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空の桃畑

作者: 宇佐山彩葉
掲載日:2026/01/15

澄み渡るような青空を分ける様にどこまでもどこまでも続く長く階段を一人の老人が登っていた。

 老人は手に年季の入った杖が握り背中には、お弁当の入ったリックサックを背負い、肩には水筒をかけ、まるでピクニックにでも行きそうな出で立ちだ。

 老人は一歩、一歩、ゆっくりと登って行くと上の方に何か白くて、頭の上にちょこんと赤いひらひらをつけた物体があるのが見える。

だんだんとその物体に近づいていくとそれは、一羽の大きなにわとりだということがわかった。

にわとりは、歩き疲れたのか階段にべったりと座り込んでいた。

「こんにちは、にわとりさん。今日はとても良い日だね。」

「ぜぇぜぇ、こっこんにちは。おじいさん。どうしてそんなに元気なんだい?まるで、疲れなんて最初から感じない体……」

にわとりのそんな問いを遮るかのように老人は言った。

「そんなことはないさ。朝、起きたら白い階段があって、休み、休みきたからねぇ~。結局君が休んだ時間とあまり変わりはしないのさ。」

「要は、自分のペースを乱さない事が肝心なんだよ」

にわとりはなにか言いたげな瞳でジーと老人を見ていた。

そんなにわとりの視線に気づかない老人はなおも続け言った。

「それに、お弁当もあるからねぇ~」

「お弁当!!」

その言葉を聞いた途端、にわとりは思わず唾を飲み込んだ。朝から何も食べていなかったからだ。

「お弁当!お弁当!」

にわとりは、嬉しさのあまり踊り出していた。

 老人が、背中の荷物をしょい直し、杖を握り締めながら、

「さぁて、そろそろ行こうかねぇ~。何時までもここで喋っていてはしょうがない。早くしないと陽がくれてしまう。例えどんなに遅くてもどんなに馬鹿にされようとも歩みを止めちゃいけないよ。」等と言いながらずんずんと登っていくのにも気づかずに……

「そういえばおじいさんも願い事を叶えに来たんでしょ?この階段を登るとしたらそれしか無いもん。おじいさんの願い事はなぁに?

オイラの願い事はね。自分の羽で空を自由に飛び回る事なんだ。

ほら、人間はオイラ達の卵とか肉とかを食べる為にオイラ達を飼うでしょ?

食べる為だけに存在するなんてちょっと悲しいじゃない。

悲しいけどそれが現実で、それが僕達の運命なんだ。

だからオイラ……この羽根でこの空を自由に飛び回り、誰にも縛らえない自由な生活がしたいだよ……ってあれ?」

 ようやく自分の世界から戻ってきたにわ

とりは辺りを見渡した。

 するとさっきまで一緒にいた筈の老人の姿がもう随分と遠くに見えたので慌てて、

「待っておじいさん。オイラも一緒に行くよ。一人っきりより二人の方が楽しいだろう」と階段を二段飛ばしで時々、躓きそうになりながら登っていった。

 老人が、後ろを振り返るとにわとりが懸命に登って来るのが見える。

 老人は内心追いかけてきてくれたことがとても嬉しかった。けれど老人は知っていた。人の本音と建前を、また傷付くくらいならっという感情が老人を支配していった。

 老人は後一、二段で追いつきそうなにわとりをドンッと杖で押した。その力はとても老人とは思えない程強かった。

 一方押されたにわとりはそのままグルグルと下に転がっていく。

 まるで白いボールが、猛スピードで階段から転げ落ちていった様である。老人は、これで諦めただろうと思った。

皆、本心では足の遅い老人と等誰も一緒に行きたくは無いだろうと考えたからだ。見せかけの優しさなど要らないと。誰だって上から突き落とされたら怒って追いかけてこないだろうと考えていたからだ。

