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6-2


 今日は、年少組への読み聞かせの日だ。

 ウィステリアは膝の上に一番小さな子を乗せて、日当たりの良い場所に座る。他の子たちは背中に覆いかぶさったり、腕にもたれかかったりしながら、手元の本を一緒になって覗き込んでいる。


 彼らには調べものの最中で見つけた、一般家庭でも伝わるお話の読み聞かせをしている。教訓にもなるし、こうして一緒に本を見ながら聞けば文字にも慣れ親しめる。

 今読んでいるのは、この国で最も親しまれている神の伝承だ。

 一つの話が読み終わると、膝の上の子が声を上げた。


「ねぇ、闇の神様って優しい神様なの? 怖い神様なの?」


 そう、この国では闇の神を祀っている。

 彼の神は、邪神のような悪しき存在ではなく、安らぎと眠りを司る神様である。そして、あまねく生命の行きつく先、冥界の管理者でもある。


 宵の国の信仰対象が闇の神で、正直よかったとウィステリアは安堵していた。

 神木の植樹のために神の助力を得るには、その神と縁を結んでいる必要がある。

 その点では、闇の神なら心配がいらない。高位の神ではあるが、――ウィステリアとは既に縁がある。


「神様にはね、優しい面もあれば怖い面もどちらもあるの」

「でも、闇の神様って死んだ人を連れていっちゃうんでしょ」


 思わず苦笑が零れた。


「死を恐れるのは仕方ないけど、忌み嫌うことは良くないわ。……それに、闇の神様はとても優しい神様なのよ」

「本当に?」

「ええ、最後にたどり着く場所が、安らかでありますようにって守ってくれているの」

「ふーん」


 まだ腑に落ちないのか、つまらなそうに唇を突き出した。

 このまま終わらせるのも忍びなく、ウィステリアはもう少し語り聞かせる。


「それにね、神々の誰かが冥界の主にならないといけなくなったときに、誰もやりたがらなかったの」

「どうして?」

「神様は、死なないから。死がわからないから。わからないものを預かるなんて大変でしょう?」

「うーん、たしかに」

「でも、誰かがやらないといけなかったの。手を挙げたのは、闇の神様だけだった。だから、人々の“眠り”はとても静かで優しいの。神様が見守ってくれているから」


 不浄なものや良くないものを司る神様は、優しい神様というのはよくある話だ。日本では、トイレの神様の話が代表的だ。

 人間の普遍的な考え方なのだろう。世界が違っても、人の考え方はどこか似通うものなのかしらと、なんてウィステリアはぼんやりと考える。

 


