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覆面殺人  作者: nab42
10/22

パーティーのしめくくり

 女の子に看病されたからなのか、みるみるうちに僕の体調はよくなった。それから僕はまた他の人と話をしたり、彼たちの仕事について聞いた。変な雰囲気で終わったサダさんとも、なんとか話ができた。お酒に酔った彼は、パーティーの開始直後とはうってかわって紳士的で、むやみに人のテリトリーに入ってこなかった。

 それからどのくらいが経っただろうか。今日のパーティーのしめくくりが行われる時間になった。

「よし。皆、聞いてくれ」と社長が言った。開始の挨拶をした場所と同じところに彼は立っていた。「今日は、そろそろパーティーを終わろうと思う。その前に、私はもう一度、皆と話がしたい。一対一でな。……今から私の部屋に一人ずつ来てもらおうと思う。そして少し話をしよう。まだまだ聞きたいことがあるんだ。それまで皆は、ここで待機してもらいたい。話が終わった人に、次の人を呼んでもらうから」

 僕と八屋さん、三津崎さん以外はどういうことなのだろうかという顔をしていた。酔いのせいなのか、ただ単純に理解できていないのかは分からないが、戸惑いのようなものがそれぞれの顔に浮かんでいた。

「社長と話をして、ここに帰ってくるだけですよ。皆が終わったら、今日のパーティーはおしまい。明日はのんびりと過ごして、明後日の昼には船で帰る。それだけ」と僕は隣にいた花澤さんと美静さんに言った。

 少しは理解できたのか、彼女たちは軽く頷いた。もしかしたら、分かっていたのを僕に説明されて、どういう反応をすればいいのか分からなかったのかもしれない。もしそうだとしたら、恥ずかしい。

「じゃあ、まず――三上さん。行こうか」

 社長はそう言うと、三上さんと食堂を出て行った。三上さんの赤いTシャツは膨れた風船のように張っていた。あのお腹の中には何があるのだろうか。いや、それは脂肪だろうが、そうなるまで、どれだけのものを入れたのだろうか。

 僕は反対側にあるガラス窓から空を見た。輝く星々がそこにはあった。人間には決して描くことのできない光は一体どこまで届くのか、そんなどうでもいいことを考えながら、僕はソファに腰をおろして、自分の番が来るのを待った。

 三上さんが帰ってくると、次は八屋さんの番だった。三上さんはつかつかと八屋さんに近寄って「次は君の番だよ」と言い、近くにあった椅子に腰かけた。

 八屋さんはさっと立ち上がり、食堂を出て行った。顔は普段と同じ色に戻っている。どうやら酔いはとっくに冷めたようだ。

 ドアが閉まると、サダさんが三上さんに近づいた。何やら一言二言会話を交わしていたが、すぐにサダさんは元の場所に戻った。

 おそらくだが、サダさんは三上さんに部屋で何があったのか聞いたのだと思う。サダさんも酔いが冷めて、いつものうざったさが蘇ったのかもしれない。でも、これは珍しい光景ではない。こういう人は毎年いる。自分の番になれば全て分かるのだが、先に色々と知りたがるのだ。精神的に優位に立っておきたいというものがあるのだろう。もちろん社長は何を話したのか言わないように口止めをしている。聞いても無駄だということだ。

 八屋さんが戻ってくると、次は僕の番だった。僕は水を一杯飲んでから、食堂を出た。

 廊下を渡り、ラウンジに出た。そして、螺旋階段を回った。二階に出て、玄関側に歩き、そして左側にあるドアをノックする。

コンコン。

「入っていいぞ」

 僕はその声を聞いて、中に入った。会社にある社長室をふいに思い出した。

 その部屋は僕らの部屋とあまり変わらなかった。だが、それは配置が同じという意味であって、部屋の広さが同じという意味ではない。壁と壁の間の通路は大の字で寝ることができるくらい広い。左側にはドアがあった。きっとバスルームだ。

