俺、妹と結婚するんだ!
「俺、大きくなったら妹と結婚するんだ!」
イオラは10歳になるまで、自分はいつか妹のリオラと結婚するのだと思っていた。
リオラは幼い頃から仲が良く、いつも一緒にいるのが当たり前だった。
近所の大人達には無邪気な笑顔で「リオラとケッコンするんだ!」と言っていたし、それを聞いた大人達も「あらあら、いいわねぇ♪」なんて言いながらニコニコ聞いてくれた。
両親の仲も円満だったので、仲睦まじい様子を見て、自分達もやがて「ケッコン」して、ずっと一緒に暮らすんだ……! と考えるのも無理からぬ話だったのだろう。
イオラとリオラは双子の兄妹で、血はバッチリ繋がっている。
柔らかな栗色の髪に大きな鳶色の瞳。怒るとちょっと怖いけれど、そこがまた兄にとっては可愛らしくもある。
大好きな妹――リオラ。
二人が暮らしていたのは、美味しいと評判の「じゃがいも」が特産品の村ティバラギー。広大なティティヲ大陸の北に位置する、のどかな農村だ。
農業と牧畜が盛んな村の中でも、比較的裕福な家に生を受けた双子の兄妹は、イオラとリオラと名付けられた。
豊かな自然の中で、のびのびと育った二人は、誰の目から見ても可愛らしく、とても仲のよい兄妹として近所でも評判だった。
瞳をキラキラさせて「イオ!」と呼ぶリオラは可愛かったし、妹を何かにつけて守ろうとする兄の健気な姿は、両親の目から見れば頼もしい限り。
いつか結婚するんだ! なんていう無知から来る思い込みも、大人達にしてみれば子供の戯言、「そのうち気づくだろう」程度の話だったのだろう。
けれど10歳になったある日のこと。
「あのね、兄妹って結婚できないんだよ? そろそろ外で言うの、止めてくれないかな? 友達に笑われて、わたしすっごく恥ずかしかったの」
友達にからかわれたのだろう。リオラは一家団欒の夕食の席で顔を真っ赤にして言った。
「えっ……!? そ、そうなの……? ……うん、わかった」
茫然自失としたイオラの様子を見るにつけ、「この子は本気だったのか」と頭を抱える両親の顔をイオラは未だに忘れられない。
村役場に勤める真面目で厳格な父と、昔は荒くれ者だったという陽気な母。そんな優しい両親と兄妹で家族四人、つつましく暮らしていた日々は、今思えばとても幸せだった。
けれど、その幸せは永くは続かなかった。
二人が12歳になった、ある日。
突然、世界は恐怖と混乱、絶望の中に叩き落された。
――魔王大戦。
突如、「魔王デンマーン」を名乗る邪悪な存在が、世界に対して宣戦を布告した。
それは、人類史上未曾有とも言われる、忌まわしき「大災厄」の始まりだった。
邪悪な魔王の力により凶暴化した異種生物たちが群れとなり、人々に襲いかかった。本来は「迷惑な野生動物」程度でしかなかった異種生物たちは「魔物」と呼ばれる存在へと変わり、大勢の人間が暮らす村や町に襲いかかった。
突然の「魔王の軍勢」の侵略に世界は大混乱に陥り、テイバラギー村でも多くの家が焼け落ちて破壊され、大勢の人々が死んでいった。砂漠の国イスラヴィアは完全に滅び去り、平和だった近隣の村々でも甚大な被害が出た。
村に押し寄せる魔物の群れに立ち向かうため、両親は村人と共に防衛隊を組織し、家族や村を守るために必死で戦い……命を落とした。
ずっと続くと思っていた温かくて楽しい日々。
村での穏やかな暮らしは、その日、終わりを告げた。
<つづく>