18
それから毎日のように、視察官らはあちこちに顔を出して探りを入れていた。
しかしながら、思うような結果にならないらしく、イラついた姿もよく見る。
最近ではウィステリアが一人の時を狙い、失言か何かを引き出そうとしてくる。そのせいで、気の抜けない日々が続いていた。
どうにかしたい。だが、相手の狙いがいまひとつ見えない。打つ手が思い浮かばない。
思わずため息が出そうになるのを、ウィステリアはカップを傾けて隠す。向かいに座るオブシウスからの視線を感じたが、特に何も言われなかった。
(まぁ、同じような気持ちでしょうね)
こうして顔を突き合わせて情報交換を行ってはいても、何の進展も見られない。時間だけが過ぎていく。
――コンコン。
一つのノック音によって、無為な時間は終わりを告げた。
扉へと視線を向けると、小柄なメイドが入ってきた。
髪をきっちりと帽子の中に入れ、瓶底のように分厚い眼鏡をかけている。
どこかで見たことがある気がした。ウィステリアが記憶の中から探していると、メイドが帽子と眼鏡を外す。
「お話し中、失礼いたします。兄さま」
オブシウスが立ち上がりかけたのを、ウィステリアが止める。
そこにいたのはスピネルだった。
彼女はウィステリアを一瞥して、すぐに逸らす。罪悪感と開き直りが混じったような表情を浮かべた。
「どうした?」
「ご報告したいことがあって参りました」
凛とした表情で彼女は告げた。
「あの視察官二人について」
自然と背筋が伸びる。緩んでいた思考が、引き締まる。
オブシウスが、無言で先を促すと彼女は続けた。
「私がウィステリア……様に、反感を抱いていると知っているみたい。今日、取引を持ちかけられたわ」
曰く、イビスがウィステリアを追い出してやろうと言ってきたそうだ。自分たちに協力すれば、もう二度とウィステリアがこの地に戻ってくることはないだろう、と。
「なんて答えた?」
「考えさせてって言ったわ。どちらともとれるようにね」
「協力の内容は?」
「それは教えてくれなかったわ。ただ……」
「ただ?」
「あの二人、私が盗んだことを知っていたわ」
だからこそ持ちかけてきたのだと、スピネルは自嘲気味に笑う。
どこから漏れたのか。それとも、別の情報源があるのか。ウィステリアは目を伏せ、オブシウスも険しい顔に変わる。
「兄さまが話にのるふりをしろって言うなら、そうするわ」
「危険すぎます!」
ウィステリアが思わず声を上げる。
「あの二人には、何をするかわからない怖さがある。もう近づくな」
「いいの? 探れるチャンスなのに」
「必要ない」
「そう、せっかく視察官に気づかれないよう変装してきたのに」
冗談のような口調とは裏腹に、スピネルの口元が少し緩む。
ウィステリアもまた胸をなでおろす。そして、ひとまずスピネルにお礼をと口を開こうとした。
「それじゃあ、私の用は済みましたので、これで失礼いたします」
しかし、お礼を告げる前にスピネルはそそくさと出ていってしまう。
「スピネルは、しばらくの間謹慎させていた。――何か、思うところがあったようだ」
スピネルは自室ではなく、簡素な部屋での謹慎を命じられた。さらに、慣れ親しんだ者を排し、世話も最低限。
そこで一人、何を思っていたのか。
視察官の来訪を機に一旦謹慎を解くと、憑きものが取れたように落ち着いていたそうだ。極力ウィステリアに近づかないようにという言葉にも、素直に頷いた。
今のは不可抗力だった。スピネルはオブシウスに伝えに来ただけで、ウィステリアがいるとは知らなかったのだと思われる。
オブシウスから謝られるが、ウィステリアが気にすることはない。
「謝罪はまだ難しいかもしれん」
「かまいません。先ほどので、十分なぐらいです」
少なくとも、協力してくれたことがウィステリアは素直にうれしかった。
――もちろん、オブシウスのためとはわかっているが。
この日、無理を言ってサルビアには領主邸に泊まってもらっていた。
日中はお互いそれなりに忙しく、夜は領主邸と教会とで別れる。こうでもしなければ、二人きりで話す機会を作れないと思ってのことだった。
いざ、サルビアと二人になったものの、ウィステリアは切り出し方に悩んだ。聞きたいことや話したいことが多すぎる。
「先生がいらしてくれて助かりました。でも、なぜこの国に?」
「たまたま巡礼で隣国にいたときに、神木の噂を聞きつけてね。サクラが行きたいと大騒ぎしたんだよ」
サクラ。その名を聞いて、強い違和感を抱く。
ゲーム冒頭、サクラとヒバリの両主人公は、世界の異変の調査を命じられて旅に出る。出発時の口ぶりや、後々のイベントからも、二人が全く旅に慣れていないことが伺えた。
「サクラさん、見習い神子でしたよね。なぜ先生と一緒に?」
「まあ、色々あってね」
そもそも見習いの身で外に出るなど、普通のことではない。
言えないことなのか、サルビアは明言を避けた。気にはなるが本題ではないので、それ以上は聞く必要はない。
「そんなことより。お前の方はどうなんだい?」
「いえ、何も……。本当に、何も心当たりがなくてですね……」
「本当に何の心当たりもないなら、それが原因だよ」
ウィステリアの困惑気味な視線を受けて、サルビアが続ける。
「お前は、権力の怖さを知らない。権力に憑りつかれた人間の残忍さを知らない」
無表情で、でも視線は真っすぐに。
「いいかい。上に立ちたいと望んで立った人間は、自分が敬われるのが当然だと思っている。――だからこそ、己に媚びることもない扱いづらい奴なんて目の敵さ」
「それと、今回の件にどういう関係が?」
「お前のことだ、どうせ報告書はただ事実を書いたんだろう?」
「報告書とは、そういうものでは……?」
サルビアが、これ見よがしにため息をつく。
「お前の功績は、任を与えた教皇のもの。お前が手柄を差し出し、教皇を立てるのが当然だと信じているのさ。それをしないのは、自分と対立するつもりなんだと解釈する」
「そんなつもりはありません!」
「つもりはなくても、相手はそう受け取っている。このまま原典派に行かれたり、原典派から担がれたりするぐらいなら、その手柄を無かったことにする気だろうね」
「そんな……」
「お前が相手の考えを理解できないように、相手もまたお前を理解しちゃくれないよ」
ウィステリアは何か行き違いや自分への嫌がらせで、この事態になっていると思っていた。だが、実際はそういった単純なことではなかった。
これでは本当にどうしたらよいのか。どうやって落としどころを見つけるべきなのか。
どうにもならない状況に、頭が痛み始めた。




