出会いは突然に
出会いは突然に
「いま駅ついたから。もうすぐ着くよ」最寄り駅の下北沢駅に着くと、決まって母に電話をする。母がそうしろって言うから。この電話にどういう意味があるのか、私はうすうす勘づいている。
「はぁ~。」無意識に深いため息をつくと、冷たい風が吹きつけるなか、重い足取りで歩き出した。
大通りから住宅街の小道に入ったとき、ポケットの中で握りしめていたケータイが鳴った。携帯の画面に表示された名前は“松本良樹”。その名前を確認すると、私は携帯をそのままポケットに戻した。
「電話、鳴ってるよ。」背後から男の低い声がした。聞いたことのない声だったが、その声はどうやら私に向けられているようだ。「ねぇ。ほら。」やっぱり私に向けられている。振り返るとニッカポッカを着た青年が私のポケットを指差していた。いかにも悪そうな顔立ちをした青年だ。青年…といっても、私より幼そうな顔をしている。
「あ、すいません。」私は携帯を取り出すと電話を即座に切った。
「え、でないの?」私はしつこい青年をうっとうしく思ったが、青年の顔には悪意はないように見えた。
「いいんです。大した電話じゃないので。」私はそう言うと、住宅街のなかをそそくさと歩き出した。目の前に我が家が見えてきたとき、ふと後ろを振り返ったが、当然ながらそこにあの青年の姿はもうなかった。
悲しみは突然に
「おかえり。」いつも通りの笑顔で私を出迎える母。玄関は男ものの香水のにおいが充満していた。