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 世界の終わりと、旅立ちの日

 

 あの日、魔王軍の軍勢が村に押し寄せた。

 村は混乱と恐怖で、大変な状態だったが、イオラとリオラの両親は、家の近くの納屋に(かくま)われた。農機具や備蓄食料の置いてある納屋の、更に床下にある小さな地下の部屋に二人は寄り添うようにして息を潜めた。

 父は「静になるまで決して出るな」と言い聞かせ、そして村の防衛戦へと馳せ参じていった。

 

 やがて夜になると地響きが聞こえ、魔物の咆哮と人の悲鳴、家が崩れる音や馬のいななき。あらゆる音が入り混じり通り過ぎていった。

 悪夢の一夜が過ぎ、ようやく地上に出たイオラとリオラが見たものは、見るも無残に荒れ果てた集落だった。

 辺りには焼け焦げた臭いが立ち込め、家々の壁も赤黒い血で汚れている。そして、倒された不気味な魔物の死骸も転がっていた。朝もやに煙る集落に人の気配はなく、逃げ出したのか食われてしまったのか……。破壊された近隣の家々を覗き込むと、目を覆うような惨状が広がっていた。


 どうやら集落で生き残っていたのは、地下室に隠れていたイオラとリオラ、二人だけのようだった。


「お母さん! お父さん……!」

「どこだよ! ねぇ!」

 二人は声が枯れるほど叫び、両親を探し回り、やがて無駄だと知ると涙が尽きるまで泣いた。


 どれくらい時間が経ったのだろう。


 やがて、太陽が高く昇るころイオラは立ち上がった。そして座り込んでいたリオラの手を引く。


「立つんだ。……行こう、リオラ」

「イオ……。でも、どこへ? もう……お母さんもお父さんも居ないんだよ」


 血の気を失い冷え切っていたリオラの指先に、イオラの熱が伝わり生きている実感を取り戻してゆく。

 互いを頼り助け合うしか生きる道はない。思春期を迎えて距離を置き始めていた兄妹は、いつしか自然にしっかりと手を握り合っていた。


「ここに居たらダメだ。日が暮れればまた魔物が来る。そうだ、王都に行こう……! 王都メタノシュタットには強い騎士や戦士団、それに凄い魔法使いが沢山いるから大丈夫だって、お父さんが言ってたんだ」


「王都へ……? でも、ここから何十キロメルテも離れているんだよ」

「乗り合い馬車を探そう、王国の街道に出ればキャラバン隊も通るはずだ。それで行こう」


「でも……怖い。ここを離れたくない」


 あまりの非日常的な光景と惨状を見て、怖がり足がすくむリオラ。


 イオラはあたりを見回すと、近くに転がっていた古びた短剣(ショートソード)を見つけて拾い上げた。村の誰かが使ったものらしく、先端は少し黒く汚れていた。


 今まで剣の鍛錬なんて受けたことはない。子供同士のチャンバラごっこで遊んだぐらいだ。けれど、今は何も持たない丸腰よりはずっとマシに思えた。


 斧で薪を割るように振り下ろすと、ひゅっと空気を斬り裂く音がした。

「……使える」

「イオ?」

 剣を持っているだけで、勇気が少しだけ湧いてきた。

長さ40センチメルテほどの短剣はズシリと重く、振り回すのは苦労しそうだ。けれど技術など無くても、威嚇ぐらいにはなる。いざとなれば両手で構えて相手を突き刺す事ぐらいは出来るだろう。


 ――魔物だけじゃない。盗賊や人攫いも出るかもしれない……。


 邪な手から、リオラを守れるのは自分だけだ。イオラはぎゅっと剣の柄を握りしめた。


 絶望して泣いていても何も状況は変わらない。両親が命をとして守り、繋いでくれた二人の命を、ここで無駄には出来ないと思った。

 イオラは抜き身の短剣を近くにあった麻布でグルグルと巻き、紐で腰に括り付けた。

 少し男らしくなったイオラと、女性らしさを増しつつあるリオラの背丈は、まださほど変わらない。


「リオは俺が守る。だから、その……泣くなよ。大丈夫だから」

 (イオラ)の言葉にぐすん、とリオラが鼻をすする。


「イオは……まるで年上の兄さんみたいね」

「俺ら、同い歳じゃん」

「ちょっと今は、少しだけ頼もしく見えるよ」

「少しだけかよ!」

「えへへ」

 リオラの表情がようやくほころぶ。その笑顔をなんとしても守らねばならないと、イオラは決意する。


「街道まではここから1時間も歩けば行ける。もっと太陽が出て明るくなれば、魔物たちはあまり活動しなくなるって言ってたし……。あ、そうだ、今のうちに家の中から食料とか、水筒とか探していこう」


