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覆面殺人  作者: nab42
11/22

死体

「熊野くん! 熊野くん! 起きろ! おい! 熊野!」

 ドンドンとどこかが叩かれる音がする。僕はベッドから出て、音がする方向へと、よろよろと向かった。そこは部屋のドアだった。ドアの向こうから八屋さんの声が聞こえる。僕は機械的にロックを外し、ドアを開けた。

「熊野……くん」八屋さんはすでに赤いTシャツに着替えていた。

「はい?」

「熊野くん」

「はい。おはようございます」

「……挨拶なんてしている場合じゃないんだよ」

なんだか八屋さんの表情がすぐれない。朝に弱い人だったかな?

「どうしたんですか?」

「定一郎が」

「定一郎?」

「定一郎が死んでる」

 この人は何を言っているのだろう。定一郎という人が死ぬことに何の問題が――。は? 社長が死んでいる?

「どういうことですか?」まだ働かない頭を必死に動かす。

「とにかく来てくれ」

 僕は顔が強張っている八屋さんについていった。

 八屋さんが向かったのは社長の部屋だった。ドアはきっちりと閉まっている。昨日最後に見た状態と同じのように思えるが。

 八屋さんは僕を見た。開けてみてくれと目が言っていた。

 僕はドアノブに手をかけた。まだ頭はぼーっとしていたが、第六感が働いているのか、変に緊張していた。

 ドアノブを回す。そして、恐る恐るドアを開けて、中を見た。

 さっと血がどこかへ消えていくのが分かった。視界は狭まり、そこしか見えていなかった。

 確かに社長が死んでいた。いや、死んでいるのかどうか分からない。だが、生きているとは決して思えなかった。ベッドの横に社長は倒れていた。社長は口と目をしっかりと開け、宙を見ていた。周りの床は赤く染まっていた。

 僕はドアを閉めようとした、だが力が入らずそこにへたり込んでしまった。

 八屋さんを見ると、彼も硬直したように動かなかった。ただ、床の一点を見ているようだった。

「なんだ? どうしたんだ?」後ろから声がした。

 ドアの開く音と、閉まる音がする。

「どうした。そんなところで」

 振り返ると、サダさんがいた。その後ろには三上さんもいた。

「社長が」

「社長がどうした?」

「……死んでます」

 ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた気がした。二人は僕の前に進み、ドアをしっかりと開いた。だが、二人はそれで終わらずに中に入った。僕は赤ちゃんのように這って、それに続いた。

 二人はすでに社長の近くにいた。二人の体のおかげで僕は社長を見ずに済んだ。

「確かに……」

「死んでいるな」

 足音が近づいてくる。もう全員起きたのかもしれない。

「きゃ!」と声がした。

 いつの間にか大きく開かれたドアの向こうには、花澤さん、城木さん、そして三津崎さんがいた。

「社長が死んでいるんです」僕がそう言うと、皆驚いた表情で部屋の中を見続けていた。

 誰も何も言わない時間がしばらくあった。そして、最後に美静さんが目をこすりながらこっちに歩いてきた。


 皆冷静にはいられなかった。社長が死んでいるのを発見して、もう一時間くらいになる。時刻は朝九時。三津崎さんが部屋から持ってきた目覚まし時計のおかげで、僕らはもう体内時計に頼ることはなくなった。

 食堂には社長以外の全員がいた。美静さんを除いて、全員が何も口にしていなかった。あの死体を見たあとに、食欲が沸くはずもない。死体を見ていない美静さんが羨ましい。

「まぁ、簡単なことだろう」とサダさんがついに口を開いた。「この中の誰かが犯人で間違いない」

 何を言いだすのだろうか、この人は。

「そうだろうな。外から誰かが侵入したとは思えない」と三上さんが続けて言った。

「問題は誰が殺したのかってことですよね」城木さんもそれに加わる。

 堤防が崩壊したかのように、三人は喋りはじめた。

「誰が殺したのかも問題だが、俺には分からないことだらけだぜ」

「例えばなんだ?」薄い頭を三上さんは撫でた。

「なぜ殺されたか。いつ殺されたか。どうやって殺されたか」

「どうやって殺されたのかは分かるでしょう。包丁が胸に刺さっていたんですから」城木さんは言った。

「まぁ、そうだろうな」

「じゃあ、いつ殺されたんだろうな?」

 この三人は。まるで他人事みたいに。

「ちょっと待ってください」僕は三人を止めようと言葉を出した。

「なんだ?」

 三人はこっちを向いた。

「まだ殺されたと決まったわけじゃ」何を言っているのだろうか、僕は。そういうことが言いたいんじゃない。

「君はちゃんと現場を見ていないだろう? 誰がどう見ても、あれは殺されている。包丁で胸を一突きさ。フローリングの床には血だまり。着ていた赤いTシャツはどす黒くなっていた」

「とにかく待ってください」

「何を待つのかな?」と城木さんは言った。ひどく冷たい言葉のように思えた。

「心の整理がつかないんです」

 僕は八屋さんを見た。この中で一番ショックを受けているのは、この人のはずだ。なにせ死んだのは親友なのだから。

 僕の気持ちが届いたのか、しばらく三人は黙ってくれた。だが、このことを殺人事件と決めつけて、色々と何かを考えているようだった。

 さらに三十分が経った。お腹が空いているのか、美静さんはキッチンにフルーツを再度取りに行った。なんだか僕は彼女にも無性に腹が立った。だが、それを注意することが僕にはできなかった。彼女に悪い点なんてないように思える。空気を読めないのが悪だとしたら、僕は声を荒げたのかもしれないが。

「心の整理なんて、永遠につかないかもしれない」八屋さんはそう言った。「それよりもやることがあるのかもしれない」

「俺もそう思うね」サダさんは頷いた。「俺たちには警察に連絡する手段がない。船は明日の昼までこない。それまで殺人事件が起きた館で過ごさなければならない。もちろん島から出ることもできない」

「犯人を見つけるのが、一番安心するんじゃないでしょうか。僕らだってショックです。気持ちが分からないわけじゃないんです」城木さんは目線を下げた。

 花澤さんはしくしくと泣いていた。三津崎さんも沈痛な顔をして、黙っていた。二人を見ると、すでにお通夜が始まっているような気分になった。


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