 部屋に入って正面にはベッドが見える。ワイドキングサイズくらいありそうなもので、寝返りが三回はうてそうだ。その上に社長は座っていた。

「まぁ、座れよ」と社長はベッドの左側にあった椅子に僕を座らせた。

 椅子に座ると真正面にある大きな窓から、星空と海らしきものが見えた。やはり僕の部屋とは違うな。同じ方角の眺めだが、自分の部屋から見える景色とは違って見える。

 ベッドの左側にはナイトテーブルがあった。そこに置かれていたランプが明かりを灯していた。部屋の電気とランプ、両方点いているのに違和感を覚えたが、まぁ、それほど気にすることはないのかもしれない。そういえば、バスルームの電気スイッチもオンになっていたような気がする。社長の家の電気は常時、全部ついているのかもしれない。

「何か聞きたいことはあるか?」

「社長に?」

「もちろん」

「うーん……」

「なんでもいいよ」

 そう真っすぐ言われると、何を聞けばいいのか分からなくなる。……とりあえず気になったことを聞いてみよう。

「部屋の電気は全部点けるんですか?」

 はっはっはと大きな声で社長は笑った。僕はその声に少しびっくりした。

「意外だったな。その質問は。……そうだな、点けるな。昔からそうだったからな」

「寝るときも?」

「いや、寝る時は消すよ。さすがに明るいと寝れないからな。他にはなにかあるか?」

 僕はうーんと考えた。そして、幾つか聞きたいことがあったのを思い出した。だが、それを答えてくれるかどうか……。まぁ、ものは試しだ。少しは社長の度胸を見習ってみよう。

「城木さんと居酒屋で出会ったって聞いたけど、それはいつの頃なの?」

 社長は黙ってこちらを見た。熱光線のような視線だった。

「ほう。それを知ってどうするんだ?」

「どうもしない……ですよ。ただ居酒屋には学生の頃にしか行かないって聞きましたし」

「まぁ、硬くなるな。敬語も使うな。俺はお前のことを信用している。何を聞かれたって答えるさ」社長はベッドに座りなおした。「あいつと会ったのは去年の秋かな。ちょっと知りたいことがあってな、駅前の居酒屋へ行った。そこにあいつがいた」

「はい」

「それだけだよ」

「ちょっと知りたいことって何だったの?」

「なんだと思う?」

 僕は少し考えた。普段行かない居酒屋に行って知りたいこと。市場調査? いや、しかしうちは外食産業はやっていない。もしかして、これからやるのか?

「市場調査かな?」

「まさか」

「だよなぁ……」

「近い答えを見つけたら教えてやるよ。その前に答えが分かってしまうかもしれないけどな」

「あ、もう一つ質問したいんだけど」

「いくらでも質問してくれ」

「僕と八屋さん、三津崎さんと他の人の相違点ってなんだろう。つまり、三上さんに何の調査をお願いしたのか知りたいんだけど」

「はは。それこそ近い答えを見つけてくれよ。でも、探偵さんがそこまで言ったんだ。ヒントは全て出てるんじゃないかな。出ていないとしても、想像で答えることはできるさ」

「なんだろう……」

「なんでしょうかねぇ」

 僕は椅子の背もたれに寄りかかった。なんとなくこの部屋は居心地がよかった。社長がいなければ最高の部屋だなと思った。もし、僕が三津崎さんと結婚したら――。ふふ、滑稽な妄想だな。

「何笑ってるんだ?」

「え?」

「なににやけてるんだ? 答えでも分かったのか?」

「いや、まだ、はい」僕は思わずにやけていたようだ。ここは社長の部屋。前には僕の雇い主がいる。気を引き締めろ。

「ああ、あと最後の質問が」

「いいよ。最後の質問をしてくれ」

「ちょっと聞きにくいんだけど……」

「気にするな。君はこの島から出るまで客だ」

「じゃあ、はい。……社長はなぜ公私混同を嫌うのですか?」

「うん」と社長は一呼吸を入れた。そして、しばらく何も言わなかった。

 一つ前の質問よりもだいぶ答えやすいと思ったのだが、社長にとっては違うらしい。なぜだろうか。部屋の雰囲気がだんだんと真面目なものになっていった。

「俺も質問していいかな」

「はい。もちろん」

「なんで、そんなことを聞くんだ?」

「うーん。なんとなくというのが一番正確だと――。ああ、でもきっかけはそうだな、サダさんが僕に社長の恋人の有無を聞いたからだったな。社長は公私混同が嫌いだから、そういうことは知らないって言ったんだ」

