ティバラギー村、週末魔物討伐隊 ③
ティバラギー村主催『週末魔物討伐隊』の基本ルールは以下の通り。
1、各地域から被害報告のあった魔物・異種生物の駆除を行う。
2、地域住民による奉仕活動であるため、基本的に無報酬。
ただし、破損した武器の補修費用、弁当代、消耗品代に関しては、村役場特別手当総則に基づき、該当する手当を支払う。
3、駆除により生じた副産物(肉、骨、皮)、あるいはそれらから派生した収益は、参加者のものとする。
4、人間などによる犯罪集団に関しては、その対象としない。
(盗賊団等の場合は速やかに王政府に通報し、政府軍治安部隊、または地域方面隊衛兵による討伐を行う事とする)
5、一班5名程度の戦闘可能な要員による編成とする。
水、食料、薬など、後方支援を行う人員を、安全域にて随伴させること。
村役場担当者責任が同行の上、緊急時の搬送用に馬車、牛車の同行を義務付ける。
6、討伐時間は午前8時から、午後3時までとする。
時間厳守。終了時間を過ぎても終了連絡の無い場合、捜索隊と救出隊を編成する。
7、安全第一。無理だと思ったら即撤退!
危険指定判定上位の魔物(Cランク以上)と遭遇した場合、状況のみ確認し撤収すること。別途、王政府による討伐隊を編成する。
※危険指定の例 ドラゴン類、巨大魔獣類、不死類、等
◇
「というわけだ。ルールは以上だ! 覚えたかルーキー」
リーダー、マッスフォードが勢い良くバシンと肩を叩く。どうやら彼なりのスキンシップらしいが、痛いし暑苦しい。
肩に乗っていたスライムのラナコは、胸ポケットに隠れているので、潰されずに済んだようだ。
「ルーキーってのやめてくれません? 俺はイオラって名前が」
少し憮然として言うイオラ。流石にそろそろ礼儀を守るのも疲れてきた。
「わかったよ、イオラ。まぁ戦闘が始まったら、腕に自信のないやつは引っ込んでろってこった。弓使いのハーリミールと一緒に木の上に登っててもいいぞ」
そう言いながら親指を立てて、後ろを指す。
「うぃーす」
後ろを歩いていた弓術士の少女、ハーリミールが軽くイオラに微笑みながら手を上げる。
「……木登りは得意だけど、俺は戦うよ」
「随分と頼もしいなオイ。彼女連れは言うことが違うじゃねーか? あぁん」
また肩を叩かれる寸前に、イオラがひょいとかわす。ヒュッと攻撃的な手のひらが空を切った。
「っぬ!?」
後ろから「にゃはは」と甲高い笑い声がした。ハーリミールだ。彼女はイオラとマッスフォードのやりとりを見ていたらしい。
どうやらマッスフォードはこの弓使いの少女に気があるようで、チラチラと振り返ってはイオラにちょっかいを出しながら歩いている。
「ところでよぅ、一緒に来てた彼女とは、キ……キスとかしたのか?」
「は?」
何故か顔を赤くするマッスフォード。
「ま、まさかそれ以上か!? た、例えば、て、手を繋いだとか……。は、ハレンチなルーキーだな!」
恥ずかしそうに身体をくねらせる男を、ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、アホらしくて怒る気も失せる。そもそもキスと手を繋ぐ順がおかしい。
「……それぐらいは、まぁ」
「な、なんだと……!? 大人か、大人なのかイオラ!」
「うっさいなぁ……」
そんなこんなで、ティバラギー週末魔物討伐隊、第三班の一行は、水車小屋前の集合場所を後にしてから、小一時間ほど村外れの東、鬱蒼とした森の道を進んでいた。
イオラを加えた総勢5人の戦闘団の編成は、前衛としてリーダーの大男、マッスフォードと、新人のイオラ。すぐ後ろを弓術士の元気少女ハーリミール、その横を自称魔法使い少女、マプルが歩いている。
最後尾できょろきょろしながら歩いているのが、「帰りたい」が口癖の剣士、ティル・リッカー。
彼は退路を守る「しんがり」という大事な役目がある。とはいえ、風に揺れる木の葉にビクッとしているほどに臆病だ。
一見すると頼りないが、その過敏なまでの警戒心は、緊張感のないパーティにとって大切なのかもと妙に納得してしまう。
一方、リーダーのマッスフォードは全然周囲に気を配る様子もなく、鼻歌交じりの散歩気分だ。
その代わりにと言ってはなんだが、弓術士の少女ハーリミールとイオラが周囲を警戒している。しかし、自称魔法使いのマプルは、魔道書を読みながら歩いているだけで何もしない。
