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路地裏の自販機が売っていたのは、失くした青春でした  作者: 久遠翠


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第4話「未来を知る男」

 その日から、俺の「完璧な夏」を演出するための日々が始まった。

 まるで、答えが全て書かれた攻略本を片手に、人生という名のゲームをプレイしているような感覚だった。


 まず俺が取り掛かったのは、サークル内での立場を確立することだった。

 十年前の俺は、どちらかというと輪の中心にいるタイプではなかった。面白いことを言うのはいつも拓也の役目だったし、俺はそれを隣で笑って聞いているだけ。


 だが、今の俺には「未来の記憶」という最強の武器がある。

 飲み会では、これから流行る芸人のギャグをいち早く披露して場を沸かせた。まだ誰も知らないはずのネタに、仲間たちは腹を抱えて笑い転げた。「ケンゴ、お前いつの間にそんな面白くなったんだよ!」と拓也に背中を叩かれながら、俺は優越感にも似た喜びを噛み締めていた。


 サークルの企画会議では、これから話題になるスポットを提案した。

「隣町の河原で、最近バーベキューができるようになったらしい。まだあまり知られてないから、穴場だと思うぞ」

「駅裏に、すごく雰囲気のいい古民家を改装した居酒屋ができたんだ。コース料理が安くて美味いって評判だ」


 俺の情報は常に的確で、仲間たちは「ケンゴの情報網、どうなってんだよ!」と驚き、感心した。企画は次々と採用され、俺はいつしかサークル内で一目置かれる存在になっていった。


 もちろん、結衣との距離を縮めることも忘れてはいなかった。

 彼女が興味を持ちそうな話題を、絶妙なタイミングで振る。

「そういえば早瀬って、マイナーな洋楽バンド好きだったよな。最近、俺も聴き始めたんだけど、このバンドとかどうだ?」

 俺が挙げたのは、数年後に日本でも大ブレイクするバンドの名前だ。結衣は「え、すごい! なんで知ってるの!?」と目を丸くして喜び、そこから音楽の話題で大いに盛り上がった。


 彼女がレポートの課題で苦戦していると聞けば、過去の記憶を頼りに的確なアドバイスを送った。

「そのテーマなら、確か図書館の三階にある社会学の棚に、すごく参考になる本があったはずだ。去年の先輩もそれを使ってたって言ってたぞ」

 俺の助言のおかげで、結衣は無事にレポートを提出することができた。「ケンゴ、本当にありがとう! 神様かと思った!」と両手を合わせて感謝された時は、有頂天になりそうだった。


 何もかもが、驚くほど順調だった。

 失敗を事前に回避し、誰もが喜ぶ選択肢だけを選び続ける。

 俺が企画したバーベキューは大成功に終わり、みんなの笑顔が真夏の太陽の下で弾けた。俺が見つけた居酒屋は、料理も雰囲気も最高だと絶賛された。


 結衣とも、二人きりで話す機会が格段に増えた。約束通り、駅前のカフェにも二人で行った。ふわふわのパンケーキを頬張りながら、他愛のない話で笑い合う。十年前の俺が、喉から手が出るほど欲しかった時間。その幸福な時間を、俺は今、確かに生きている。


 彼女の笑顔を見るたびに、胸が高鳴った。

 今度こそうまくいく。この夏が終わる頃には、俺は結衣の隣にいるんだ。

 そんな確信が、日増しに強くなっていった。


 だが、その一方で。

 楽しければ楽しいほど、成功を重ねれば重ねるほど、俺の心には奇妙な焦りが、まるで小さな染みのようにじわりと広がり始めていた。


 この時間は、有限なんだ。

 いつか必ず終わりが来る。

 だからこそ、一日一日を完璧に過ごさなければならない。一瞬たりとも無駄にしてはいけない。少しの失敗も、後悔の種も、残してはならない。


 その強迫観念が、見えない鎖のように俺の心を縛り付けていることに、この時の俺はまだ気づいていなかった。


 ただ、がむしゃらに。

 完璧な夏の設計図を、俺は寸分の狂いもなく描き続けようとしていた。

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