覆面を脱ぐ
解決編になります。
事件についてまだ読んでおられない方は、第一部
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から読まれることをおすすめします。
「美静ちゃん」
私はテーブルの上に立っている女の子を見た。手には銃を持っている。
「なに? 花澤さん」彼女はにこりと笑って、こっちを見た。
「何? 一体何なの?」
「うん。心配しないで。こっちの話だから」
美静ちゃんはそう言うと、テーブルから降りた。
「銃は嫌いだ」彼女は銃を遠くに投げた。それはソファで跳ね返って、床に落ちた。
「なんで皆死んでるの?」私の目にまた涙がこみ上げてきた。
「殺されたからだよ。残念ながらね」
昨日から美静ちゃんは、なんだか変。
「美静ちゃん、あなた美静ちゃんよね?」
「そうよ……。って、さっきまで言ってたけど、残念ながら私は美静ちゃんではないんです」
声は美静ちゃんだ。でも、違う。美静ちゃんじゃない。
「あなた誰? 美静ちゃんはどこ?」
「私は俺です。美静という人間がどこに行ったのかは分かりません。予想ですけど、一ヶ月半くらいしたら帰ってくるんじゃないでしょうか」
何が何だか分からない。
私はテーブルに突っ伏した。涙は前に比べると出てこなかったが、まだまだ泣き止めなかった。
誰かが私の背中に手を置いた。そして、擦った。
「二階へ行きましょう」
私は彼女に抱えられて、なすがままに席を立った。そして、扉へと向かった。
彼女が開けた扉から私は出た。ふっと彼女が離れた。私はなんだか心細くなって、彼女を見た。
彼女は熊野さんの顔を手のひらで撫でた。そして、八屋さんの元へと行き、彼の顔も撫でた。二人は眠っているかのようだった。
「彼らはどこへ行くんでしょうね。まさかこっちに来たりして」彼女はそう言うと、また側に寄り添った。
私はベッドに横になっていた。美静さんはソファに座っていた。彼女が食堂から持ってきた置時計は、午後十時を示していた。
「明日の昼か。もし船が来なかったらどうなるんでしょうか」
私は何も答えなかった。
「……もっと、女性口調でしゃべりましょうか?」
私は首を振った。
「熊野さんの答えは合っていたのですか?」
私は頭を少し動かした。
「あなたはなぜ、社長を殺そうと思ったんです?」
その言葉を聞いて、私の脳裏には母の顔が浮かんだ。
「母が、苦しんだから。全部奪ってやろうって思ったの」
「そのために社長を? 実の父親ではなくて?」
「どうやってあの男に会えっていうの? 会長だからね。普通会えないから。入社式で一度しか見れなかったし」
「つまり、あなたは社長に恨みなんてなかったわけですね」
美静ちゃん。本当のあなたはどこに行ったの? この人は誰?
「どうかな。結局あの人も、お金で解決しようとしてた。私が本当に欲しかったのは謝罪だから」
「社長は謝罪したと思いますけど」
「あの人から謝られたって何も思わない。あの人の父親から謝ってもらわないと」
「でも、もう死んでいた」
「そうよ。だから、もう無理。無理だったの」
「会長が死んでいたと知ったのはいつなんですか?」
「この館に来た時。三津崎さんから聞いた」
「そうですか」
美静ちゃんはペットボトルの水を飲んだ。そして、銀紙に包まれたサンドイッチを頬張った。
「これからどうするの?」私は聞いた。
彼女はゆっくりと咀嚼し、それを飲み込んだ。
「これから? あなたと一緒に陸に帰るつもりです」
「それからは?」
「どうでしょうね。私は重要参考人として警察に追われるだろうから。もちろんあなたも。だけど、私はそういうのは勘弁願いたいんです。だから、逃げると思います。お金もあるし。一ヶ月半逃げ終わったら……もしかしたら、この美静という人とバトンタッチするかも。あなたはどうするつもりですか?」
私は向こうに戻った時のことを考えた。警察に行くのがいいのかしら。それとも逃げた方が……。
「まぁ、好きにしたらいいと思います。どうせ一度の人生ですよ」
彼女はそう言うと、何かを考えたのか笑った。
「まぁ、正直なところあなたの今後のことはどうでもいいんです。人殺しの動機も。隠し子が犯人じゃないかっていうのは、予想ができていましたし。……私が分からないのは、もう一人の犯人のことですよ」
三津崎さん。綺麗な人だったけど……。
「あなたはいつ、彼女と知り合ったのですか?」美静ちゃんの外見をした人はペットボトルのキャップをボトルにかぶせた。