「サダがね」

「そういえばサダさんに、社長に聞けば教えてくれるって言ってしまったんだけど」

「ああ、だからサダがあんなこと聞いたのか」

「はい。で、教えたんですか?」

「いいや」と社長は鼻で笑った。「つまり君も自分で考えてくれ。……でも、いずれお前には話すよ。八屋と三津崎とお前。探偵の言葉を借りれば、お前たちは白だからな」

「はい。話してくれるのを待ってるよ」

「いやいや、待たないでくれ。ぜひ答えを見つけてくれ。そして、できるなら失望しないでくれ」

 どういう意味だろうか。まぁ、どうせ今の俺には分からない。

「そういえば、この島は誰が買ったの?」

「この島か。俺の爺さんが買って、この館を建てたんだ」

「へぇ」

「一番栄えた時だからな。一番才能があったのも爺さんだったよ」

「そんなことは――」

「あるんだよ、これが」

 僕は何と言えばいいか分からなくなって、椅子から立ち上がった。同時に背後にあった壁掛け時計を見た。時刻は午後九時半だった。

「じゃあ、次は城木くんを呼んできてくれ」

「はい」と僕は言い、部屋から出た。

 一階へ向かう途中、まだまだ社長に聞きたいことがあったなと少し名残惜しい気持ちになった。だが、まだ明日があることに気付くとそんなことは忘れてしまい、代わりに少し憂鬱になった。全員同じ服を着る、敬語は禁止、そんな社長の奇天烈な趣味趣向のせいだろうか、このパーティーはどこかしっくりとこなかった。違和感と言うのが近いのだろうか。それを数日感じるというのは、僕の心をどんよりとさせた。毎年のことだから、前よりはマシになってきているが。

 食堂に入ると、僕は城木さんに社長の部屋に行くように伝えた。

「場所は?」

「二階の一番大きな部屋。玄関側にある部屋ね」

「あの部屋か。分かった」城木さんはそう言うと、食堂を出た。

 思いのほか城木さんはすぐに帰ってきた。時間にして十分くらいだろうか。

 城木さんはオープンキッチンで洗い物をしている、僕と三津崎さんに寄ってきた。

「次は三津崎さんだって」

「そう。分かったわ」そう返事をすると彼女は僕に向き直った。「じゃあ、あと洗い物お願いね。洗ったら食器乾燥機に入れてね」

「分かった」僕はそう言いながら、新婚生活ってこんな感じなのかなとドキドキしていた。

 タオルで手を拭うと、三津崎さんはエプロンを脱いで食堂から出て行った。

「手伝おうか?」と城木さんはまだ洗っていない食器を見た。

「いや、大丈夫だよ」と僕の新婚生活ごっこに入ってこないでくれと、彼の申し出をやんわりと断った。

 城木さんとうってかわって、三津崎さんはずっと帰ってこなかった。食器は全部洗い終わり、食器乾燥機に入れていた。そればかりか、僕はテーブルの上を拭き、キッチンまわりを掃除しはじめていた。

