別れろ双剣! 干将・莫邪さん!
※この作品はワタユウさんの『吼えろ聖剣! エクスカリバーさん!』の二次創作です。ワタユウさんの許可はいただいています。
学校からの帰り道。突然、俺の目の前に、黒い長髪に白いチャイナドレスを着た絶世の美女の妖精が現れた。その瞬間に俺は理解した。この腐臭が漂うゲロみたいな世界に、女神さまが御降臨なされたことを……。
「問います。アナタはワタシのマスターデスカ?」
「いいえ、俺は貴女の従順たる信徒です」
俺は片膝を地面に付け、頭を垂れた。
「アレ、思ってたリアクションと違うデス。なにか間違えてしまったデスカ?
まあいいデス。ワタシと契約してくれないデスカ?」
「はい、仰せのままに。マイマスター」
俺は女神さまの前に跪きつつ、彼女の下僕になる誓いを立てた。「アレ? マスターはワタシじゃないヨウ?」とか言って彼女はおろおろしていたが、無事に俺と契約を交わし、その証として俺は右手の甲に花びらのような紋章を得た。女神さまは、契約で力を得たらしく、妖精の姿から人間の姿に変わった。ついにチャイナ服を着た女神さまは、迷える子羊を導くために現人神として降り立たれたのだ。
俺の人生に春がやってきた。
心象風景の桜は満開に咲き誇り、桜吹雪は洪水となって、町を薙ぎ倒し、その支配領域は海に取って替わろうとしていた。その時だった。
「遅れて申し訳ない! こちらを窺う妙な人影を追い払っていたら遅くなってしまった!」
非常にハキハキとした低い声が聞こえて、視界の横から入り込んでくるように一人のイケメンが現れた。漆黒のカンフー服に身を包んだ、黒いロングウルフカットの野性味あふれる青年だ。まるで黒狼を思わせる風貌の彼が、まっすぐこちらに歩いてくる。
いけない。俺以上のイケメンは女神さまの目に毒だ。俺は、すぐさま女神さまとカンフー男の対角線上に立ち、女神さまの視界をインターセプトしつつ彼女を庇いながら男に問うた。
「貴様! 何者だ!」と。
するとカンフー男は俺の前に片膝を付き、頭を垂れながら答えた。
「私は怪しい者ではありません」
そしてこう言いやがった。
「そこにいる女性の夫です」
――――――
現在、日本では、スーパー聖剣&魔剣大戦というイベントが行われている。
あらゆる神話や伝承に残る聖剣・魔剣と、それを扱う契約者たちが互いに力と技と心をぶつけ合い、最後まで勝ち残った者は、一つだけ願いを叶えることができるという神々の競技だ。参加資格は聖剣もしくは魔剣の契約者として選ばれること。俺はそのスーパー聖剣&魔剣大戦の参加者として選ばれたらしい。
そして俺と契約を結ぼうという剣が「干将」と「莫邪」だった。
もともと「干将」と「莫邪」は双剣ではなく、一本ずつの独立した柳葉刀(中国刀の一種)だったのだが、二本セットで扱われることが多いため、双剣扱いになったらしい。もっとも、剣自体が活躍するというよりも鍛冶屋の夫婦が名剣を誕生させる製作秘話と、その名剣を巡って起きた復讐譚が「干将・莫邪」の逸話であるため、戦闘能力はあまり持っていないようだ。
まあ、俺は別に優勝を狙っているわけではないので、戦闘能力の有無はどうでもよかった。
それよりも大きな問題がある。この「干将・莫邪」は「夫婦剣」として物凄く有名だったのだ。
雄剣が干将。雌剣が莫邪さま。同じ匠を親に持つ兄弟剣よりも絆が深い「夫婦剣」
なにを血迷ったのか、名剣を生みだした鍛冶屋の夫婦がそのまま剣に自分たちの名前を与えたらしい。その結果、スーパー聖剣&魔剣大戦における特殊な現象「剣の擬人化」にまで夫婦設定が生まれやがったのだ。
俺の女神さまが既婚だと!?
