推理と殺人
推理編になります。
事件についてまだ読んでおられない方は、第一部
http://ncode.syosetu.com/n3094w/1/
から読まれることをおすすめします。
まず社長を殺した犯人を発表する。と、城木さんは言ったのか? ということは、三津崎さんを殺した犯人も分かったというのか。いったいどうやって。
「犯人が分かったって本当なんですか?」
「ああ、本当だよ」城木さんは僕の方を向いた。そして、優しげに微笑んだ。両頬に笑窪が出来た。
「それで誰かな?」三上さんは身を乗り出していた。肉厚の腕と体がテーブルに当たっている。
八屋さんは真剣な目で、城木さんを見ていた。知りたいと本気で思っている目だ。それが傍目にも伝わってくる。
美静さんもきょろきょろとしていた目を、城木さんに向けている。彼女も犯人が誰なのか気になるようだ。
花澤さんは……。僕はそう思って、彼女を見た。彼女はテーブルを見続けていた。
「まず、田辺社長。田辺社長が殺された時間がいつなのかずっと考えていました。俺が思ったのは二つ、一つはやはり深夜。俺達が寝ていた時。もう一つは、俺達が部屋に戻る前」
「それは前から考えていただろう」三上さんが茶々を入れる。
「ええ。でも、深夜はないなと思ったんです」
「なぜ?」
「田辺社長が死んでいた場所分かりますか?」
「ベッドの横だろ――」そう三上さんは言って、はっとした顔になった。
「そうです。田辺社長はベッドの横、つまり床の上で死んでいたんです。深夜なら社長は寝ているはずでしょう。もちろんベッドの上で。寝ていて床から落ちたとも考えられますが、ベッドの上に戻れないほど、社長は泥酔していなかったはずです」
城木さんは僕らを見た。僕はその通りだと、黙って頷いた。
「そして、ベッドの上には血だまりがなかった。つまり社長は起きている時に、殺された」
「でも、寝ているところを起こされて殺された可能性だってあるだろ」八屋さんは待ってくれと手のひらを彼に見せた。
「あります。でも、考えてみてください。もしそうだとするならば、なぜ犯人はカーテンを開け、ベッドランプを点ける必要があったのです? まぁ、仮にカーテンを開け、ベッドランプ点けたとしましょう。なぜ、それらを閉め、消さなかったのでしょうか」
ううん、と八屋さんは考え込んだ。
「もしそうだとしたら、俺は犯人がよく分かりません。衝動的な犯行なのでしょうか? だとしたら三津崎さんが知らないような包丁をどこから持ってきたのでしょう」
彼の推理は正しいように思える。
「だから、俺は田辺社長が計画的に殺されたんだと思います。今もまだ彼の胸に刺さっている包丁は用意されたものなんです。そして、俺はこの推理によって、彼が殺された時間を俺達が部屋に戻る前だと思ったんですよ」
「それで犯人は?」三上さんの腕はテーブルの上にあった。お預けをくらった犬のようだった。
「はい。まず……犯人の一人目は花澤さんです」
僕は花澤さんを見た。彼女は動かずに、いまだにテーブルを見ていた。
「……そして、二人目は美静さんです」
美静さんは花澤さんと違い、城木さんをきちんと見ていた。だが、少し体が震えていた。
「俺は今朝、あの部屋に入った時に違和感を覚えたんです。その違和感は、カーテンが開いているのに、ベッドランプが点いていたからだと思っていたんです。でも、違ったんです。もちろんおかしいとは思いましたがね。でも、さっきその部屋のことを想像していたら、違和感の原因に気付いたんです」
城木さんは椅子から今にも立ちあがりそうなくらい興奮していた。
「俺らが部屋に戻る前に田辺社長が殺されている。カーテンは開いたまま。部屋の電気は消えているが、ベッドランプの橙色の光が部屋と血まみれの社長を照らしている。……そう。ならば、なぜ、昨日、最後に社長室を見た美静さんが死体に気付かなかったのか、それが俺の違和感に繋がったんです」
僕は唾を飲み込んだ。その音がしっかりと聞こえた。
「ねぇ、美静さん。さすがに寝ぼけていても社長が血まみれで死んでいるのが目に入ったら、目を覚ますでしょう?」
美静さんは何も言わなかった。だが、顔を伏せ、口を抑えた。体はさらに震えていた。
「寝ぼけて社長室のドアを開けたのは、トリックですよ。社長がまだ死んでいないと思わせるためのね。そうでしょう? そうでなければなんなのでしょう。もし、俺が美静さんの立場なら大声を出して、社長が死んでいるのを皆に知らせますね」
美静さんは犯行時間をごまかすために、あんなことをしたのか……。食堂で、三津崎さんに毛布をかけられた時、彼女はどう思ったのだろう。