 そうと決まれば、行動あるのみ。イオラとリオラは手分けして旅立つ準備を整えた。

 幸い、自分たちの部屋は比較的無事だった。リュックに見つけた食料や着替え、身の回りの物を詰め込む。魔物は金貨や銀貨には興味が無かったらしく幸い無事だった。


「あのさ、私だって守られっぱなしじゃないんだよ?」

「……え?」

 意外な言葉にイオラは瞳を大きくする。

 準備を終えたリオラの瞳には、いつもの光が戻っていた。煤だらけの顔に、おてんばな笑みが浮かぶ。リオラはポケットから金属の装身具(・・・)のようなものを取り出して見せた。


「これね、お母さんが私にくれた物なの。護身用で指にこう嵌めて……使う武器。男の人に何かされそうになったら、こめかみを狙ってぶん殴れって」


 それは四つの金属リングが並び、金属の棘が先についた武器――ナックルだった。指先にはめて殴打するものらしい。リオラはしゅっ! と鋭いフック気味のパンチをしてみせた。


「ちょ……! それで殴ったら頭蓋骨砕けちゃうだろ!?」

「うん、そう。実は家の裏で『堅焼きの壺』を割る練習をさせられていたの。頭の骨ってこれぐらいの硬さだから躊躇うなって」

 鋭いフックを放ちながら、リオラはとんでもない秘密を暴露する。そう言えば家の裏に割れた壺が何個か転がっていたけれど……そういうことだったのか。

「マジか……」

「お母さんらしいよね」

 涙を拭き、リオラが僅かな笑みを浮かべると、イオラもようやく表情を緩めた。励ますつもりが、逆に励まされてしまったらしい。


「行こう!」

「うん!」


 互いに手を伸ばし強く握る。この手を決して離すまいとイオラは誓う。


 二人で一度だけ集落を振り返る。そこは生まれ育った村、ティバラギー。思い出の詰まった場所。けれどもう、そこには誰もいない。


「いつか、戻ってこよう」

「そうだね、必ず」


 こうして――ふたりの「旅」が始まった。


 それは辛く苦しい、生きるための旅だった。


 人攫いや魔物の襲撃、幾多の困難を乗り越えて、辿り着いた王都近郊のフィノボッチ村で、二人は防衛線を構築していた王国の戦士団に保護されて安全な施設へと送られた。


 そして――月日は流れた。


 世界の国々は力を合わせて魔王軍に立ち向かい、魔王デンマーンもついに「六英雄」と呼ばれる、勇者、戦士、剣士、魔法使い、賢者に僧侶という選ばれし英雄たちによって討ち滅ぼされたという。

 やがて再び平和が訪れた世界で、数奇な運命に導かれたイオラとリオラは伝説の「六英雄」と出会い、そして血湧き肉躍る冒険の日々を過ごした。


 気がつけば村を脱出してから、3年もの歳月が過ぎていた。


 ◆


 ……あ、またこの夢を見てる……。


 イオラは深い眠りから覚める感覚を、まどろみの中で感じていた。

 記憶を湛えた深い湖の底から、イオラの意識は光を目指して浮かび上がってゆく。遥か上に見える意識の境界面は明るく揺らいでる。

 幻燈のように楽しかった両親との思い出や、幼かった日々、そして英雄たちと過ごした夢のような日々の思い出が浮かんでは消えてゆく。


 どうやら夢で、昔のことを思い出していたらしい。


 まだリオラが傍らに居た頃の夢だ。


 孤児院から村の労働力として引き取られ、やがて……六英雄の一人である「賢者ググレカス」と出会い、イオラとリオラは信じられないような体験をしてきた。めくるめくような冒険の日々。

 辛くもあり、楽しかった日々。


 けれど今、イオラの傍らにリオラは居ない。


 賢者様(・・・)のお屋敷で、幸せに暮らしているのだから。


 やがて、優しい声が聞こえてきた。


「――起きてイオくん。朝だよ……!」

「ん……」


<つづく>

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