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16


 交易都市アルセリアの正門前は、朝から落ち着かない空気に包まれていた。


 聖国から視察官がやって来る。――数日前に届いたその知らせは、オブシウスを含む上層部だけでなく、多くの者にも静かな緊張をもたらした。


 かなり急に決定した視察らしく、知らせには来訪の日時も人物も、何一つ具体的なことは記されていなかった。ただ近日中に到着するという情報だけを頼りに、ウィステリアたちは準備を進めていた。

 そして一昨日、ついにそれらしき一行が国境を越えたという連絡があった。


 ウィステリアはオブシウスとともに、一行を迎えるため、門の外へと出ていた。

 本来ならウィステリアが出迎え案内すればよいだけだが、当たり前のように隣にはオブシウスがいる。一抹の不安があったウィステリアにとっては、有難くも心強い。


 ともあれ、視察なんて形式的なもので、終わり次第すぐに帰るだろうと安易に考えていた。



 やがて、街道の向こうから四人連れの一行が姿を現した。


 深くフードを被っているが、見るものが見ればわかる。あれは間違いなく、聖国の関係者だった。

 ただ少し奇妙に思う。明らかに子どもらしき小さな人影が混じっている。


「あれか?」

「どうでしょう。聖国の者であるのは確かだとは思いますが……」


 肯定とも否定ともとれぬ返答に、オブシウスは気遣わしげな顔になる。

 馬もなく、徒歩。外套の合わせ目から見える服装は、くたびれていて巡礼者のようだ。


「……視察官という割に、随分と身軽だな」


 こちらに気が付いたらしい小柄な影が、道を外れて真っすぐに駆け寄る。

 脱げたフードの下から、柔らかい桃色の髪が揺れた。目の前まで来ると、ウィステリアを見上げて少女はぱっと表情を明るくした。


 オブシウスが自然な動作で、ウィステリアの前に出る。子どもとはいえ、不用意に近づいてきた存在に若干の警戒を込めて。

 彼の後ろで、ウィステリアは驚きに目を見開いた。


 ――この子を知っている。


「こんにちは! 私は神子見習いのサクラと言います」


 屈託のない声だった。

 対するウィステリアは、驚愕と混乱の中にいた。


 目の前にいる少女は、本来ならここにいるはずのないゲームの女主人公だったのだから。




「こら、何してんだよ! 失礼だろう」


 慌てて走って来た少年が、サクラと名乗った少女の腕を引く。

 この子ももちろん知っている。彼はヒバリ、ゲームの男主人公。


 ウィステリアが戸惑い動けずにいると、両主人公の頭にげんこつが落とされた。


「馬鹿者! 勝手に先を行くんじゃない」


 そう言ったのは、グレイヘアが見事な初老の女性だった。

 ウィステリアの顔が引きつる。

 この人のこともよく知っている。ただし、前世の知識としてではない。


「お久しぶりでございます、サルビア先生」





 少し場所を移して、ウィステリアは一行の引率者であるサルビアを紹介する。


「オブシウス卿、こちらは元神子のサルビアです。私が神子になった時に指導してくださった方でもあります」


 今度は逆に、サルビアにオブシウスを紹介する。

 ウィステリアは、サクラたちのことを知らないはずなので、サルビアに任せる。


「お初お目にかかります。私はサルビア。こちらは神子見習いのサクラと聖騎士見習いのヒバリ。そして、護衛のアルノーになります。以後、お見知りおきください」

「こちらこそ、どうぞ良しなにお願いいたします」


 言葉を区切ったオブシウスが、ウィステリアに視線で視察官かと尋ねる。

 だが、ウィステリアもわからない。違うような気がするが、確証がない。


「先生は視察官としていらっしゃったのですか?」

「視察官? ――いや、私たちは巡礼の途中で寄っただけさ。神木の噂を聞いて、ね」


 思わずオブシウスと顔を見合わせる。

 その様子に、サルビアたちも困惑気味だ。


 そこへ、門に詰めている兵が走り寄ってきた。

 ――街道の向こうから、別の一団がやってきていると。




 急いで門の外へと戻る。

 ちょうど門の眼前に、今度は明らかに聖国の御一行とわかる馬車が姿を現した。


「……来たか」


 オブシウスの声が低くなる。

 ウィステリアも、無意識のうちに背筋を伸ばしていた。


 馬車が止まり、中から降りてきた男は、ウィステリアに値踏みするような視線を向けた。

 その目に敬意はない。ただ、冷ややかな観察だけがある。


「神子ウィステリアだな? 教皇猊下の命により、任務の達成が真実かを確かめに来た」


 明らかにウィステリアを軽んじた対応だ。

 こちら側の纏う空気に緊張が帯びる。


「わかっているな? 妙な隠し立てなど考えないことだ。さぁ、早く案内するがいい」


 剣呑な雰囲気を無視して、尊大な態度で告げる。

 一歩前に出ようとしたオブシウスよりも先に、進み出た影があった。


「随分な物言いじゃないか、イビス司教」


 それは、サルビアだった。

 イビスと呼ばれた男の側まで行くと、小声で、しかしはっきりと告げる。


「いつからお前は、そんなに偉くなったんだい?」


 イビスは真っ赤になったかと思うと、悔し気に唇を嚙み締め、サルビアを睨みつける。

 そんな二人を宥めたのは、遅れて馬車から降りてきた男だった。


「大変失礼いたしました、神子様方。司教様も重要な任務に、つい力みすぎてしまったのです。どうか、お許しください」


 コルヴァスと名乗った男は、イビスとは対照的だった。

 イビスがプラチナブロンドに赤目の派手派手しい男なら、コルヴァスは黒髪黒目の大人しい印象だ。


 サルビアが引いて、視線をウィステリアへと向ける。

 代わりにウィステリアが前に出て、美しい礼をもって返す。


「かまいません。――お待ちしておりました。ご来訪、歓迎いたします」



 その様子を少し離れたところから、サクラたち三人が見守っていた。

 特にサクラは熱心な表情で、ウィステリアを注視していた。


 こうして、本来あるべき役者に加え、いるはずのない者が揃った。

 本当の運命の歯車が、軋んだ音を立てて動き出していた。


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