このスーパー聖剣&魔剣大戦で生まれる契約者と剣のカップルは、全体で八割を超えるという。もはやカップリングがほぼ確実という桃色イベントで、なにが楽しくて夫婦のイチャラブを眺めなくてはならないのか。だが、しかし、やはり俺の理想は、チャイナ服を着た現人神である莫邪さま以外に考えられない。
ならば、俺がするべきことは一つだけだった。
「俺は! 神話の設定を打ち破り! 莫邪さまを寝取ってみせるッ!」
かくして俺の聖戦は始まった。
――――――
「というわけで、ユウタのアドバイスが欲しいんだ」
「君の恋路は応援したいと思うけどね。略奪愛というのは後押ししていいものだろうか」
喫茶店で俺はある男に会っていた。宮城ユウタ。茶色いボブカットに、小柄な身体の可愛い系イケメンだ。マダムキラーとして町内で警戒されている俺の同級生でもある。彼はその甘く優しいマスクと、紳士的な振る舞いで何人もの既婚者を墜落させてきた恋の狩人だった。
「そこを頼む。俺とお前の仲じゃないか」
「まぁ、ボクの友人である君の頼みならば仕方ない。それで、何について助言をすればいいのかな?」
ちなみに、どうでもいいがコイツは同性の友達が少ない。理由はイケメン死ねってことだ。
「とりあえず、俺に対する莫邪さまの好感度を上げたい。なにか良い方法はないか?」
「うーん、でも、その前に相談相手がボクでいいのかな? ボクは小さな姫君専門なんだけど」
そう、これが「イケメンはみんな顔面が爆砕して死ねばいい」が人生の標語である俺が、ユウタと友達でいられる理由。そして、ユウタが全く興味のないマダムをハントし続けてしまった理由でもある。つまり、ユウタは幼女が大好きなのだ。イケメンは敵だがロリコンは無害。そして、幼女を落とすためには、まず、その親御さんを攻略するべきだという合理的な戦略に則って行動した結果、ユウタは主婦殺しの異名を得た。
ちなみに肝心の本命は一度も攻略できたことがないらしい。噂では、ユウタは幼女を前にすると、ヨダレその他で顔面が崩壊して、別人のようになってしまうのだとか。本命以外を的確に撃ち抜く腕前は、百発百中のノーコンといったところだ。イケメンざまぁ。
「いや、ユウタはよく小さい子と仲良くなるために、まず親御さんと仲良くなるじゃない? 今回はその辺りのテクニックからヒントが得られたらと思ったんだけど……」
「ああ、そういうことか。とはいえ、難しいことは何もしていないよ。むしろ基本的なことしかやってないよ」
――――STEP1
『褒めてみよう』
「とりあえず、彼女の良いところを褒めてみるというのはどうかな?」
「なるほど、わかった、やってみよう」
俺たちは唯一神であられる莫邪さまを褒め讃えるために、自宅まで戻ってきた。俺の家は祖父から受け継いだ昔ながらの平屋で、なかなか広い造りになっている。中庭にはクチナシが植えられており、八重咲きの白い花弁がちょうど満開で美しい。もっとも、その中で物干し竿に洗濯物をかけている莫邪さまが、圧倒的に一番美しいのだけれども。
「よし、見ているだけじゃ、しょうもないから、さっさと行ってきなよ」
「でも、いざ面と向かって褒めるとなると緊張するな」
「だと思ったよ。しかし、だからこそ、やらなければならないのさ。自然体で彼女を褒められるようになるのが、最初の目標だからね」
「わかった。よし、じゃあ、いってくるわ!」
俺は白いチャイナ服を着た女神さまに向かって歩いていった。
「あの、えと、莫邪さま、こんにちは」
「アラー! マスターこんにちはデス。どうかしましタカー?」
一点の曇りも無い笑顔で女神さまはこちらに振り向いた。そのあまりの純白さに俺の抱いていた下心が影も残さずに掻き消された。ついでに頭の中も漂白された。
やばい、なに言うんだっけ? とにかく褒めないと。彼女の良いところ……。良いところは……。
「莫邪さま、今日も良いおっぱいしていますね」