そのまま老人は階段をまたゆっくりと登って行く。ふと、振り返ると、猛スピードで登って来る白い物体が見える。 

それを見た老人はふぅ~と息を吐くとその物体が到達するのを待っていた。

「今日は、凄い強風だね。」

再び老人の元にたどり着いたにわとりが何事も無かったかのように呟いた。

それから一人と一羽は、老人のペースで休み、休み進んで行った。

「そういえばおじいさんの願い事って何?」

にわとりが老人にそう質問したのはもうすっかり辺りがオレンジの夕陽色に染まり、やっと階段が終わりに差し掛かった所だった。

「願い事?」

「さっき聞いた時、答えてくれなかったでしょ?」

「願い事なんて無いよ。朝、起きたら庭先に見慣れない巨大な階段があったからねぇ。ただ登ってきただけさ。」

「じゃあ、何にも知らずに登ってきたんだね?」

にわとりは続けた。

「知らないなら教えてあげる。あのね、この上にはね何でも夢を叶えてくれる魔法の桃がなってるとっても広い桃畑があるんだ!」

「ボクはそこで願い事を叶えてもらう為にここまで来たんだ」

「ほう~。どんな願い事でも……」

「そうだよ。ボクには夢があるんだ。ボクの願い事聞きたい?」

 にわとりは目をキラキラさせながら、老人が口にするであろう言葉を待っていた。 

「ほっほほ、君の夢ならさっき聞いたよ。にわとり君。」

「何で知ってるの?」

「ほっほっほ、それは秘密さ。さあ行くよ。」

にわとりは、老人が階段を登っていくのを見ながらこっそりと呟いた。

「気がついたらいなかったからてっきり聞かれてないのかと思ってた。」 

「ほっほほ、にわとり君。それは地獄耳と言うやつさ。つくまでには考えておくよ。」

その瞬間、にわとりの足はブルブルと震えだした。そしてそれを必死に隠すかのように「そう。ついたら教えてね。」と若干裏返った声で答えた。

それから数分後、ついに一人と一羽はついに頂上の桃畑の前まで辿り着いた。桃畑は雲の上にあった。………それから数分後ついに一人と一羽はついに…ってやめいほっぺを棒でつつくのは、何でくり返すのかって、チキンハートなチキンがビビって先に進まないじゃ~~~~ッということで、ビビった食肉用の鳥は目の前にある雲みたいな道の上に乗ることが出来ずにいた。

「大丈夫かな?この地面……雲」

そう呟くにわとりの目の前には綿のような雲の道がある。

「ねえおじいさん。大丈夫かな?この雲みたいな地面。足をつけた瞬間に雲を突き抜けて落下なんて事無いよね?」 

老人がそれっきり無口になったにわとりの方を見ると、全身を真っ青にして、震えている。

そこで老人は、天使の微笑みを浮かべ言った。

「大丈夫。にわとり君。こんなに高い所にきているのだから、もし落ちてもニワ生を振り返る事が二回は出来るよ。」

「え!?ちょっとまっておじいさん。それってオイラが死んじゃうの確定ってことじゃ」

 恐怖で固まるにわとりに老人の淡々とした口調が更に恐怖を引き立てる。

「も・し・も・だよ。にわとり君。死ぬかも知れないし、死なないかも知れない。そう人生とはそんなものだ。誰かが何かを望んでも手に入るかも知れないし、手に入らないかも知れない。さあ考えていてもしょうがない。なあに一緒に飛び乗れば公平だろう?大丈夫。大丈夫」

 そう言いながら老人はにわとりを押した。

「ちょっと待っておじいさん!全然公平じゃ無いじゃん!まだ心の準備がぁ~」

なんてにわとりの断末魔にも似た叫び声を聞きながら。

「ほら、大丈夫だったろう?」

「ぜえぜえ。おじいさん酷いよ。」

「ほっほー。若いもんが、そんなんでどうする。何事も行動に移す事が大切だよ。いつまでも自信が無いからって行動に移せないようじゃ駄目なんだ。それよりもご覧食べごろのももの実がいっぱいだよ。」

「えっ!?」

振り返ったにわとりが見たものはたわわに実った桃の木達だった。

キラキラと輝く桃の実を見た時、にわとりの口調が変わった。

「やっとだ…やっと見つけた。願いを叶える桃!いくつだ!一体、幾つのもの年月を待った。ただ庭先で飼われる飛べない鳥に、身をやつしながら…いつ人間に喰われるかも知れない恐怖に怯えながら…次第にただのにわとりになりつつ自分を振るい立たせながら…私はひたすらに待った。ふたたび願いを叶える実を食らう日を!!私の願い事はこんな家畜等ではなくもっと自由に世界を飛び回る旅鳥になることだったんだ。」

「さぁもう一度、願いを叶えて…」

にわとりは無我夢中で走って行った。

「あなたはやはり…」

老人のそんな呟きを耳にした時、にわとりはハッと気がついた。どうしてオイラは桃の木の近くにいるんだろう?…まあ良いか。

そんなことより。

「うわぁ~、美味しそうな桃の実がいっぱいだ。おじいさん早く食べようよ。」

っと、表情のおかしい老人に笑いかけた。

「あーあそうだね。にわとり君。」

にわとりと、老人は桃の実をパクリと食べた。

老人は横で、羽ばたく音を聞き空を見上げ、「良かったねぇにわとり君。どうやら私の願い事は叶わなかったようだ。」と笑った。

「だが、願い事が叶えるには払わなければならないものがある。」

途端に空から白い物体が落下してきた。白い物体はもうピクリとも動く事は無い。

すると、桃の木の根が地面から這い出し、さっきまで老人のそばで笑っていた白い物体を引きずって行くのが見える。

それを見送った老人は、「君も欲などみずにここに来なかったらもう少しだけ生きられただろうに」と呟いた。

老人の腕の中にはいつの間にか一つの絵本が握られていた。

『ある所に働き者の若者がおりました。

彼は、両親から受け継いだ桃畑をとても大切にしておりました。

ある年の夏、その年は雨が一粒も降らない年でした。……』

 絵本を読み終えた老人はポツリと、

「残念だよ。にわとりくん。君ならもしかして、この木を切り倒しに来てくれた真の勇者だと思っていたのに……巷で勇者と称される若者はすでにバケモノの餌食だと言うのに、やはりこの世に勇者などいないのかもしれないのう。これで千二百人目。

いや千百九十九人と一匹目か……

君が初めてだよ。素性の知れない老人と共にこの長い階段を登ってくれたのは……

永遠の孤独と言う耐え難い苦しみの中で、真の友と言えるのが人外なんて何と滑稽なことだろう。」

 そう呟いた老人の足元には、大量の羽毛とキラキラと光る金色王冠らしき金属の欠片が転がっていたという。

読んでいただいてありがとうございます。

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