婚約破棄を決めたのは殿下ですわ、いまさら選択を後悔なさっても、遅いのです
前編 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ミルカ・サラード。そなたとの婚約を破棄させてもらう」
それはいきなりの宣言だった。
場所は学園。
衆人環視の中。
というか、功績のあった生徒をたたえる集会の場ですね。
そこに我が婚約者…この国の王太子クワイル・エーデル殿下が登壇し、称えられることを待っていた生徒たちを無視して婚約破棄を叫んだわけです。
彼の隣にはふわふわのハニーブロンドのかわいい女の子。
「私はここにいるリリー・アゼリア男爵令嬢を婚約者とすることをここに宣言する。
私たちは真実の愛を見つけてしまったのだ」
そして見つめあう二人。
申しおくれました。わたくしはミルカ・サラードと申します。伯爵家の長女ですわ。
残念なことにクワイル殿下とは幼馴染。
子どものころに整えられた殿下と婚約者候補の集い。みんなでお友達から始めましょうの会。
そして最終的に選ばれたのが私でした。
選考基準は伯爵家以上の家格であとは能力ですね。
殿下の性格を一言で言うなら『夢見がち』と言えるでしょうか。
理想と現実の区別がちょっとあいまい…いえ、すごくあいまいな人なんです。
子どものころはそれでもよかった。
『僕は勇者だ!』
とかいって、王城の壺を割って歩いたりするぐらいなら…いえ、あれもものすごい額の損害でしたね。
殿下は二、三日歩けなくなるぐらいお尻を叩かれてましたけど…結局性格は治りませんでした。
なので私が現実担当という形でしょうか。
でもそれほど大変でもありませんよ。
行政の仕事なんてある程度は定型化しているものですから、事前に準備を整えてあげればちゃんと回ります。
それに王族の仕事は調整役で、企画立案などは役人の仕事ですから。
殿下は確かに夢見がちでしたけど、荒唐無稽というほどではありませんし、事前調整をしてあげればちゃんとお仕事できてました。
見目好い方なのでカリスマはあるんです。
だから安心していたというのもあります。
そしたらいつの間にか真実の愛とか言い出してしまって…
「というわけで、私がともに生きていくべき女性はリリー以外に存在しない。
これは運命なのだ!」
はい、というわけで、殿下の『真実の愛がどういうものだったのか』というご高説が終わりました。
しょうがないですね。
「わかりました。
婚約破棄は受け入れますわ。
これだけ、大勢の人の前で宣言した以上、もう取り返しも付きませんでしょう。
あとは王家と伯爵家との話し合いで落としどころを見つけるしかありませんね」
家は伯爵家で、殿下の後ろ盾というわけでもありません。
さすがに力が弱いですから。
それに殿下のお母上、王妃様のご実家は力のある公爵家。
別に婚姻で後ろ盾を作る必要はなかったんです。
だから殿下にとって価値のある存在だったのは家ではなくて私。
でも、もういいですよね。
ちょっと、疲れました。
私16歳なのに朝から晩までお仕事してますもの。
どうせ王陛下にご相談してもリリー嬢との婚姻は難しいと考えた殿下が、取り消しできないようにとこの場を選んだんでしょう。
派手にぶち上げれば取り消しはできないって…取り返しがつかないの間違いなんですけど…
まっ、婚約関係が解消されればお守りも必要ありません。
チラリとみたらリリー嬢がウルウルした瞳で祈るように手を組んで殿下に寄り添っています。
頑張ってほしいものです。
◇ ◇ ◇ ◇
大事になりました。
そしてすぐに決着しました。
あれだけ大々的に婚約破棄を宣言すれば取り消しなどできるはずがありません。
取り消すなどと言ったら、それこそ王家の威信に傷がついてしまいます。
権威など地に落ちてしまいます『綸言汗の如し』というのは確かに正しいのです。
まあ、殿下は君主ではないですけど、次の君主となる人ですし、まだお若いので、一度だけは大目に見てもらえるということのようです。
さて、殿下の宣言によって婚約関係が消えてなくなるのは決定事項。もう揺らぎません。
となればあとは賠償金や慰謝料をどうするかという話です。
私は王太子妃教育という名目で、結構ハードな日々を送っていたわけですし、遊びに行くような暇もありませんでした。
それに私も16歳、今から結婚相手を探すのも難しいというもの。
優良物件は大体売れてしまっています。
まあ、幸いこの国は女性も自立していますから、独立して一貴族として暮らせばいいだけではありますけど。
そのためにも慰謝料はしっかりいただきましょう。
今までの私の仕事に対する報酬も含めて。
「ミルカ様、申し訳ありません、この案件なのですが…」
この人は外交官の小父さんですね。
近々ある隣国の要人のおもてなしの話でしょう。
王弟殿下ということですが、ちょっと好みがうるさいんですよね。
でも。
「申し訳ありませんが、私にはもう権限がありませんので口出しは控えさせていただきますわ」
「ええ、今までだって、別に何か役職があったわけではないではありませんか!」
あほですかこの人。
「今までも確かに役職はありませんでした。ですが、王太子殿下は権限を持っておいででしたし、私は婚約者として、殿下のサポートはできたのですわ」
まあ、ほとんど私がやってたんですけど。
「ですが今は完全に無位無官。
それに、私も自分の身の振り方を優先しなくてはならない状況ですわ。
殿下にご相談なさってください」
資料はちゃんとそろっているはずですよ。
うーん、私は王城に賜っていたお部屋を片付けに来ただけなんですけどねえ…
「ミルカ様、この度の用水路の整備に関しまして…」
また来た。
私ももう一度同じお話をします。
そしたら次はパーティーの招待者の席順?
