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 神木の前に立つ二人の視察官の反応は、似て非なる静けさを纏っていた。

 一人は初めから興味がないかのように腕を組み、顎をわずかに上げて視線を向ける。もう一人は、背筋をまっすぐに伸ばして沈黙を貫く。


「――これが、新たな神木か」


 口を開いたのは、イビスだった。耳障りなほどに声高に、小馬鹿にしたような響きを含ませて。


「随分と、こじんまりとしている。何とも頼りない上、弱々しい。これを神木だと言い張るのは、無理がないかね?」


 そう言って、露骨に神木とウィステリアを値踏みする視線を向ける。

 訳も分からず向けられる悪意に、ウィステリアは少し怯んだ。それと同時に混乱もする。


 樹齢百年を超える他の神木と比べれば、見劣りするのも事実だろう。

 けれど、これはウィステリアが苦労して根付かせたもの。後ろめたいことなど、何一つない。


「お言葉ですが、これは紛れもなく神木です。――おわかりになりませんか?」

「ただの木に神聖力を注いで、偽装することなど造作もない」

「ありがとうございます。神聖な力があることは、お認め下さるのですね」


 ウィステリアがにっこりと笑うと、イビスは露骨に顔を歪めた。


「口がよく回る。だが証明できるのかな? 真に神木であるという証を」

「実際、この都市を中心として魔物被害件数は減少しています」


 オブシウスが書類を手に、声を上げる。

 任務達成を確認するための、名目だけの視察。それでも、念のために用意した資料だった。

 だが、イビスは視線だけを紙束へと向け、大きく手を振って受け取りを拒絶する。


「数字など、いくらでも飾れる」


 吐き捨てるような声。

 イビスが酷薄な笑みを浮かべ、オブシウスの眉間にしわが寄る。 


 その中で、ウィステリアは視察官の様子を観察する。

 何かが引っかかる。――なぜ、ここまで否定されるのか。まるで本物の神木であると都合が悪いかのように。



「どうしてそんな話になるんですか?」


 予想もしないところから、一石が投じられる。


「私たち、巡礼で各地を巡りました。直前には、隣国の神木も見ています」


 桃色の髪が、皆の間を小走りですり抜ける。神木の前まで至ると、自然な動作で触れて、目を閉じた。


「うん、これは間違いなく神木ですよ!」


 振り返ったサクラは、にこやかに宣言した。

 イビスは顔を真っ赤にして、怒鳴った。


「誰だお前は!? 大人の話に口を挟むんじゃない!」

「この子は、神子見習いのサクラ。私が面倒を見ている子だよ」


 サルビアの乱入に、イビスは目に見えて狼狽えた。


「この子の言う通りだよ。何をもって偽物だなんて言うんだい?」


 イビスは先ほどまでの勢いを失い、苛立たし気に足を踏み鳴らす。

 すると、今まで静かだったコルヴァスが一歩前に出た。



「イビス司教、少し落ち着きましょう」


 声は柔らかく、口調は穏やかだった。

 ウィステリアとイビスの間に立ち、双方へ目を配る。


「ここで結論を急ぐ必要はございません。偽装であると断定はできません」


 イビスは不満げに舌打ちをした。


「ただ、私どもの役目は“確認”です。間違いなく任務は為されたのか、教皇猊下に報告せねばなりません」


 丁寧な物腰のまま、言葉だけが続けられる。

 ウィステリアには、まるで小さな重りを一つずつ乗せられるかのような居心地の悪さがある。


「少々力が弱いように感じられるのは、事実でしょう。そこに疑問を持つことも、我々の仕事の内です」


 増え続ける重みに背が丸まぬように、ウィステリアは姿勢を正して反論する。


「力は時間とともに安定していくでしょう。他の神木と肩を並べるには、年月が必要です」

「ええ、だからこそ、慎重に確認いたしましょう」


 そう言うとコルヴァスは振り返り、イビスに向かって小さく頷く。


「司教。必ずしも、一日で結論を出す必要はないのではありませんか?」

「……ふん、そうだな。今日のところは、これで終わりだ」


 納得はしていない。だが、今日のところは一旦引き下がるようだった。

 世話役に案内され、視察官の二人は滞在予定の領主邸へと去っていった。




 視察官らの姿が見えなくなった瞬間、ウィステリアは小さく息を吐いた。

 

「ご助力、ありがとうございます」


 皆に向かって、深く頭を下げる。

 自分だけでは、何もできなかった。そう思えてならない。


「気にせんでいい。こちらも黙っていられなかっただけさ」


 サルビアが肩をすくめる。


「しかしね、これはどういった状況だい?」


 これまでの経緯を説明すると、サルビアは盛大なため息をついた。


「お前は何をしているんだい」

「何もしていないはずですが」


 対するウィステリアは、自信なさげに答える。


「イビスとコルヴァスは、新訳派の急先鋒。教皇の子飼いだよ。本当に何をしたんだい?」

「心当たりが……」


 ないとは言い切れない。

 教皇の想定を覆し、任務を成功させた。しかしながら、任務の成功自体は悪いことではない。むしろ、任命し送り出した教皇の手柄にもなるはず。


 ウィステリアが言いよどんでいると、オブシウスが投げかける。


「新訳派とは?」

「え? そうですね。今の教会には二つの派閥があります。新訳派と原典派」


 ちらりとサルビアを伺う。止める気はないらしい。


「世界樹を直接信仰の対象とするのが新訳派で、神々そのものへの信仰を重んじるのが原典派です。今は新訳派が優勢です」

「なるほど、なぜその主力派閥に睨まれている?」


 それがわかったら苦労しない。

 あれこれと考えてみるが答えは出ず、冷や汗を流しながら口を閉ざすしかできなかった。


 しかし、確実に何かが蠢いていることだけは、理解していた。


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