「そして、次は花澤さん。あなたです。あなたが実行犯ですね」
花澤さんは顔をあげて、口をぱくぱくとさせた。
「違うとでも? もうあなたしか殺せる人がいません。隠していた包丁で社長を一突きして、殺した」
「あの紙はどうなんだ? 花澤さんが俺に渡した、社長が書いたあの手紙だよ。あれはどうやって用意したんだ。どうやって社長に書かせたんだ」
「さぁ。でも、俺ならこうやって書かせますね。『私が会長さんの隠し子です。ゆっくりと話がしたいので、皆さんにはもう今日は終わりだと言ってください』と言うんですよ。もちろん、正しいかどうかは分かりません」城木さんはちらりと花澤さんを見た。「別に紙に書かなくても社長が食堂に降りて言えばいいんですからね。どうやって手紙を書かせたかは今のところ謎です。もちろん花澤さんの動機も謎です。美静さんの動機もね」
「包丁は? 包丁はどうやって持ってきたんだ?」三上さんは半分立ちあがっていた。
「さぁ。でも、持ってくるのは容易いですよね。鞄は預けましたけど、肌身離さず包丁を持っていたのなら、着てきた服を預ける前に部屋に隠せますし。もし鞄の中に入れていたとしても、三津崎さんに言えば、あの部屋に入れたみたいだし」
僕は三津崎さんとサダさんを思い出しだ。
「そうか……」三上さんは言った。「こいつらが隠し子か」
城木さんは手をがさごそと動かしていた。
社長を殺した犯人は花澤さんと美静さん。確かに城木さんの推理は当たっているように思える。ならば、次は三津崎さんを殺した犯人だ。誰だ。誰が彼女を殺したんだ。
「城木さん。次は三津崎さんを殺した犯人を教えてください」
城木さんはまだ、がさごそと手を動かしていた。手はなぜかテーブルの下にある。テーブルの裏を触っているようだ。
「ああ、三津崎さんを殺した犯人か」城木さんはこちらを見なかった。「それはサダだよ」
「なぜです?」
ビリビリと何かが剥がれる音がした。
「証拠かい? それは警察に聞いてくれ。説明できないよ」
「ならばなぜ――」
「サダが三津崎さんを殺したのか分かるのかって? それは俺らがこっちの世界の人間じゃないからだよ」
城木さんはそういうと黒光りするものテーブルの下から出した。そして、それを三上さんに向けた。
「なにを」
「サダがなぜ死んだか知っているだろう。この殺し屋め。だからサダが三津崎さんを殺したと言いきれたんだ」
「なにを」
「サダがお前と同じ殺し屋だと分かったんだろ? あいつの死に方を見てさ」
三上さんの顔から血の気がみるみる引いていく。
「まぁ、どうでもいいさ」城木さんは嘲るように言った。「お前は隠し子じゃないんだからな」
乾いた音が部屋に響いた。どすんと重い何かが倒れた振動が伝わってきた。
「キャー!」
「城木!」八屋さんは立ちあがっていた。
「なんだい? 隠し子じゃない人」
城木さんは拳銃を八屋さんに向けた。そしてまた、何かを破裂させたような乾いた音が鳴った。
床に八屋さんが倒れる。
「八屋さん!」
僕は倒れた八屋さんに近づいた。彼の眉間には穴が開いていた。
「城木さん」
僕は城木さんを見上げた。彼はすぐそばで僕を見下ろしていた。右手には黒い拳銃が握られている。僕にはそれがリボルバー式だということしか分からなかった。なぜ彼が三上さんと八屋さんを撃ったのか、全く分からない。
「お前も隠し子じゃないよな。誰が言ったっけ? お前は白なんだろ? それにしてもあのデブの殺し屋は卑怯だよな。誰が隠し子じゃないか分かっているんだからな。こっちは自分と社長以外の全員が隠し子かどうなのか疑っていたんだから」
脳がめまぐるしく回転しているのを感じた。彼は何を言っているのだろう。だが、そんなことは関係ない。
目の前に、今までの記憶が浮かぶ。小学校の校庭でボールを蹴った。中学校の修学旅行。高校の頃に付き合った先輩。自動車学校。大学にある図書館。入社式。
走馬灯? いや、そんなことを思い出している暇はない。僕はまだ、何かをやり残しているんじゃないのか?
三津崎さんはなぜ殺された。三津崎さん。きれいな鼻筋。くるっと丸まっている毛先。彼女の部屋。保管室。恋人の社長。社長の部屋。血まみれの社長。赤いTシャツ。
あっ……。
「し、城木さん……」
「なんだ、命乞いか? まぁ、最後の言葉くらい聞いてやろう。二人には聞けなかったからな」
「城木さん」
彼は拳銃を僕に向けている。だが、そんなこと今はどうでもいい。
「あなた……あなたの推理間違っていますよ」
自分でも声が震えているのが分かった。
「は?」
「だから。城木さんの推理間違ってます」