第9話 罪滅ぼしのために
アズールは今から百年ほど前、ウーファイアという魔法使いに「魔法道具の管理者」として選ばれた一人だった。
彼が預けられたものは『真偽の石』。これは、嘘をついている者を見抜くことができる魔法道具と言われている。アズールはそれをウーファイアに託されると、「エルジア教」に入るよう命じられた。
「エルジア教」は、「魔法使いを尊い人種」であることを主張した宗教団体である。
当時12歳だったアズールは、何でも素直に言うことを聞いてしまう純真さが災いし、先教者(牧師のようなもの)に言われるがまま『真偽の石』を使った。石は「信者が本当に信者であるかどうか」という真偽を見抜くために用いられ、信者でない者は処罰がなされた。
後に、『真偽の石』は「嘘を見抜くもの」ではなく「魔法使いを見抜く」ための代物であることが分かったが、時すでに遅く、「処罰」という名の下で幾人もの魔法使いが殺されてしまい、魔法使いが住む島では同胞同士の大戦争が起こり、非魔法使いだけが住む島から見て北にある大陸では、逃げ込んだ魔法使いを始末するために「魔法使い狩り」が始まったのである。
このときアルテイシアは魔法使い狩りとして、『魔術書』を手に最前線で戦っていた。彼女もそれが正しいと信じ、ウーファイアの望む世界―—魔法使いのいない世——を作るための手助けをしていたのである。
アズールは後に、魔法使い同士が戦い合うきっかけを作ってしまったことに気づき、自傷行為を繰り返していた。
魔法使いの裏切り者として捉えられ、「エルジア教」の塔の中で死のうとしたところ、ウーファイアの元から逃げ出してきたアルテイシアに助けられ今に至る。
そのためアズールは、信仰もそれに準ずるものも酷く嫌っていた。
「死者を送り出すという儀式が宗教と繋がらないってわけじゃないけど、『弔う』というのは、どっちかっていうと生きている側のためでもあるんだよ」
「生きている側?」
訝しげに尋ねるアズールに、アルテイシアは頷く。
「そう。私たちが生きているから、失った気持ちを共有し、悲しみ、泣くために、死者を弔うんだ」
「でも……どうしてですか?」
「ルイーゼさんが言っていただろう? 彼がまだ生きているように思うと」
「……それはまだ認めたくないということではないですか?」
「当然それもある。愛した者が死したとき、きっともう一度会いたいと誰でも思うことだ。でも、彼女が他の人とは違うのは彼の亡骸を見ていないということ。生きている者が死者と向き合うとき、それはちゃんとお別れをするということなんだよ。『ダニエルがまだ生きているかもしれない』って思い続けることじゃなくて、『きっと天に召されて幸せに暮らしている』と思うことなんだ」
するとアズールはふいと視線を外し、「あの世などありません」と冷たく言い放つ。
「あの世がある」と先教者が言い続けたことにより、この世を蔑ろにしてきた者達をたくさん見てきたせいでそう思うのだろう。
アルテイシアは瞼を伏せ、さみしげに自分の言葉を呟く。
「アズールはそう思うんだね。でも、それも――」
「見えぬことですから、私がその考えを否定することはできない」
思いがけずアズールが代わりに言葉を引き継ぐ。彼のほうを見ると、納得はいっていないようではあるが、それでも歩み寄ろうとする気持ちがあるように思えた。
アルテイシアは胸が温かくなるのを感じ、大きく頷く。
「そう、その通り。でも、反対のことを言えば私もアズールの考えを否定することもできない。そうでしょう?」
そう言って、彼女は柔らかく微笑んだ。
「……はい」
アズールは複雑な表情を浮かべつつ、小さく頷く。
彼には許せない過去がある。信じてしまったばかりに、多くの魔法使いの生命を奪うことになってしまったのだから。
それでも、理性では相手の考えを一方的に嫌悪するのは良くないと思っているのだろう。その歩み寄りを感じ、アルテイシアはアズールの優しさに少し心が痛くなった。
「私たちが分かるのは、目の前にあるものだけよ。だから、ちゃんと『さよなら』をする。もう、この世界にはいないんだ、ということを認識する。それはとても大切なことだ。死者は絶対に蘇らない。研究している人たちもいるみたいだけれど、生前と同じ人を戻すことは不可能よ。それはウーファイアも言っていた」
アルテイシアは「ウーファイア」と自分で言って、困ったような、しかしどこか懐かしいような気持ちになる。アズールはあまりウーファイアと関わったことがないので、自分を人生を狂わせた諸悪の根源としか思っていないようだが、アルテイシアはそれ以外の感情も「ウーファイア」に対してはある。
「ウーファイア」は魔法使い狩りを始めた張本人ではあるが、別の角度から見れば被害者であり、非魔法使いたちのために戦った魔法使いだった。
「じゃあ、ルイーゼさまが、アルテイシアさまにお礼を言ったのは、心の整理がついたからですか……?」
アズールは「ウーファイア」のことに触れないよう、言葉を選んだようだった。彼はやはり彼女を許すことはできないのだろう。だがそれも仕方のないことである。
「私は自分がやったことが、彼女のためになったと思いたい。そう思うことが、私にとっての罪滅ぼしになるから。自分勝手だけどね」
「僕はアルテイシアさまのお気持ちを尊重します」
「ふふ、ありがとう」
アズールの瞳を見ると、蝋燭の灯がきらきらと揺らめいている。話を聞いて納得したようである。アルテイシアは伸びをして息をつくと、アズールが入れてくれたルヴァリシュルを一気に飲んだ。
「うん、美味ししい。喉が渇いているから、もう一杯入れてくれる?」
「かしこまりました」
こうして今宵も、彼らの夜は更けていったのだった。
(完)