 子どもたちからの質問が一通り終わったところで、今日のところはお開きにする。子どもたちの楽しそうな後姿を見送りながら、ウィステリアは歩き出そうとした。


「随分と神のことに詳しいな」


 昨日と同じように背後から声をかけられ、振り返れば昨日と同じ人物がそこには立っていた。

 再放送かのような光景に、ウィステリアは気が重くなる。


「曲がりなりにも神子ですから」


 ため息とともに、ウィステリアは返答する。

 昨日はあの後、猛烈な羞恥に駆られていた。何を賢しげに語っていたのかと。色々とたまっていたとはいえ、自分のあまりの言動に後悔して一人反省会に暮れていた。

 だから、今日は会いたくなかったし、今日こそは余計なかかわりを持たないようにしたかった。

 どうやらそれは叶わないらしい。


「聖国では、世界樹を崇め讃えよと言っていると思ったが?」


 厳しい視線がウィステリアに向けられる。


「否定はしません。ですが、皆が皆そうだと思っていただきたくはありません。――何より、私は任された以上、この国の皆のために尽力する所存です」


 真っ向から受けて、相手を見返す。

 協力しろというつもりはない。ただ、邪魔はしないでほしい。けして悪いようにはしないからと、願いを込めて。

 通じたのかは定かではないが、オブシウスが目を伏せ、考え込むようなそぶりを見せる。

 思考を妨げぬように、短く断ってから歩き出す。だが、背後から続く足音に当惑する。



 教会を出ても、足音は変わらずついてきていた。

 立ち止まれば、足音もまた止まった。


「まだ何かご用でしょうか?」

「いや。――いや、あったな。数字の感覚を掴めさえすればよいと言ったが、買い物するときにも計算ができるに越したことはないだろう」


 一瞬、ウィステリアは何の話か分からなかった。少し間をおいて、昨日の話の続きかと納得する。

 歩き出しながら、慎重に言葉を選ぶ。


「もちろん、できないよりできるに越したことはありません。でも、少なくとも庶民の買い物に必ずしもそれは必要ないですよ」

「そんなことはないだろう。釣銭を間違われたり、わざと高く請求されることもあるだろう」

「そういう時こそ大体いくらぐらいとわかれば良いのです。正確に計算しようと悩んでわからなくて、結局言いくるめられるよりいいじゃありませんか」



 オブシウスは、眉根を寄せる。

 口を開きかけたときに、ウィステリアの言葉が続く。


「何より、庶民の買い物に正確性を求められても困ります」

「どういうことだ。虚偽や誤魔化しが横行しているということか?」


 貴族の中には、金銭にかかわることを下賤として忌避することもある。

 領地の経営はしても、帳簿上の数字を追いかけるだけ。支払い等も使用人が行うため、実物の金銭を目にしたこともない貴族も多い。

 だが、オブシウスにそうした忌避感はない。交易都市を治めるために、商売や経済を知らぬでは済まされない。時に、自ら市井で買い物をしたこともある。


 だからこそ、搾取が蔓延っているのかと思ったが、そうではないらしい。

 ウィステリアが面白いものを見るかのような表情をしていた。


「では、庶民の買い物というものを試してみましょうか」


 歩いているうちに賑やかな通りへと入っていた。あちこちから元気のよい呼び声が響き、敷布や木箱といった簡易的な露店が並び、その間を籠を持った近所の奥方らが行き交う。

 そのうちの一つ、籠や笊に農産物を山盛りにした露店の前でウィステリアがしゃがみ込んだ。 


「おじさん、それは木苺?」

「そうだよ、甘くて美味しいぞ〜。それに、今朝採ってきたばかりで新鮮だよ」


 ウィステリアが一つ手に取って確認する。

 小さな黄橙色の実はぷっくりしていて、オブシウスの目からもよく熟れているのがわかる。


「本当に美味しそうね、1笊ちょうだい」

「ありがとうよ! きれいなお姉ちゃんにはおまけしてあげるから、これで200リルでどうだい?」


 そういいながら、隣の笊から木苺を掴んで更に盛っていく。大体2割増しぐらいになっただろうか。

 元が1笊178リルとあるので、中々大胆な売り方だ。


「あら、それじゃあ皆で食べるからそっちの笊の木苺も全部もらうわ。だから330リルにならない?」

「そいつはちょっとなぁ、350リルならどうだい? それか、こっちの野菜を追加して400リルにするよ」

「今日は野菜はいらないわ。340リルならちょうど出せるのだけれど」

「じゃあ、それでいいよ」


 もう2、3言店主とにこやかに言葉を交わしてから、ウィステリアは立ち上がる。買ったものを受け取り、また歩き始めた。


「で?」


 先ほどより眉間のしわを深めたオブシウスが問いかける。


「わかりませんか? 庶民の買い物なんて、値札通りに何てなりません。まとめていくらでいいとか、どんぶり勘定ですよ」

「……」

「先ほどの店主は、隣の村から出てきた農民だそうです。商人じゃないので、多分計算できていないでしょうね」

「それで、どうやって売ってるんだ?」

「それこそ感覚、見よう見まねですね。だから全部買いたいって言ったら、急に勢いが落ちて、あまり安くはならなかったでしょう」


 想定とはずれた行動をとられると、ああいう風になります。商人であれば、もう少しうまく商いをしていたでしょうね。と、ウィステリアは笑う。


「それに、ああいうところでは十分なお釣りの用意なんてできていません。だから、売る時にも100とか50の単位で交渉したでしょう」

「なら、なぜ中途半端な金額で売っているんだ?」

「200よりも198の方が、お得に感じます。ぴったりの金額より半端な金額の方が、よく売れるんですよ。それに、普通の奥様方はいろいろ買いますからね。おまけとかまとめ割をする前提ですから」


 オブシウスは目を伏せて、何か考え込む。

 ウィステリアは返答がないことから、木苺を優しく抱えて再び歩き出す。


 無言のまま2人は歩く。露店の並ぶ通りを抜け、大通りへと出る。淡々と歩いて、屋敷の前まで帰って来た。


「あなたは、本当にこの国に神木をもたらすことができるのか?」


 静かな声だった。


「わかりませんが、やらねばなりません。私の全てを賭けてでも」


 まっすぐお互いを見つめ合う。


「そのことについて話し合いたい。明日の昼過ぎ、迎えを向かわせます」

「承知いたしました。お待ちしております」


 この時、お互いが何を思ったかは、自身ですら言葉にできなかった。

 ただ、信じてもよいと、歩み寄るその一歩を踏み出すに足る何かをお互いの中に見出した。


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