第八回アイランドパーティー
「始まりだ。客を呼んでこい」低く通る声で社長は言った。
「はい。ただいま」僕と八屋さんは答えた。
田辺定一郎。僕が勤める会社の社長。八屋さんより背が高く、骨太の体格を持っている。学生時代はラクビーをやっていた。顔の彫は深く、瞳が大きい。睨みにも似た力強い視線は、岩さえも砕きそうだ。都会育ち。御曹司。会社創設者の田辺月次郎、会長の田辺雪定の血を受け継ぐ彼の性格は、まさに豪放磊落。だが、僕に言わせればただの変人だ。もちろん凄い人だとも思っているが。
食堂を出て、僕と八屋さんはぐるぐると回りながら二階へ向かった。
「じゃあ、僕は玄関側を」と八屋さんは言って、廊下へ向かった。
僕はその後ろをついていった。
八屋さんは奥へと進んでいった。僕はそれを見て、手前の部屋からノックすることにした。
僕はそのドアを二回ノックした。八屋さんが同じようにノックをする音が聞こえた。
「はい」と彼女が出てきた。赤いTシャツにジーンズを穿いていた。家ではこんな格好なのだろうかと僕は想像してみた。なかなか素敵じゃないだろうか。
「パーティーが始まります。準備が出来たら出てきてください。そこの広間で待っています」と僕は、階段をあがったところにある広間を指差した。
「分かりました」と彼女は言って、部屋へ引っ込んだ。
僕は次の部屋に移った。八屋さんは奥の部屋にいる客と話していた。
一度目と同じようにノックをした。去年もこんなふうにノックをしたような気がする。
「はい」とまた高い綺麗な声が聞こえた。そして、ドアが開いた。
「花澤さん。パーティーが始まります。準備が出来たら出てきてください。そこの広間で待っています」と僕はさっきと同じように言った。
彼女は頷いた。やっと始まるのかと、疲れているような表情をしていた。受付で見せる丁寧な笑顔はなかった。
だが、それも仕方ないことかもしれない。彼女は客の中では一番早くこの島にやってきて、長い間部屋に閉じ込められていたのだ。しかも部屋の中には暇を潰せるようなものは特にない。
「大丈夫ですか?」と僕は聞いた。
「はい。大丈夫です」
「何かあったら遠慮なく言ってください」
「はい……」彼女はそう言うと、ゆっくりとドアを閉めた。
短く切った彼女の髪の毛が、いつもより寂しげに見えた。パーティーが始まったら、色々と話をしてあげよう。気晴らしになるかもしれない。
僕は八屋さんを見た。八屋さんはまだ客と何かを話していた。
僕は次の部屋へと移った。少し緊張をして、ノックが浅くなってしまった。
しばらくするとドアが開いた。
「はい」と男が現れた。
「パーティーが始まります。準備が出来たら出てきてください。そこの広間で待っています」僕が広間を指差すと、最初の部屋から彼女が出てきた。そして広間へと歩いた。
「皆でいくんですか?」
「はい」
「まるで小学生みたいですね」と男は言って笑った。決して悪くはない薄い顔に笑窪ができた。それはチャームポイントも言えたが、平原に突如現れた大穴のように気味が悪いともいえた。
「もう皆島には来ているんですか?」
「ええ、皆様お揃いです」
「そうですか」と彼はドアを閉めた。
少し寝ぼけているのかな、と僕は思った。
コンコンと、左の耳に聞こえた。八屋さんが山側にある最後のドアを叩く音だった。どうやら話は終わったようだ。僕は、八屋さんを一度見て、広間へと戻った。
玄関側にある部屋、四つのうち三つは僕と八屋さん、そして、三津崎さんのものだった。今日まで、その一つは空き室だと思っていたのだが、どうやら三津崎さんが使っていたらしい。
僕はいつも彼女の隣の部屋で寝ていたのか。なるほど。……何がなるほどなのか自分でもよく分からない。
「もう少しで皆さんいらっしゃると思います」と僕は広間に立っていた彼女に話しかけた。未だに彼女の名前が思い出せない。花澤さんの名前はすぐに思い出せたのだけれど。
「そういえば、あの山はなんていう山なんですか?」と彼女は窓の先にある丸い山を指差した。
「うーん。分からないですね。でも、この島の名前は置石島っていうから、置石山かもしれないですね」
「なんで、こんなところに別荘を建てようと思ったんですかね?」
「さぁ。社長に聞けば答えてくれると思いますよ」
「私ならリゾート地に別荘持ちたいですね」
