勝利と、あたらしい仲間たち
「ボサッとすんなイオラ! まだ一匹いやがるぞ!」
大剣を構えて叫ぶリーダーの目と鼻の先に、三匹目の『狂狼属』が迫っていた。その体は最初の二匹よりも大きい。
仲間を殺された怒りからか、真っ赤に血走った眼でこちらを睨みつけたまま、走り寄ってくる。
「やばっ……マプルっ! 魔法で支援して! 先週使ったヤツを唱えてよ!」
樹上から全体の動きを観察するハーリ・ミールが、魔法使いのマプルに向かって叫ぶ。
「え……!? あ、うん……!」
メガネをかけた魔法使い少女が、樹上で弓を構えるハーリ・ミールに掌を向けて、魔法を唱えはじめた。
「――汝は鋭き矢じり。聖なる加護と祝福よ! 正しき空気の精霊の導きにより忌むべき敵を貫き給え! ――『命中率向上』!」
呪文詠唱を終えると、ハーリミールが構えた「矢じり」の先端が白い輝きを帯びた。
「ありが、とっ!」
ハーリ・ミールが矢を放った。猛烈な勢いで走ってくる『狂狼属』に対して放たれた矢は、まるで動きを予測していたかのように吸い込まれてゆく。
「お…………?」
「あ……?」
マッスフォードとイオラが放たれた矢に気がつく。走り込んでくる『狂狼属』に向けて剣を構えたまま、固唾を呑んで飛翔する矢を視線で追う。
「いけっ!」
『ガグウッ!?』
音もなく矢が突き刺さった。『狂狼属』の前面、肩の部分に斜めに突き刺さったが致命傷には至らない。それでも突進を鈍らせる効果はあったようだ。
「あちゃーっ! 惜しいじゃん!?」
「でも、実質命中?」
ハーリ・ミールが樹上で悔しそうにジタバタと手脚を動かし、魔法使いのマプルが満足そうな顔でメガネをくいくいっと直す。
「あぁ、惜しい!」
「惜しい!」
イオラとリーダーは同じリアクションをしながら叫ぶと、互いに頷き『狂狼属』に向けて走り出した。
「いくぞイオラ!」
「おうっ!」
「が、がんばれぇええ……!」
少し離れた位置では、内股で剣を構えるティル・リッカーが、情けない声援を投げかける。
『グルゥウウッ!』
「しゃあっ!」
「ずおりゃっ!」
既に手負いとなった『狂狼属』一匹など、勢いが付いた戦士二人の敵ではなかった。
イオラがバスタード・ソードで喉と首を切り裂くと、マッスフォードの剣が心臓を貫いた。大きなオオカミの体はその場に崩れ落ちた。動かなくなった躯に片足を乗せて、リーダーのマッスフォードが勝どきをあげる。
「よっしゃぁああ! どうよ!? すげぇぜオレら、化けオオカミ三匹退治だ!」
「はは、やったぜ!」
「やったねー! イオラ君が来てくれてホントよかったよー!」
樹から飛び降りて、イオラの手を握るハーリ・ミール。
「あ、うん!」
「同感、リーダーの俺スゲー独演を聞かなくて済む」
「僕の出番が無くて良かった……」
胸を別の意味でなでおろすマプルとティル。
「うぉい!? おまえら俺を何だと思ってやがる!?」
ちょっと憮然としつつツッコミをいれるリーダー。
「みんな、これからもよろしくなっ……!」
気がつくと、イオラは自然な笑みが溢れていた。
こうして――ティバラギー週末魔物討伐隊、イオラの初勝利は予想外の大物退治で飾られることになった。
◇
時刻は夕方――。
「じゃぁな! また来週なー! 次も彼女連れで来いよー!」
「ばいばいーいイオラ君、また行こうねー!」
「次回こそ、超絶火炎魔法をみせる……絶対」
「よかった、無事に帰れるね!? 帰っていいんだよね!?」
「みんな、また、来週!」
今日の討伐を終えて、イオラは新しい仲間たちと別れ帰路についた。
討伐数は、『狂狼属』が全部で3匹それに、巨大なジャイアントフロッグ2匹と、イノシシ魔獣、イノブーを1頭だ。
半日の遠征ではなかなかの成果と言えるだろう。
イノブーの肉は美味しいし、オオカミの毛皮は貴重な収入になる。それらは全て随伴したハルアたちの乗る牛車に回収した。
載せきれない分は魔法の水晶球を使った通信で村役場に伝え、別の牛車を引き連れた回収班の応援を寄越すらしい。
冒険を終えたイオラはハルアと牛車に揺られながら、ハルアの両親の待つ家へ向かう帰路についた。
「イオくん、なんだかとっても楽しそうだね」
「え? あはは……、まぁ久しぶりに血が騒いだっていうか」
「すごいね……。怖くなかった?」
「全然平気だぜ? 魔物なんて」
危ない場面もあったかもしれないがハルアの手前、ここは強がって見せる。ハルアがもう、魔物なんて怖がらないように、笑顔でいられるように。
「でも無事でよかった」
「ありがとハルア。……っと!?」
「きゃ」
牛車がガタリと揺れて、思わずハルアはイオラの腕に掴まった。
ハルアがぎゅっとイオラの左腕を掴み身を寄せた。身体の温もりと柔らかさに、イオラは少し顔を赤らめる。けれど夕日に染まっていたのは幸いだった。
「このままでいいよ」
「……うん」
牛車の手綱を握りながら、淡い黄色とオレンジ色のグラデーションに染まってゆく広大なティバラギーの風景に視線を向ける。
明日からはまた農作業をしながら、時々新しい仲間たちとの冒険に赴くことになるだろう。
そんな新しい日々に、イオラはそっと思いを馳せた。
<つづく>
次回、いよいよ新章突入!
新たなる脅威が村に迫る……!