もう一度…
いけないわ、早々に城から抜け出さないと。また仕事を押し付けられる。
私は結構慌ててお城を後にしました。
中編 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
もろもろ処理が済み、王陛下から王太子殿下とリリーの婚約が発表されました。
それが適切であろうと、なかろうと、王家が公衆の面前でやってしまったことを取り消すことはできまませんからね。
合わせて私には何の責任もない事も発表されました。
ただ、そういうことなのだと。
私の婚約者の選定は難航しそうですけど、陛下の発表のおかげで白い目で見られるようなことはありません。
事情を知っている人もそれなりにいるのでかえって気を使われているぐらいです。
なのでおおむね穏やかな日常と言うことができるでしょう。
いえ、私にとっては。ですね。
殿下の方はちょっと波乱です。
まず婚約披露パーティーで問題が発生しました。
「皆様にはご心配をおかけしたが、この度リリー・マルネ男爵令嬢との婚約が無事に整った。
お詫び申し上げるとともに感謝する。
これからは彼女と力を合わせ、この国を導いていきたいと考えている。
よろしくたのむ」
私?
私ももちろん参加しましたよ。だって参加しないと私が気にしているみたいじゃないですか。せっかく陛下が私には何の問題もなかったと明言してくれているのに。
王太子殿下のスピーチの間、リリー嬢は控えめに寄り添い、見た目はお似合いのカップルでした。
でも王族の結婚なんて必ず利権が絡むものです。
私がそのまま嫁に行けば、それなりに良い思いをすることのできる貴族もいたわけですよね。
そういう人たちは当然面白くない。
パーティーであいさつを交わしあう人々。
明らかに不機嫌な人もいれば、苦言を呈する人もいる訳です。
最初は黙って耐えていたリリー嬢でしたが、やはり限界はあるようで、ついに泣き出してしまう場面がありました。
ここで殿下がリリー嬢をかばうというのは、自然な流れなんですけど、やり方がまずかったのです。
その時話をしていた貴族を『将来の王太子妃に向かって無礼であろう』と怒鳴りつけてしまったんです。
お披露目パーティーですよ。
リリー嬢の顔を売るためのパーティーです。
あと、彼女を良しなに。と頼むためのパーティーです。
敵対的な貴族と、少しでも関係をよくするためのパーティーです。
相手は鼻からケンカ腰、それを躱して穏当な関係を作るのが腕の見せどころ。
真っ向から迎え撃ったら収拾がつきません。
リリー嬢はそれ以上パーティーを継続などできるはずもなく、退場。王太子殿下も付き添って席を立ちました。
王太子殿下に厳しいスタンスをとっていた貴族たちも席を立ちました。
あとは王太子派の貴族が残ってどうしていいかわからずに座っているというシュールな世界。
私はもちろんお暇しました。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらくして、母が王宮のうわさを拾ってきました。
女性というのはうわさ好きが多くて、当家にも飛べない雀が生息しています。
まあ、ここだけの話をちゃんと守るので、かわいい雀達です。
母はそういった雀たち相手によく社交界の話をします。
面白おかしく。
今日は私も呼ばれました。
「王宮ではいろいろ問題が発生しているみたいね。リリー嬢がいろいろやらかしているとか」
「例えば?」
「そう、会議の場で口にすべきでないことを口にしてしまったり、言うべきことを言わずに済ませたり」
「まだ勉強が追い付いていないのですね」
「そうね、その都度、王太子殿下がリリー嬢をかばっておいでだそうよ。
慣れてないのだからゆっくりでいいのだと。
無理をするときつくなるから無理をしてはいけないのだと」
私はため息をつきました。
それから数日。私の家に客がありました。
各部門の室長達ですね。
王太子殿下は将来のための経験という理由で、国の機関のいくつかの統括責任者になっています。
本来は全体を統括するのは国王陛下のお仕事ですが、陛下は多忙です。
そればかりにかかずらわっていることはできません。