「男のロマンっていうやつかもしれません。島まるごとが自分のものですからね。もしくは、人の手が入ったところは嫌だったのかもしれません」
「私には理解できませんね」と彼女は微笑んだ。
「僕にも分かりません」同じような人間がいることに、僕はほっとした。
八屋さんが広間に戻ってくると、続々と客たちが集まり始めた。最後にやってきたのは、あのアロハシャツの男だった。残念ながら、今は赤いTシャツを着た冴えない男になっている。しかし、冴えないというのは僕らも同じだ。見知らぬ男女全員が同じ服装とは、面白い光景だ。
「これで全員ですね」と八屋さんは言って、目で人数を数えはじめた。
僕らも合わせて七人がそこにいた。
「それでは行きましょう」
八屋さんを先頭に、僕らは一階へ降りていった。
「みなさん。ようこそいらっしゃいました。今から、第八回アイランドパーティーを始めます」
社長のその言葉に僕と八屋さんは拍手をした。それを合図に、他の客たちが拍手をし始めた。音と音の間に、同じような音が挟まる。梅雨の時期に鳴く蛙のようだ。もしくは蝉、または鈴虫か。
「……そのまえに言っておきたいことがある。まず一つ。それはパーティー中に敬語を使わないようにということ」
社長は、力強い目で我々を見た。
「このパーティーのコンセプトの一つに肩書に関係なく、その人の事を知ろうというものがある。その人の素はどんなものなのか、その人はどういう考えを持っているのか。それを皆に知ってもらいたい。そう考えた時に、邪魔になるのは言葉遣いじゃないだろうかと思ったわけだ。そんなに言葉を気にしてちゃダメだ。年齢が高くなれば高くなるほど、気にする。言葉遣いを的にして、勝手に若い者を下らない人物だと思う。これじゃあ、遊び心も育たない。おっさん達は説教をする。人に対してあれがダメ、これがダメだと言う。それをおっさんに照らし合わせてみる。もちろん、彼らが指摘したところにダメなところはない。自分で言ったのだから、そうでなきゃ困る。だがしかし、私は言いたい。彼らは若者を否定することによって、自分を肯定しているだけなのだ。自分はこうやって生きてきた、こうやって自分を高めた。自分はこういう人です。……ただ、そう言っているだけなのだ。人を成長させるために言っている? 結構なことだ。だが、それは同時に自分をアピールして、自慢しているだけなのだ。全く愚かな行為だ。……だが、尤もな行為だ。自分をアピールするということは必要だ。特に社会において、それは大事だ。彼らの説教も若者の失敗を防ぎ、利益を早くあげさせるということにおいて、重要なことだ。会社に勤めている人間なら、甘んじて受けなければならない」
あくびがでそうになった。集中して聞いていたせいかもしれないし、八屋さんに起こされるまで部屋で寝ていたせいなのかもしれない。だが、この話には飽きていた。同じような話を何度か僕は聞いたことがある。そして、この話を僕は信用していない。社長は田舎の陰湿さは持っていなかったが、都会の狡猾さを持っていた。社長はどちらにも体重を移動させる。何万人もの社員を抱える身としては当然の態度かもしれないが、僕はそれがあまり好きではなかった。
「そして、この服装もそう。皆さん同じ服装です。いいでしょう? たまにファッションで自分を表わそうとする人がいますが、私はそれがそんなに好きではない。もちろん嫌いでもありませんが。個人的にはこう、内面的なものを私は好むのです。うん。つまりだから、皆様にはこういう格好をしてもらっている」
社長はにやりと笑い、手を一度叩いた。
「では、皆さん。二度目になりますが、第八回アイランドパーティーを始めます。管理人の三津崎さん、そして私の秘書、八屋と熊野も明後日の昼、船で陸地に着くまでお客の一人になります。どうぞ、馴れ馴れしく、話を聞いてください。もちろん私にも、竹馬の友のように」
社長はそう終わると頭を下げた。僕らはまた拍手をした。
「じゃあ、八屋。乾杯だ」と社長は八屋さんに言った。
「おう」と八屋さんは答えた。
彼らが幼馴染だと知っている僕には何の違和感もおぼえないが、他の人達にはどうだろうか。
「じゃあ、皆。飲み物は持ったかな。俺も皆に色々と聞きたいことがある。ぜひ僕に教えてほしい。俺にもじゃんじゃん聞いてくれ。じゃあ、皆の出会いに、乾杯」
乾杯。と皆口々に言った。おとなしい声もあれば、威勢のいい声もあった。