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路地裏の自販機が売っていたのは、失くした青春でした  作者: 久遠翠


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番外編「君がいた夏(結衣の視点)」

 あの年の夏、ケンゴが少しだけ変わったことに、私はすぐに気がついた。


 それまでの彼は、どちらかというと少し控えめで、みんなの話をにこにこしながら聞いているようなタイプだった。不器用で、格好つけようとして空回りすることもあって、でも、そこが彼のいいところだと私は思っていた。


 それが、夏休みが始まった頃から、急に彼はみんなの中心にいるようになった。

 誰も知らない面白い話をして場を盛り上げたり、私たちが喜びそうな企画を次々と立ててくれたり。まるで、未来でも見てきたみたいに、私たちの心を的確に読んで、楽しませてくれる。


 みんなは「ケンゴ、すごい!」と彼を褒めそやした。

 もちろん、私も嬉しかった。彼のおかげで、あの夏は本当に、毎日がキラキラして見えたから。


 彼に「二人でカフェに行かない?」と誘われた時は、心臓が飛び出るかと思った。

 ずっと前から、彼のことが少しだけ気になっていたから。

 二人で食べたパンケーキは、甘くて、ふわふわで、夢みたいな味がした。


 でも、日が経つにつれて、私は少しずつ違和感を覚え始めていた。

 彼がくれる楽しさや面白さは、なんだか全部、あらかじめ用意されていたものみたいだった。彼が口にする言葉は、いつも完璧な正解で、そこに彼の迷いや、ためらいが見えなかった。


 彼が、どんどん遠い存在になっていくような気がして、少しだけ寂しかった。

 私が好きだったのは、完璧な彼じゃない。

 一生懸命に言葉を探して、時々、変なことを言ってしまっては、照れ臭そうに頭をかく、あの不器用な彼だったから。


 合宿の夜、肝試しで二人きりになった時、私はその違和感を確信した。

 脅かし役に驚いたふりをする彼の横顔は、少しだけ笑っているように見えた。全部、お見通しだ、とでも言うように。

 その時、悲しいくらいに分かってしまった。ああ、今の彼は「完璧なケンゴ」を演じているんだ、と。


 だから、私は思わず言ってしまったんだ。

「無理はしないでね」って。

「昔の不器用なケンゴも、好きだから」って。


 それは、私の精一杯の気持ちだった。

 完璧じゃなくていい。格好悪くたっていい。

 ただ、ありのままのあなたでいてほしい。

 そんな想いを込めた言葉だった。


 私の言葉を聞いた時の、彼の顔を、私は多分、一生忘れない。

 すごく驚いて、傷ついたような、でも、何かから解放されたような、不思議な顔。


 あの夏以降、彼はまた、元の少し不器用なケンゴに戻った。

 結局、卒業するまで、私たちの関係が大きく変わることはなかったけれど。

 それでも、私にとってあの夏は、忘れられない、かけがえのない宝物だ。


 完璧な彼がくれたキラキラした思い出と、不器用な彼がくれた切ない思い出。

 その両方を含めて、私は、あの夏が、そして相馬健吾という人が、大好きだったのだ。

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