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覆面殺人  作者: nab42
12/22

動機探し

「犯人が誰かは分からない」八屋さんはテーブルを見たまま言った。「だから、俺が知っていることを話します」

「君が知っていることとは?」三上さんが鋭く見つめた。

「このパーティーの目的についてです」

「それは関係がないんじゃないか?」三上さんはゴホンと咳払いをした。

「俺はそう思いませんよ、三上さん」

「なぜだい?」

「それ以外に、定一郎が殺される理由が分からないからですよ」

 それを聞くと、ううんと言って三上さんは難しい顔になった。八屋さんが言おうとしている何かを止めるかどうか迷っているようだった。

「それで、このパーティーの目的とは?」

「八屋さん」と三津崎さんが止めるように言った。涙声だった。

 八屋さんは首を振った。

「三津崎さん。定一郎が殺されたのは因果応報と言えるかもしれない。犯人を見つけるためには言うしかない」

「それで?」サダさんが興味深そうに聞いた。

「……このパーティーの目的。それは、会長、つまりは社長のお父さん、田辺雪定の隠し子を見つけることだったんです」

 ふん、とサダさんと城木さんが鼻を鳴らした。そんなこと知っていると言わんばかりの態度だった。

「それで、誰が隠し子か分かったのかい?」

 そう聞かれた八屋さんは、三上さんを見た。

 もしや、社長が探偵の三上さんに頼んでいたことって……。

「まだ分かっていない」

 全員が三上さんを見た。

「なんで三上さんが答えるんですか?」

「そうだ。あんた、ただの中華料理屋のオーナーだろ?」

「違う。私は探偵だ」

「探偵?」と泣いていた花澤さんが顔をあげた。

「そうだ。私は中華料理屋のオーナーなんかじゃない。探偵だ」

「俺たちのことを調べてたってことか?」

「……守秘義務に反するが、仕方ないだろう。私はあなたたちの素性を調べていた」

「なぜ?」と花澤さんが言った。

「対象者はもっといた。八屋さんや、三津崎さんは知ってるだろうが――熊野くんも知っているのかもしれない。田辺さんのお父さん、田辺雪定さんは相当な女好きでね。当たり前のように隠し子がいた。いや、隠し子と言っていいものかどうか。捨て子のようなものだったかもしれない。彼は女と子供を作っては放っていた」

 会長が? そんなことを?

「調べてみると、会社の創始者の月次郎さんもそういった気があったみたいだ。だが、彼の場合はちゃんとケアをしていた。隠し子も三人だ。ちゃんと三人とも育てている」

 三上さんと三津崎さん、八屋さんが大きく息を吐いた。

「分かっただけでも七人だ。会長の隠し子は」

「それを調べてどうするんだ?」

「お金を渡すんだ」

「なぜ?」サダさんは分からないといった感じで、両手を広げた。

「田辺家は言わば、一子相伝なんだよ。財産全てを正妻の長子に受け継がせる。それが家訓としてあるんだ」

「ははは」と城木さんが笑った。「もし俺が隠し子なら、お金を貰わずに財産を貰いますけどね。その方が額も多いでしょう?」

「ああ、そうだ。だからお金を渡し、財産を狙わないように、脅す」

 脅す。大きなものには、そういった黒い影のようなものが付いているとは思っていたが、その事実が本当にあるものだろ知ると、僕はなんだか悲しくなった。それはきっと大きなものが近くもなく遠くもなく、僕の世界に存在していたせいなのかもしれない。

「隠し子は皆成人している。社会人もいる。つまりは、そういうことだよ。社会的にどうにかなるかもしれないとにおわすだけで、お金を受け取ってくれる。もちろん田辺――社長はできるだけ穏便に済まそうとした。結構な額を渡したよ」

 誰も何も言わなかった。だが、沈黙のようなものはなく、心のざわめきが聞こえているかのように次は誰が発言するのかと牽制しあっていた。

「でも」と三上さんが続けた。「まだまだ隠し子はいそうだった。最低でも一人。多くて四人が隠し子と疑われている」

 僕は座ったまま部屋を見まわした。三上さん、そして三上さんが白と言った僕らの他に、招待客が四人いた。

「つまり俺たちが隠し子なんじゃないかと、あんたは思ったわけだ」

「……そうだ」と観念したかのように三上さんは言った。

「言っておくが俺は隠し子なんかじゃないぜ。確かに父親はいないが、ただのヤクザだったんだからな。今頃海の底かもしれん」

 サダさんは僕と話した時とは、違うことを言った。

「俺も違いますよ。父は他の女と失踪したんです」

「私も違います。お父さんもお母さんもちゃんといます」と花澤さんは赤くなった目で訴えた。

「私はよく分かりません」

 その声を久しぶりに聞いた気がした。化粧をしていない美静さんの顔は少女のようだった。

「私は父がいないから。もしかしたら、会長さんが父なのかもしれません。でも、それだけですよ。そんなに父に思い入れなんかありません。母はきちんと私を育ててくれましたし……。私は一度も見たことない人を憎んだりもしていません。母はどうか分かりませんが」

 美静さんはそう言って、また一粒、ぶどうを房からもいだ。彼女の前にあるお椀には赤黒い皮が積み上げられていた。

「本当にそれが犯人の動機なんでしょうか?」と僕はその場にいる誰かに聞いた。「大会社の社長なんです。他に恨みを買っていたとか」

「ないよ」と八屋さんが答えた。「あいつに限って、そんなことはないんだよ」

「なぜです?」

「ああ見えて、定一郎は人の気持ちというやつを恐れていた。熊野くんは、定一郎のことを変な奴だと思っていただろ?」

 僕はどきりとしたが、頷いた。

「そのことに定一郎は気づいていたよ。だからどうにか君に好かれようと思っていたみたいだよ。昨日、社長が飲んでいた焼酎の銘柄を見たかい? あれは君の町で作られたお酒だよ。あと、君に母親のことを聞かなかったかい?」

