新たな推理
推理編になります。
事件についてまだ読んでおられない方は、第一部
http://ncode.syosetu.com/n3094w/1/
から読まれることをおすすめします。
「俺の推理が間違ってる?」
「はい。城木さんの推理間違ってます。というより、大事なことが抜けてます」
「何だ? 時間稼ぎなら嫌だぜ。こっちもお楽しみってものが待っているんだ。期限付きのお楽しみがな」
「城木さん。あなた忘れたんですか? 僕らが悩んでいたことを」
「なんことだ?」
「なんのことだって……。それは」
ああ、僕もなぜ気付かなかったんだ。城木さんが自信満々に推理を披露している時に、なぜ。
「それは、血のついた服のことですよ」
「血のついた服?」
そう繰り返すと、彼の目が大きく開いた。
「そうなんです。僕達はまだその謎を解いていません。なぜ、あんなにも血が出ていたのに、誰も血のついた服を持っていないのか」
体からは冷や汗が出ていた。それは銃を向けられているせいのか、大事なことに気付いたせいなのか。
「そして、僕は分かりましたよ。なぜ血のついた服が見つからないのか」
「なんだ?」
「なんだとは?」
「話せ」
城木さんはさらに一歩、僕に近づいてきた。
「八屋さんが最後にした話を覚えていますか? あなたはヒントにならなかったと言いましたけど……。あの中にそのヒントが隠されていましたよ」
「早く話せ」
「血のついた服が隠されていると考えるのではなくて、僕らはどうやったら服に血がつかないか考えるべきだったんです」
「なんだと?」
僕は息を吸った。
「犯人は裸の状態で社長を殺したんですよ」
僕は裸の彼女を想像した。
「それができた人は誰だと思いますか、城木さん」
「……誰だ?」
「社長の恋人である三津崎さんですよ」
僕は立ちあがった。銃口もそれと共に上がる。
「証拠は?」
「ありません。ただ、三津崎さんが社長と部屋にいた時間と、花澤さんが社長の部屋にいた時間の長さを思い出してください」
「……」
「三津崎さんは明らかに長い時間でした。誰よりも長かった。あの時間、二人は何をしていたんでしょうか? 愛しあっていたんでしょうか? それもあったのかもしれません」
僕の中の嫉妬心が少しうずいた。
「でも、あの時間は自分の体についた血を洗い流していた時間なのではないでしょうか? 彼女が食堂から降りてきたときのことを思い出しましたよ。仄かにシャンプーの匂いがありました」
「いや、だが、それでもおかしいだろう。あれだけの血だ。浴室にいくにしても、部屋の外に出るにしてもどこかに血の跡が残るだろ」
「そうです。あれだけの血です」
僕は目を閉じた。なぜだか涙が出そうになった。
女のくぐもった泣き声が聞こえる。花澤さんだろう。
「あれだけの血が、胸を一突きされただけで出ますかね?」
城木さんが唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「たぶん、社長は上半身裸になったところを殺されたんです。あのTシャツを脱がせば、いくつもの刺し傷が現れるでしょうね」
僕はそれを想像し終わると、目を開けた。
「なぜ、血の跡が部屋の床や壁についていなかったか。それは、きっと社長のTシャツで拭いたからです。三津崎さんはできるだけ自分についた血を社長のTシャツで拭き、それが終わると彼にそれを着せたんです。それから、裸の社長を刺したのをごまかすために、Tシャツの上からまた刺した。そして、床が血だまりになる前に部屋に戻り、シャワーを浴びた。花澤さんはドアノブかどこかに残った血を綺麗にしたかもしれない。ティッシュを使って、トイレに流せばいい」
緊張感のある沈黙だった。いつの間にか花澤さんの泣き声は聞こえなくなっていた。
「手紙を残させたのは三津崎さんでしょう。それこそ、花澤さんが隠し子だと白状したと言えばいい。社長は花澤さんのために長い時間を取るでしょう。部屋の電気を消したのは……、三津崎さんかもしれませんし、花澤さんがかもしれない。そして、美静さんがやったと思っていたトリックは、実は花澤さんがやったんです」
「じゃああの女の行動はどうなる?」城木さんは美静さんを指差した。「まさか本当に寝ぼけていたというのか?」
「さぁ、それは僕には分かりません。こうやって、必死に謎を解いている今も、僕には分からないことだらけです。三津崎さんが恋人である社長を殺した動機。花澤さんがそれに加担した動機。分かりません。分からないから僕は誰も罰せません」
僕は力いっぱい城木さんを睨んだ。そして、花澤さんの方を向いた。
「花澤さん……。この推理はあっていますか?」
花澤さんは顔をあげた。目は真っ赤に腫れていた。
「はい」
花澤さんはそう言うと、また泣きはじめた。
僕は再度、城木さんを見た。僕はやるべきことをやったんだと、変な達成感に包まれていた。だが、これが本当にやりたいことだったのか分からない。しかも、好意を寄せていた女性の犯罪を暴く結果にもなった。本当に、僕は何をやっているのだろう。
自嘲気味な笑いが出てきた。
城木さんは未だに銃口を僕に向けていた。底のない井戸のような銃口の奥は、暗くてよく見えなかった。見えなかったが、そこから何かが飛び出したのを僕は見た。それだけだった。