イオラの知る限り、偉大な魔法使いだった賢者様は、不思議な魔法の力で誰よりも早く敵を察知して対処していた。あれは魔法使いなら誰でも出来る、というわけではないのだろう。
――このパーティ、大丈夫かなぁ……。
一抹どころか二抹ぐらい不安な気持ちになる。
およそ20メルテ後方を付かず離れず付いてくるのは、村役場のおじさんが操る牛車だ。
簡易な幌付きの荷台には、後方支援要員として、近隣地区の住民代表だという元気な老人が一人と、ずっとおしゃべりが止まらないご婦人、そして不安げな顔のハルアが乗っている。
老人はやたら元気そうで武器として槍を持っている。
イザという時のための護身用だろうが、腕に覚えがあるのだろう。若いもんにゃ負けんぞな、と話している声が聞こえてくる。
――ハルアも大丈夫かな。
イオラも時折振り返っては、手を振ったりして気遣いを見せる。
魔物に襲われ、瀕死の重傷を負った経験のあるハルアにとって、魔物退治は恐怖に感じる場面もあるだろう。
けれど「イオ君が戦うところをこの目で見たいの。お願い」と、自ら志願したのだ。
それは、イオラが戦い魔物を倒す姿を見ることで、体に染み付いた「恐怖」を乗り越えようという、前向きな意志の表れなのだろう。
「そろそろ、イノブーの出現場所だよー」
ハーリミールはそう言うと、弓を肩から外し、歩きながら準備に入る。
今日の討伐遠征の目的は、巨大イノシシの『イノブー』の群れの討伐だ。それはこの近所の農家から、植えたばかりのジャガイモを掘り返されたという訴えによるものだ。
何匹いるか分からないが、群れで襲ってくる連中ではない。各個撃破が基本的な戦い方だよな……とイオラは過去の経験を思い返す。
「生理的に毛むくじゃらな獣系は苦手……。舌が動かなくなる」
早速、詠唱の遅さの予防線を張るマプル。
「マプルさー、先日は爬虫類系が苦手って言ってたじゃん」
「基本、全部苦手」
「きゃはは。まぁ、好きな奴はいないけどねー」
「カエルだろうがイノシシだろうが、何匹いようがオレの敵じゃねぇんだよ?」
余裕の表情で伸びをして、ゴキゴキと首の骨を鳴らすリーダー、マッスフォード。
リーダーの話をスルーし、桃色の髪の毛先を気にしているマプルと、あっけらかんとした様子のボーイッシュな赤毛少女ハーリミール。二人は、このリーダーをどう思っているのだろうか。イオラにとっても少し気になるところだ。
「ねぇみんな……! 牛車から離れないほうがいいよ……」
後方支援要員の乗る後方の牛車へ帰りたい様子のティル・リッカー。
「あの先に開けた場所がある」
イオラが向けた視線の先、少し進んだ先に森が開けた場所が見えた。開墾中の土地らしく、木が切り払われている。
畑と平行して延びる森の中の道は、進行方向に向かって左側が明るい生活圏としての森、右側が鬱蒼とした手付かずの森になっていた。
こうした生活圏としての森は、村人が下草を刈払い、小枝を拾い集めて薪にすることを長年続けた末に生じた、人の手が入った「里の森」だ。春は山菜、秋になれば木の実やキノコなど豊富な恵みをもたらしてくれる。
魔物、あるいは巨大ウサギや巨大カエルなども、そうした恵みを狙い森からやって来る。そして、時には畑の作物を食い荒らす。
問題はそうした異種生物を狙う、肉食獣も来ることだ。
「みんな、止まって!」
イオラは咄嗟に手を振って、後続を止めた。リーダー以外全員の顔に緊張が走る。牛車も異変を察知し後方20メルテで停止する。
「んだよ? イオラ。広場で休もうぜ」
「いいから!」
背中から片手・両手持ち兼用のバスタード・ソードを抜き払うと、イオラは身を低くして、十メルテ先の広場へと一人進み、様子を確認する。
目の前には切り開かれた森が広がっていた。直径は30メルテほどの円形の土地は開けているが。だが、そこに何やら動くものが見えた。
クチャクチャと咀嚼する音と荒い息遣いが聞こえてくる。蠢くのは数匹の黒い、大きな獣のような生き物たちだ。
『ガゥッ……!』
『バウッ!』
あれは――『狂狼属』……!
「不味いじゃん、ランクCの魔物だよ」
ハーリミールが上ずった声で言った。
それは死んだイノブーに群がる巨大な狼――異種生物たちだった。
<つづく>