「聞かれました」

「あれもそうだよ。君の親のことを心配して、どうにか君に好かれようと思っていたんだよ」

 そうだったのか。そう思う一方で、僕は恐ろしくなった。社長は本心で母親孝行を僕に促したのではなく……。もし、ただただ僕の気持ちを恐れていただけだったとしたら……。

「あいつは一貫した考えを持たない。持たないようにしていた。もちろん物事に対しての正解や不正解はあいつなりに持っていた。だが、そんなものは二の次だった。あいつは人の意見や気持ちに合わせようとした。それくらい人に嫌われるのが怖かったんだ」

「八方美人は嫌われるんじゃないのか?」サダさんは言った。

「ああ。もちろん定一郎を嫌うやつはいた。ただ八方美人を嫌うやつを見分ければいいだけだ。定一郎は、そこは白黒はっきりつけていたさ。つまり、あいつは白か黒か分からないやつを恐れていたんだ」

「でも、だからって絶対に憎まれていなかったとは分からないんじゃないか? 隠し子以外のやつにも恨まれていたとしてもおかしくない。憎しみを隠して、近づくこともできるだろ」

 サダさんは八屋さんを見た。八屋さんは睨みつけるようにサダさんを見ていた。

「まぁ、いい。恨みでも財産でも」サダさんは八屋さんに負けたように視線を外にやった。「で、君たちは八年前からこのパーティーで隠し子を見つけていたのか?」

 そうだったのか、と僕は初めて参加したパーティーから順に思い出していった。だが、そうとは思えなかった。今年はそうだとしても、去年、一昨年のパーティーにはそういう気配がなかったように思える。なぜなら、招待客には会長と同じくらいの年齢の人や、それ以上の年配の人もいたからだ。

「いいや、今年だけだ」八屋さんは言った。

 そうだろうな。僕はその言葉に納得した。

「なぜなんですか? なぜ今年だけ?」城木さんは訝しげに聞いた。

 だが八屋さんは黙っていた。何かを考えているようだった。腕を組んだかと思うと、髪を頭に撫でつけた。

「私が社長の田辺さんに依頼を頼まれたのは去年の秋ごろからだ」三上さんは、助け舟なのか八屋さんの答えを待たずに言った。「会長の雪定さんの隠し子を見つけてくれるように頼まれたよ。なぜなら、その頃に雪定さんが倒れたからだ。その時に隠し子のことを聞かされたんだろうな」

「そして、その雪定は――。会長は今月の初めに死んだ」八屋さんはテーブルを見たまま言った。「自分で尻拭いもできない迷惑な人だったよ」

「それで急いで隠し子を見つける必要があった。だから、このパーティーを隠し子発見の場にしようとしたと?」

「ああ。もっとゆっくり確実に見つけたかったけどね。俺には難しかった」

「なるほどね」

 皆、何かを考えるように黙った。

「あの」僕はなぜこの事に皆が触れないのかと、疑問に思いながら聞いた。「会長が死んだって本当ですか?」

「ああ、本当だ」八屋さんは簡単に答えた。

「僕、知りませんでしたよ。体を壊していることも知らなかったし……。亡くなったのなら、ちょっとしたニュースにもなりますよね。そうだ、葬儀はいつやったんですか?」

「やっていない」

「やっていない?」

「世間的には、会長はまだ死んでいない。美しく凍ってもらっているよ」

「なんで、ですか?」

「七人にはすでに遺産相続の権利を捨ててもらった。でも、残りのいるとされる隠し子についてはどうだ。もちろん、権利を捨ててもらっていない」

「会長が亡くなったのを公表すれば隠し子が名乗り出るのでは? それから権利を捨ててもらうように説得することが出来たんじゃ」

「どうだか……。子供の方はできるかもしれない。美静さんが言ったように、見たこともない父親なんてどうでもいいのかもな。でも、母親の方はどうだ。捨てられたと、恨んでいるだろう。そうなった場合、僕らにはどうにもできない。遺産相続の権利がある。どんなに大きな力を持っていても、法律には敵わないよ」

「でも、会長さんが子供を認知していなければ――」

「認知請求ってのがある。死んで三年以内なら、どうにでもできるらしい」

 人が生み出した何かが場を支配した。僕は思わず乗り出していた身を、椅子に戻した。

「何か飲みませんか?」三津崎さんが皆に尋ねた。

 誰も何も言わなかったが、きっと欲していたと思う。彼女が席を立ちキッチンへ向かうと、花澤さんが「手伝います」とついていった。

 僕はもう一人の女の子、美静さんを見た。お腹が膨れて満足そうな顔をしていた。憎たらしい子供のようだ。僕は改めて腹が立った。昨日はそう思わなかったが、とんだ不思議ちゃんなのかもしれない。死体を見ていないから、殺人事件を現実と思えていないのかも。それにしても、彼女の態度はおかしくないか? まるで自分には関係ないと思っているような……。関係ないのかもな。彼女の、隠し子だと疑われた時の台詞。あれは一番、影がなかったように思える。

 それにしても、誰だ。誰が社長を殺したんだ。隠し子が殺したのか? 遺産を貰うために? 捨てられた憎しみを返すために?


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