将来的には国王陛下の職務のいくばくかを殿下のもとに移す準備という意味でも、殿下が政務に参加するのは当然の流れです。
仕事の内容は各部門を横断的に統括する調整役で、全体に気を配らないといけないのでなかなか大変なんですよね。
各部門が勝手に動いては全体のバランスが崩れてしまいます。
もちろん王太子妃(予定)も殿下のサポートという形で加わります。
つまり私がやっていた仕事です。
「ミルカ様、何とかご協力いただけませんか、ミルカ様がいないと調整に時間がかかって…」
「先日など大蔵と外交の業務がバッティングしてひどい目に遭ったんです」
「このままで国の行政が滞ってしまいます」
「それはできません、あれは殿下のお仕事です」
「「「そんな!」」」
「殿下がその手の仕事を放棄するとは思えないのですけど、どうしておられるのです?」
「それはそうなのですが、結局のところはリリー嬢がうまくできないことが問題なのです。
各部門も仕事が山場になると殺気立ってきます。
早口にもなりますし、威圧的にもなります。仕事と怒号が飛び交うような現場です」
そうでしたね、あれは修羅場でしたね。
「殿下もお忙しく、本来であれば婚約者であるリリー嬢が情報をまとめ整理し、殿下の判断を助けるようにならねばならないのですが、全く仕事に追いつけず、
またクワイル殿下が、慣れるまでそっとしておくようにと…無理をさせる必要はないと…」
「ですので、一時でかまいません、ミルカ様にお戻りいただいて…」
「それはできません。
これは王太子夫妻の職務です。
それに私にはもう、その職務に手を出すいかなる権限もありません。
現在あなたたちがやっているこれは、突き詰めれば機密の漏洩にあたります」
「「「うっ」」」
「特例ということで何とか…」
「特例とは他にどうしようもないときに王陛下が特に判断されることです。今回のそれはそれにあたりません。
それに、解任して王宮から出された私が口を出すことは王家の判断に異議を唱えることです。
二重の意味で重大なことですよ。あなたたちにその責任を取る覚悟がありますか?」
「「「ぐっ」」」
「とにかく必要な資料はすべてそろっているのですから、そちらで何とかしてください。
いまの私はただの伯爵家の娘でしかないのです。
私が国政に口を挟むことなど許されることではありません」
お客様にはお帰り頂きました。
皆で甘えを捨てればどうにかなるでしょう。
後編 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
またお客様です。
「ミルカ、すまなかった…私には君が必要だったのだ。それがよくわかった」
応接室に入るなり、殿下は開口一番そうおっしゃいました。
状況は把握しております。
殿下がリリー嬢と婚約してからすでに半年ほどたっています。
私は王都のタウンハウスと領地を行ったり来たりで現場で仕事と勉強の日々。
それでも、お城のうわさ話は伝わってきました。
というか母様が噂を拾ってきて、雀たちが録音係で帰ってくると再生されるんですよね。
噂によるとお城の業務は少しずつ軋んでいったようです。
滞るわけではありません。
破綻するわけでもありません。
でもうまくいかないところがでる。
それはリリー嬢の仕事が足りていないからです。
大目に見てほしい。待ってやってほしいと殿下がかばってきましたが、歪みは降り積もって大きくなっていきました。
最近になって王陛下と、王妃陛下が調整に乗り出していたようですが、全部というわけには当然いきません。
そして先日、決定的なミスがありました。
隣国の王弟殿下。
この方、ガチガチの国粋主義者で、自分の国が世界一素晴らしいと信じて疑わない方なんですよね。
他国でそれを押し付けたりはしないので、無知な方ではないのですが、それだけに譲れない部分は本当に固いです。
半年もの間、情報のやり取りと調整を重ねていよいよ条約の締結。
王陛下、王妃陛下は条約の調整を担当して、王太子殿下とリリー嬢がおもてなしを担当する手はずでした。
難しいことはありません。
歓迎の料理を隣国のものをメインにして敬意を示し、歓迎の意味で我が国の料理をいくつか混ぜる。
