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 さて……どうしたものか。

 困惑を押し殺し、ウィステリアはゆっくりと周囲を見渡す。子どもたちから注目され、いやがおうにも緊張が高まる。それでも、ウィステリアは明るい声を張り上げた。


「さあ、授業を始めましょうか」



 事の起こりは、あの後にスパロウにしたお願いだった。

 この教会に保管されている聖典・神話・伝承・民話。種類は問わないので、この国に伝わる話を読ませてほしい、そうウィステリアは頼んだ。

 それがこの地に神木を植えるために必要なことだからだ。


『神と人とが手を取り合い、慈雨をもって種を潤せ。さすれば、苗芽吹き、枝葉伸ばし、あまねく命を湛える大樹となる』

 神木の植樹について、記載されていたのはこれだけである。


 普通なら、比喩表現が強くて意味不明な古文書と感じたことだろう。でも、ここは魔法のある世界。——なら、この言葉をそのまま信じればいい。

 つまり、種に神子の力と神の力の両方を流し込め、ということだ。


 この時に気を付けないといけないのは、どの神に助力を乞うかということだ。多神教の難しいところで、乞うべき神を誤れば差し障りが生じる。

 単なる失敗ならばいいが、不興を買えば百年単位で再挑戦不可なんてことになりかねない。神と人との時間の流れは全く違うのだから。


 ゆえに、この地を守護する神を見極めなければならない。手っ取り早い方法は、この地に伝わる伝承を読み解くことだ。

 そのためのお願いだった。



 書物の閲覧はあっさりと許可されたが、それと同時に彼からも頼みを受けた。曰く、「合間にでもいいので、子どもたちに勉強を教えてほしい」と。




 そして、ここに至る。

 年嵩の子どもたちが、つまらなそうに青空の下で石や木箱の上に座る。机もなければ、教科書もノートも黒板も、何もない。


「今集まっている皆は、日常的に使う文字や数字は読めると聞いてます。なので、今日は簡単な計算やってみましょう」

「オレやらねぇよ。勉強なんて無駄だし」


 やんちゃそうな男の子がニヤリとし、仲間たちが囃し立てる。他の子たちは迷惑そうにしているものの、止める様子はない。むしろ、ウィステリアがどうするのか見ている節もある。


「そう。なら、好きにしてください」


 ウィステリアが向こうを指し示す。遊びに行ってもいいし、庭仕事や内職、掃除をしている子に混じってもかまわない。そう伝える。

 少年は一瞬唖然とした後、顔を真っ赤にして怒り出した。


「いいのかよ!? 先生に言いつけるぞ!」

「いいよ? 私は困らないもの。受ける受けないはあなたたちの自由だもの」

「ずるい!」

「どうして? 私は“教えてほしい”とは頼まれたけれど、“できるようにしてほしい”とは言われてないのよ」


 ウィステリアは首を振ると、彼らはムッとして睨みつける。


「勉強なんて、何の役にも立たないじゃん!」

「そう?」

「そうだよ、だって、孤児は碌な仕事に就けないんだから」


 指をさして断言する。これで論破したと胸を張ってみせた。

 きっとこの台詞を言われてきたし、小うるさいことを言われた時にはこう言えば相手が黙ると知っているのだ。哀れなようであるが、こずるいやり方だ。


「じゃああなたは、ここを出たらどうやって暮らすの?」


 孤児院は、15歳程度になれば出て行かなければならない。

 内職を通じて、もしくは外に小遣い稼ぎに出て、仕事への繋ぎを作るのだ。


「大工の親方に弟子入りするんだ。今だって色々手伝って稼いでるんだぜ」

「それでも、読み書き計算ができるに越したことはないでしょう」

「そんなことねぇよ。だって、誰も読み書きなんてできないし!」


 自分で見聞きしているからこそ、自信があるのだろう。得意げに答える。


「親方は違うでしょう? 少なくとも依頼の受注や資材の発注なんかで最低限の読み書きや計算はしているはずよ」

「そんなことない。商人に口で依頼するし、何より必要な数は感覚で分かるって言うんだ」

「経験は大事ね。でも、それが身に付くのに何年かかるのかしら? もっと早く分かる方法があれば、早く一人前になれるのにね。

 例えば、壁一面にレンガが60個必要とするでしょう。今日は三面やるといわれた時に、すぐに180個用意できたら優秀でしょうし、置き場の在庫数からいつ頃に足りなくなるか予想が立てられたら頼りにされるでしょうね」


 どうかしらと笑顔で首をかしげて尋ねれば、考えてもみなかったのか狼狽えて言葉もない。

 後ろの方から、「本当だ」と感嘆の声が上がった。

 ウィステリアは目を細めながら、「それが、勉強なのよ」と告げた。


「皆も同じです。必要ないと思うかもしれません。でも、できて困ることはありません。身近なことで例えてみましょう。

 買い物に行って、1個15リルの野菜を、5個まとめて70リルで売るって言われたら、お得だって思うでしょう。でももし、残り15個をまとめて買ってくれるなら220リルにしてあげるって言われたら、計算できれば『おかしい』って気付けるでしょう」


 リルというのはこの世界共通の通貨である。

 まだ信用経済はないので、通貨は全て金銀銅による硬貨だ。


「70、140、210……。なるほど~」

「確かに、たまにそういうことある」

「ええっ、マジかよ!?」


 指を使ったり、地面に数字を書いてみたり、思い思いに確認していた子たちが賑やかに話し出す。自らの体験談、こういうことがあった、気づかなかった、確信がなくて言い出せなかった等、口々に言い合う。

 熱が入りすぎる前に、ウィステリアは手を叩いて止めさせた。


「悪気がなく、間違えただけの時もあるでしょう。中には商人ではなく、農民が直接売りに来た場合もありますから。ね、できないよりできる方がいいでしょう?」


 ようやく彼らの瞳に興味の色が宿る。


「ちなみに、一番大事なことを教えておくね。さっきの例えで、15個で200リルにしても買うのはおすすめしません」

「えー、なんでー?」

「こんなに同じ野菜ばっかり買っても食べきれないでって怒られるからよ」


 少し間が開いて、笑い声が響いた。

 ちなみにこれは、ウィステリアがかつて本当にやらかした失敗だ。けっこう真剣に怒られたし、その日の食卓は文句が多かった。


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