後頭部をブッ叩かれた。痛い。後ろからユウタの声が聞こえた。
「馬鹿、違うだろう! 女性にとって胸が大きいというのはマイナスポイントじゃないか! なにを褒めているんだ君はッ!」
「いや、それはお前の価値観だろ、ロリコン」
あと、女神さまのサイズにケチつけるな馬鹿者。このたわわな禁断の果実がどれだけの価値を持っていると思っているんだ? アダムはおっぱいを食べてしまったばっかりに楽園を追放されたんだぞ。
「ア、アルー……。マスター、ワタシの胸の大きさについては言わないでくださいデスヨ~」
我が女神さまは、おっぱいの話題で盛り上がる野獣二人から、抱いた我が子を庇うように身を抱き締めると、俺たちから距離を取った。その姿のいじらしさときたら……俺は危うく野獣ルートにフラグを立てる寸前だった。その時、男の低い声が聞こえてきた。
「む? マスター様と、莫邪? それにそちらの少年はマスター様の御友人か?」
「我爱人(旦那様)!」
莫邪さまに旦那様と呼ばせる、すり潰したい顔ランキング一位のイケメンが現れた。黒くて長いウルフカットを風になびかせながら颯爽と部屋の奥から歩いてくる。
「おや、莫邪、少し顔が赤いな。どうした? なにかあったのか?」
懐かない野生の狼を思わせるような干将の鋭い顔つきが、莫邪さまに対してだけは、飼い主に抱きかかえられた犬のようにくしゃりと緩んだ。やめろ、なんだそのギャップは。どうせなら、飼い主が帰ってくると尻尾振って駆け寄ってくる室内犬が、ある日、臓物を垂らしながら飼い主に襲いかかるゾンビ犬に変身していたぐらいのギャップを見せてみろ。
まぁ、そんなことは些細な事だとして、問題なのは、俺のセクハラ発言が、莫邪さまの口から出て干将の耳に現在進行形で吸い込まれていっているこの状況だ。
ああ、うん、なんか終わったっぽい。
しかし、そんな心配は意外な人物の発言によって救われた。
「あっはっはっはっ! なんだ、そんなことか。いいか莫邪よ。マスター様は、未だに緊張しているお前の心をほぐそうとして、あえてそんな発言をしたのだ」
「我爱人。そうなのデスカ? でも、ワタシは恥ずかしい思いをシタヨ?」
「だからこそだ。強引な手段ではあるかもしれないが、一度恥ずかしい話をした者同士は、次からは気兼ねなく話しあえるものだからな。それに、今時の女性は、少し胸の話題を出されたくらいで、うろたえたりするものではない。もう、生娘というには大人になってしまったわけだし、今後、そういう冗談は笑って受け流せるくらいにならないと、みっともないぞ。だろう?」
――――私にはわかっていますとも、マスター様の思慮深い心遣いが。
干将は、そう言いたげな視線を俺に送ってきた。とりあえず、その信頼の籠もったメッセージが誰に向けて発信されたものかは不明だが、きっと俺ではないのだろう。着信拒否も設定してあるし。
「ああ、干将の言うとおりだったんだけど……。もうしわけないです、莫邪さま。ちょっと冗談が過ぎてしまいました……」まあ、なにはともあれ、ありがたく俺は干将の説に便乗した。干将の鬱陶しさとこれは別だ。
「アルー。なるほど、ワタシはマスターを誤解していたヨウデス。ごめんなさい」
そして莫邪さまが可愛らしい頭をぺこりと下げた。女神さまが頭を下げただと!? 女神さまが頭を下げるならば、許されない罪など存在しない。もし、同等の免罪を実現したくば、この地上にある全ての建造物が地下マントルに向かって全力でめり込む以外にあり得ない。
「あー、うん。これは勝負があったかなー」
ユウタが俺たちの姿を見ながらそんなことを呟いていた。
ネタが補充できたらSTEP2 STEP3があるかもしれません。
あるかもしれないとか書いといて、今のところ予定はなしですが……
STEP1で力尽きてしまったという←
ここまで読んでくれた読者の皆様とワタユウさんに多大な感謝を……><b