)の他には粗末な机一つと、クローゼットがあるだけ。ティバラギー村の農家の家は貧しく、どこも似たような簡素な造りだ。机の上には香油ランプと広げた読みかけの本が乗っている。


 昼ぐらいまでは寝ていたい気分だけれど、そうもいかない。やや憂鬱なイオラだが、今日は「頼まれ事」があり、それを午前中に片付けないといけないのだ。


「よし今日もがんばるか……」

 イオラは段々と冴えてきた頭で、今日明日の予定に思いを巡らせながらシャツを着る。まずは顔でも洗おうと寝台(ベッド)から抜け出すと、洗面所へと向かって歩き出した。

 

 ◇


 ばしゃっ! と冷たい水で顔を洗い、寝癖を直す。

 

 鏡に映っているのは、明るい栗毛の自分の顔だ。寝ぼけた顔は相変わらず。


 魔王大戦が終わり3年。ようやく村に戻ってきたイオラの家は焼け落ちて既に無くなっていた。

 そこで、かつて王都メタノシュタットで知り合った少女、ハルアの家にこうして居候させてもらいながら、村を再建して自分の家を直すために日々頑張って暮らしている。


 その目的はただ一つ。


 ――いつか、妹のリオラを(ここ)に呼び戻して、昔のように暮らしたい。


 それが叶わぬ夢であることは理解している。


 けれど……今は何か、嘘でも、幻でもいいから先に進むための目的がないと、自分の中の醜い気持ちで押しつぶされそうになる。


 愛するリオラは今、遠い王都の空の下、幸せに暮らしている。

 

 かつてイオラとリオラは、世界中から『賢者』と呼ばれる偉大なる魔法使いの元に引き取られ、3年近い時間を共に過ごしてきた。

 賢者様は孤児となっていたイオラとリオラを引き取ってくれた恩人だ。


 そして、妹のリオラはいつしか若く有能な賢者様(・・・)に想いを寄せていた。


 恋する乙女の顔で賢者様と話すリオラを見るのは、とても辛かった。兄として嫉妬してはいけないと頭ではわかっていても、ついライバル心が芽生えてしまう。

 もちろん、相手は世界に名だたる魔法使いの賢者様。そもそも自分はただの()。恋敵として土俵にすらあがれず敵うわけもないのに……。考え出すと途端にぐるぐると袋小路に迷い込む。


 結局イオラに出来ることは、妹のリオラが幸せにずっと暮らせるように面倒を見てくださいと、賢者様に頭を下げることだった。


 内心は複雑で、どこか割り切れない厄介で混沌とした想いを胸に押し込めている。


 こんなババカげた嫉妬めいた気持ちを、いつまでも断ち切れない自分にイライラする。これが誰にも言ったことのないイオラの本当の気持ちだった。


『……デース!』

「あ、キミには……バレてるんだっけ?」


『デース』

 ぴょんっ、と淡い桃色の半透明な生き物が、イオラの肩に乗った。そしてすりすりと身を擦り寄せる。

 

「ラナコ、くすぐったい」


 身体をプルプルと揺らしながら、まるで幼女のような愛らしい双眸が瞬く。それは、この世界では「粘液生物(スライム)」と呼ばれている、原始的で低級な生き物……だった。

 

 手足はなく全身がゼリーのようで不定形。人や家畜に危害を加えることもないので、大抵は無視される存在。本来は森の木々の間や落ち葉の裏側でひっそりと暮らしている。大きさは小指大のものから、大きいものになると中型の犬ほどの個体もいる。

 色は実に様々で、透明だったり赤かったり青かったり。共生している微生物の影響や、食べ物によるとも、体内に取り込んだ輝石などの鉱物の影響とも言われている。剣でつついても踏んづけられても簡単には死なないが、心を持たない単純な生き物なのだという。


 けれど、かつて暮らしていた賢者様のお屋敷では、その強大な魔法の力により、まるで人間のような意思と感情をもった『館スライム』たちが我が物顔で闊歩していた。

 それらは皆、丸いゴムまりのような形状を取り、転がり、跳ねて動き回っていた。

 そして信じられない事に、賢者様の手によりスライムから造られたという幼い女の子ラーナは、スライムたちと会話し、意思の疎通が出来ているようだった。


 イオラにとてもよくなついてくれた可愛いラーナは、イオラが賢者様の元を旅立つ日、一匹の館スライムを手渡してくれた。


『これはミーなのデース。分身……ずっと大好きで、一緒にいたい気持ちなのデース』

「あ、ありがとう! ラーナ」


 その時に渡されたのがラーナの分身(・・)だという、この『ラナコ』だった。

 

 言葉は喋れないが、何故かイオラの気持ちがわかるようで、一緒に悲しんだり、喜んだりしてくれる。片時もイオラの側を離れようとはしない。

 鳴き声が「デース」なのはクセなのか個性なのかはわからない。けれど今では普段の生活や、ちょっとした冒険のときにも欠かせない相棒(・・)のような存在だ。


「さぁて、朝ごはん食べようぜ」

『デース!』


 イオラはハルアの待つリビングダイングへの扉を開けた。


<つづく>


 

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