 遅いなぁ、と思ってから少し経った頃だろうか。三津崎さんが食堂のドアを開けて入ってきた。そして、花澤さんのところへと向かった

 ソファに座っていた花澤さんは、すっと立ち上がると食堂から出て行った。その隣では美静さんが気持ちよさそうに寝ていた。

 三津崎さんはそれを見ると、食堂を出て行った。そして、薄いブランケットを持ってきて、それをそっと彼女にかけた。

「それはどこから持ってきたんだい?」とサダさんが聞いた。

「これ? これは隣の保管室から」

「さっきはドアが開かなかったんだけど」

「鍵がついているの。……何か必要なものが?」

「いや、特にないんだけど。君が鍵を持っているの?」

「ええ、管理人だから」

 そう言うと、三津崎さんは花澤さんがいた場所へ座った。

 三津崎さんは優しい人だ。はぁ、どうにかして付き合えないものだろうか。

 僕は三津崎さんの隣に座った。ソファは三人座っても、まだ十分に余裕があった。もうちょっと余裕がなかった方が、個人的には嬉しいのだが。

「洗い物終わったよ」

「ありがとう。毎年助かるわ」

 彼女から微かにシャンプーの香りがする。どの香水よりも、爽やかで、清々しい。

「随分長かったね」

「そう? そんなにあの人と話したかしら」

 ん? ……まぁ、いいや。

「うん。そういえば今が何時か分かる?」

「いいえ。そういえば時計を見てないわ。私の部屋に行けば分かるけど。なんで?」

「いや、なんとなく。特別気にしているわけじゃないよ」

 僕が社長の部屋を出たのが九時半。今は何時だろう。まぁ、どうでもいいか。

 花澤さんが帰ってきたのは、それからしばらくしてからだった。三津崎さんよりは早く帰ってきたように思う。もしかして、社長は女性の時は長い時間をかけるのかも。僕はそんなことを思いながら、去年と一昨年のパーティーのことを思い出していた。なんとなくだが女性との話の方が、長かった気がする。だが、もう一年前のことなんか覚えていない。つまりはよく分からない。

 花澤さんの次は誰だろうか。サダさんだろうか、美静さんだろうか。だが、花澤さんは何かを持って、八屋さんのところへ向かった。

「ん? 俺に?」八屋さんは彼女から何か白いものを受け取った。

 八屋さんはそれを開くと、じっと眺めた。

「へぇ。珍しいな」

「何がだい?」とサダさんは八屋さんに近づいた。

「社長の手紙だ。続きは明日にするって書いてある」

「明日? ってことは?」

「たぶん、今日は解散だろう」

「どういうことだ?」

「ううん……」と美静さんが寝返りをうった。

「あの、なんだか眠いから今日はお終いにするって」と花澤さんが言った。

「それでこの手紙を?」

「はい。これを八屋さんに渡してくれと言われて」

「なるほどね……」八屋さんは白いメモ用紙らしきものをテーブルに置いた。「ということで、今日は終わりだ。皆、部屋に戻ろう」

「いや、ちょっと待て、どういうことだ」サダさんはまだ理解していないのか、納得していないのかそう言った。

「だから、定一郎――。社長は眠いから、続きは明日にするってことだよ」

「それで今日はもう終わりと? こんなに待ったのに」

「そうだね。申し訳ないとあいつも思っているだろう」

「いやいやいや。わがままっていうか、自己中心的というか」とサダさんは困惑した表情を見せていた。

 彼の気持ちが分からないでもない。でも、社長はそういう人なのだ。

「とにかく今日は終わろう。明日ゆっくり話せばいい」

「サダさんと美静さんには申し訳ないと言ってました」花澤さんがそう付け加えた。

「と、いうことだ」

「うーん」とサダさんは首をかしげた。

 僕らは皆で食堂に来たときのように、ぞろぞろと二階へと上がった。美静さんは目をこすりながら、最後尾にいた。

 二階に着くと、僕らは部屋へと続く廊下を歩いていった。だが、ふと後ろを振り返ると、美静さんが社長の部屋へと向かって行った。

「あ、美静さん、そっちは違うよ」

 僕がそう言うと、前にいた皆が立ち止まるのを感じた。

 すたすたと誰かが寄ってきた。

「美静さん」と三津崎さんが彼女に寄って行った。

 だが、美静さんは寝ぼけているのか、社長の部屋の前で立ち止まると、そっとドアを開けた。

 だが、すぐにそっと閉めた。

「美静さん」と三津崎さんが彼女の肩を掴んだ。

「あれ? ああ、ここ私の部屋じゃない」と美静さんは言った。

 後ろで失笑が漏れた。彼女は子供のようだな、と誰もが思ったに違いない。

 三津崎さんが彼女をきちんと部屋まで送ると、僕らは各々部屋へと戻った。

 僕は、朝からこの時間まで動かした体を休めるための準備をすることにした。シャワーを浴び、クローゼットにある用意されたパジャマに着替えた。そして、クーラーの切タイマーをセットし、ベッドの上に寝転んだ。


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