「昨日の朝。こっちに来た時に初めて会った」
「でも、随分と彼女のことを知っているみたいですね」
「色々聞かされたから」
私がこの島に着いたら、二人の男が待っていた。八屋さんと熊野さん。八屋さんが私の鞄を持ってくれた。
そして、私が部屋に案内されている時に彼女が来たの。三津崎さんが。
「八屋さん。私が説明しておきますよ」
「え? 三津崎さんが?」
「はい。女の子ですし。それにまだ料理をし始めるには早いですから」
「そうか。じゃあ、頼むよ」
そう会話をして、八屋さんは館から出て行った。
「私、三津崎サトと言います」
「あ、私は花澤美佐乃です」
三津崎さんはにこりと笑った。綺麗だと思った。素敵な笑顔だった。
「まぁ、とりあえず部屋の中に入りましょう」
私と三津崎さんは部屋の中に入った。そして、三津崎さんは服のことや、パーティーのことを説明してくれた。でも、なんだか急ぎ足だったなと今になって思う。
「で、花澤美佐乃さん」
「はい」
「あなた、雪定の隠し子でしょ?」
もちろん驚いた。だって、私、そのことを誰にも言っていなかったから。
「図星みたいね」
「……なんで」
「誰にも言う気はないから安心して。でも、手伝ってくれる?」
私は冷蔵庫からオレンジジュースを取りだして飲んだ。美味しかったけど、なんだか生臭いような気がした。
「で、なんで三津崎は君が隠し子って知っていたんですか?」
「一つは社長から、隠し子が来ることを聞いていたから。もう一つは勘らしい。私の顔があの男に似ているって……」
「当てずっぽうってやつですか……。腑には落ちないな」
「世の中には腑に落ちないことだらけだから」
私は美静ちゃんを見た。それから、その中にいる何かを見た。
彼女は笑った。
「確かに。腑に落ちないことばかりです」
「そして、三津崎さんから計画のことを聞いたの。もちろん賛成した。私が考えたものよりもよかったし」
「あの殺人はいい計画だったのですか」
彼女は煙草に火をつけた。だが、慣れていないのかゴホゴホと咳をした。
「そういえば、社長の部屋に呼ぶ順番って誰が決めたんですか?」
「三津崎さんに決まっているじゃない」
「そうか。そうですよね」
彼女は、ゆっくりとそして浅く吸った。吹かしているだけのようだった。
「三津崎さんは復讐だけではダメだったんですかね?」
「お金が必要だったはず。成功したら、財産を少しよこせって言ってきたから。でも、それだけでもなかったと思う」
白い煙が私のそばまで届いた。
「この館を見てどう思った?」
「私はどうも思いませんでしたけど。ただ、少し気持ち悪いですね。部屋の大きさも中途半端な気が」
「なぜだと思う?」
「さぁ」
意外と鈍感なのかな、この人は。
「この館のデザインをしたのは、三津崎さんよ。子供の頃のね」
「それで?」
「社長は部屋を色々と変えたらしいわ。リゾート地の宣伝のためにね。それが三津崎さんは許せなかったみたい。リゾート地の話は消えないし、館を元に戻さないし……。両親の思い出が消えていくようで嫌だったって」
「でも、恋人を殺すってやりすぎでしょう」
私は嘲った。
「そうよ。そんなことで好きな人を殺すわけがないじゃない」
彼女は反応しなかった。煙草を吹かしているだけだった。
「名ばかりの恋人。好きなんかじゃなかったはず。惚れていたのは社長だけで、三津崎さんは生活のために体を売っていただけ」
彼女はまだ反応しなかった。意外な事実ではなかったのだろうか。
「ふーん。そうなんですか。でも、やっぱり分からないな。理解できません」
「何が?」
「何がって、人を殺したくなる気持ちが、です。私にはちっとも分かりません」
「あなただって、さっき人を殺したじゃない」
「あれですか? 別に殺したいと思って殺したわけじゃ。憎しみなんてもちろんないし。殺したのは報酬が山分けになったら嫌だなって思っただけでね。……ん、これも殺したいと思った理由になるのかな」見たことのない笑顔で美静ちゃんは笑った。
「あなた何なの?」
「それはこっちの台詞だ。あなたたちこそ何だ。憎しみが故の殺人っていうのは、そんなに合点がいって心落ち着くことなのか? もしそうならやった方がいいのだろうね。だから、あなたたちはやったのかな?」
何なの? 何が何だか分からない。何を言っているの、この人は。私や三津崎さんの気持ちって変なの? 私、一体何をしたの? ねぇ、お母さん。私、これでよかったよね。これが私のやるべきことだったんでしょ? お母さん。ねぇ、お母さん。私、これからどうしたらいい?