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路地裏の自販機が売っていたのは、失くした青春でした  作者: 久遠翠


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第5話「夜空に咲いた違和感」

「たまやー!」

 拓也の間の抜けた声が、夏の夜空に響き渡った。

 ヒュー、と甲高い音を立てて昇った光の玉が、夜のキャンバスに巨大な花を咲かせる。ドーン、と少し遅れて腹の底に響く重低音。火薬の匂いが、潮風に混じって鼻腔をくすぐった。


 サークル仲間と来た、恒例の夏の花火大会。

 十年前のこの日、俺は人混みにはぐれてしまい、結衣と話す機会をほとんど作れなかった。だからこそ、今回は入念に準備を重ねた。事前に人の少ない穴場スポットを調べ上げ、仲間たちをそこへ誘導したのだ。


「ケンゴ、すげえ! ここ、めちゃくちゃよく見えるじゃん!」

「だろ? 昔、親父に教えてもらったんだ」


 適当な嘘をつくと、仲間たちは素直に感心してくれた。俺は得意げな気持ちで、隣にいる結衣に視線を送る。彼女は、夜空に咲いては消える色とりどりの光を、うっとりとした表情で見上げていた。その横顔が、花火の光に照らされて、一瞬一瞬、違う色に染まる。赤、青、緑、そして金色。あまりの美しさに、俺は息を呑んだ。


「すごいね……こんなに近くで見たの、初めてかも」

 結衣が、俺の方を向いて微笑んだ。

 その笑顔だけで、周りの喧騒が嘘のように遠のいていく。


「喜んでもらえて良かったよ」

 俺は、心臓の音ができるだけ彼女に聞こえないように祈りながら、そう答えるのが精一杯だった。


 計画は、完璧に進んでいる。

 海へ行った時もそうだった。十年前、俺たちはクラゲに刺されるというトラブルに見舞われたが、今回は俺が事前にクラゲ除けのクリームを全員に配っておいた。そのおかげで、誰もが心から海水浴を楽しむことができた。


 何もかもが、俺の描いた設計図通りに進んでいく。

 仲間たちは、最近の俺を「頼れる企画部長」なんて呼んでもてはやすようになった。結衣も、以前よりずっと気さくに話しかけてくれるようになり、その距離は確実に縮まっている手応えがあった。


 なのに、なぜだろう。

 夜空に大輪の花が咲き乱れるたび、歓声が上がるたび、俺の心に広がっていく、あの黒い染みのような焦燥感は、消えるどころかますます濃くなっていく気がした。


 この楽しさは、俺が未来を知っているから作り出せたものだ。

 この笑顔は、俺が失敗を未然に防いだことによって生まれたものだ。

 それは、本当の意味で俺自身が勝ち取ったものではないのではないか?


 まるで、テストでカンニングをして高得点を取っているような、後ろめたさ。

 仲間たちが俺を褒めてくれればくれるほど、その罪悪感が胸をチクリと刺した。


「ケンゴ?」

 不意に、結衣の声で我に返る。

 いつの間にか、俺は花火を見るのも忘れ、一人で考え込んでしまっていたらしい。


「あ、いや、なんでもない。ちょっと、考え事してた」

「そっか。……最近のケンゴ、すごいよね。何でも知ってるし、いつもみんなを楽しませてくれて、本当にすごいと思う」


 結衣からのストレートな賞賛。

 十年前の俺なら、天にも昇る気持ちだっただろう。

 だが、今の俺は、素直にその言葉を受け取ることができなかった。


「……そんなことないよ。俺は、ただ……」

 ただ、未来を知っているだけだ。

 そう言いかけて、慌てて口をつぐんだ。


「ただ?」

 結衣が不思議そうに首を傾げる。


「いや……ただ、みんなに楽しんでほしいだけだよ」

 俺は、なんとか笑顔を取り繕ってそう言った。

 結衣は「そっか。ケンゴは優しいね」と、またふわりと微笑んだ。


 その時、ひときわ大きな打ち上げ花火が、夜空を真昼のように照らし出した。

 光に照らされた結衣の笑顔は、あまりにも眩しくて。

 俺は、その笑顔から逃げるように、少しだけ目を伏せてしまった。


 完璧なはずの夏に、小さな亀裂が入り始めたのを、俺は確かに感じていた。

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