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路地裏の自販機が売っていたのは、失くした青春でした  作者: 久遠翠


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12/12

エピローグ「月が照らす道」

 あれから、五年という月日が流れた。


 俺は、今も同じ会社で働いている。役職は少しだけ上がり、生意気だった後輩の高橋は、今ではすっかり頼もしい部下になった。仕事は相変わらず忙しいけれど、あの頃のような絶望的な息苦しさは、もう感じない。


 鈴木とは、今でも時々、昼飯を一緒に食べる仲だ。

 週末には、新しくできた趣味のフットサルで汗を流すようにもなった。

 劇的な変化はない。けれど、俺の世界は、あの灰色だった頃と比べれば、随分とカラフルになったと思う。


 もちろん、今でも後悔することがないわけじゃない。

 仕事でミスをして落ち込む日もあれば、人間関係で悩む夜もある。

 でも、その度に思い出すんだ。


 過去は変えられない。だけど、未来は変えられる。

 不器用な自分を、格好悪い自分を受け入れて、ただ、今日できる一歩を踏み出す。

 そうやって、俺は少しずつ、自分の人生を歩んできた。


 ある秋の夜、俺は仕事帰りに、少し遠回りをして公園を散歩していた。

 空には、あの夜と同じような、綺麗な月が浮かんでいる。


 公園の出口にある、大きな交差点。

 信号が赤に変わり、俺は立ち止まって青になるのを待っていた。

 ぼんやりと、向かい側で同じように信号を待つ人々を眺める。


 その、人混みの中に。

 見覚えのある横顔を見つけた気がして、俺は思わず息を呑んだ。


 少しだけ大人びて、髪はあの頃より少し伸びているけれど。

 優しい笑顔の面影は、少しも変わっていない。


 早瀬、結衣。


 彼女は、隣にいる小さな男の子と手をつなぎ、何かを優しく話しかけていた。その薬指には、細く光る指輪があった。


 信号が、青に変わる。

 人々が一斉に、こちら側へ向かって歩き出す。

 彼女も、男の子の手を引きながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


 心臓が、少しだけ速く脈打った。

 声を、かけるべきか。いや、やめておこう。

 彼女はもう、彼女の人生を、幸せに歩んでいるんだ。


 俺は、彼女に気づかれないように、少しだけ俯いて、彼女とすれ違った。

 ほんの一瞬、彼女が使っているシャンプーの香りが、ふわりと鼻をくすぐった気がしたそれは、あの夏の匂いとは違う、穏やかで、優しい香りだった。


 それで、よかった。

 彼女が幸せなら、それでいい。

 あの夏は、俺の心の中だけで、大切にしまっておけばいい宝物なんだ。


 俺は、もう一度前を向いた。

 俺は、もう一度前を向いた。そして、自分の帰るべき場所へと、しっかりとした足取りで歩き出す。振り返ることなく、俺は空を見上げる。


 振り返った時、彼女はもう人混みに紛れて見えなくなっていた。

 俺は空を見上げる。

 月が、まるで「それでいいんだよ」とでも言うように、俺のことを静かに、優しく照らしてくれていた。


 雨上がりのアスファルトは、もう乾いている。

 俺の道は、未来へと、まっすぐに続いていた。

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