王弟殿下は自国の文化を素晴らしいと賞賛しつつも我が国に敬意を払い、『貴国の文化もまたよい物ですな』とほめてめでたしめでたし。
となる予定でした。
料理は確かにその通りでした。
でも、食材が他国のものだったのです。
しかも、隣国の料理に使われた食材や調味料が。
こういうアレンジは普通にあるものです。
だって美味しいですから。
でも、隣国の王弟殿下には逆鱗でした。
「なぜ、我が国の素晴らしい料理をあのような下らない国の食材で穢すのか!」
隣国とその国、なか悪いんですよ。
おかげで条約の締結は延期。
条件の見直しは我が国にとって厳しいものになるでしょう。
歓待の責任者である殿下とリリー嬢は、現在非難の集中砲火を浴びているという状態のようです。
「君を捨て、リリーを選んだことが間違いだった…
なんとか、戻ってもらうことはできないだろうか…」
この方は、やはりわかっていないのですね。
「それは不可能ですわ」
私は言い切ります。
殿下はすがるような目で私を見ます。
「殿下が間違ったのは私よりリリー嬢を選んだことではありません。
リリー嬢を甘やかしたことです」
殿下はびっくりしたように目を開きました。
「王太子妃教育、ひいては王妃教育というのは、何年も時間をかけて行うものです。
わたくしも婚約が調ってから5年もかけて教育を受けたんです。
令嬢教育は生まれたときからです。
伯爵家というのは上位貴族でしたが、それでも大分苦労いたしました」
「その足りないものを、リリー嬢はわずかな時間で身につけなくてはならなかったのです。
大目に見てもらうような余裕も、長い目で見てもらうような余裕も、そもそも存在しません。
殿下がリリー嬢と幸せになろうと思ったら、彼女が泣こうと、喚こうと、力ずくで、無理矢理にでも、寝る時間を削ってでも、それを身につけさせなくてはいけませんでした」
殿下が何か言いたそうに口を開きかけましたが、私は言葉をかぶせます。
「できるできないではありません。やるしかないのです。
ほかに道などなかったのです」
そしてそれは、殿下の試練でもあったのでしょう。
王家という看板を背負って、行動した結果であるのですから、期待された結果を出せなければどうなるか…
「私は…リリーに笑っていてほしかったんだ…
幸せに…
それだけで…」
「幸せに笑っているためには期待される役目を果たさなくてはいけません。
幸せな時間というのはその先にしかないのですわ。
そしてそこにたどり着くには、相応の代償が必要なのですわ」
殿下の過ちは払うべき代償を考慮しなかったことですね。
殿下はそのままお帰りになりました。
殿下もまた代償を払わなくてはいけません。
殿下は…失敗したのですから…
◇ ◇ ◇ ◇
後日、王太子殿下が、王太子の冠が外されました。
不適格として王位継承権を剥奪されたのです。
そして地方に領地を貰い、一貴族として暮らしていくことになりました。
可もなく不可もない領地です。
格としては当家と同じ伯爵待遇。
地道に領地を経営していけば暮らせる立場です。
辺境や外交など、重要な仕事を任せられない。と判断されたということです。
廃嫡理由も同じです。『国家の重責を任せるに足らず』という判断。
もちろんリリー嬢も伯爵夫人として付き従います。
王族の権限をもって私との婚約破棄を行った以上、そのあと結ばれた原因たる婚約を解除することは当然許されません。
最近はケンカが絶えないといううわさも聞こえてきます。
間違った選択を繰り返した結果がこれということですね。
人のことは言えません。
正しい選択肢を選び続けるのはとても難しいことですから…
私の隣には私の選択の結果として、夫となるべき人がいます。
良い人だと思います。
この人と幸せに暮らしていけるかは、これからの選択。努力の結果に依るんでしょうね。
「なに、何事もよく話をして、二人でよい道を選んでいけばきっと何とかなるよ」
「ええ、そうですね。少なくともやるべきことから逃げるのはなしにしましょう」
最後に殿下、人生はまだまだ続いていくのです。選択は命が尽きるその時まで繰り返し訪れますわ。あなたたちが少しでも良い未来を選択できることをお祈りします。




