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15


 剣の打ち合う甲高い音が響き渡り、いくつもの集団が訓練に励んでいた。

 場内は活気に満ち、一足先に夏が来たかのような熱気で溢れかえっていた。


 この日、ウィステリアはオブシウスと共に訓練場へと赴いた。

 名目としては、顔見せである。


 ――今後のために、顔と名前を覚えてもらう必要がある。


 そう言ったオブシウスに、ウィステリアは必要ないと首を振った。

 だが、今では神子を知る者も増えている。面倒事を避けるためにも、護衛は必要だと言い切られた。何より、帰りの道中はどうするのかと問われ、ウィステリアは返答に窮した。

 来た時のような聖騎士たちの護衛は期待できず、一人で帰ることは現実問題として難しい。こればかりは、彼らの手を借りる必要がある。



 そうして訓練場に来たものの、ウィステリアの胸中は穏やかではなかった。

 行きの道中の魔物襲撃事件、その後の偽神子の噂。彼らから向けられる視線は冷ややかだった。

 今では払拭されているとはいえ、気が重いことには変わりない。


 オブシウスが場内に入っていくと、皆が手を止め、素早く整列する。ウィステリアの存在に気が付くと、何人かが顔を見合わせた。

 列の先頭に立つ大柄の男が、滑らかな所作で膝をついた。


「この度は、誠に申し訳ございません。町の治安を守る立場にありながら、噂を広め、不和をもたらすなどあってはならぬこと。以後は決してないように、厳しく指導いたします」


 他の者たちも慌てて膝をついて頭を下げる。

 その様子を前に、ウィステリアは内心で冷や汗をかいた。




 その後、しばらく詫びの言葉は続いた。ウィステリアが謝罪を受け入れ、改めて顔見せが終わるとようやく解放される。

 オブシウスは団長と話があるということで、ウィステリアは案内人を付けられ場内を回る。


 先ほどのように、いくつかの集団に分かれて訓練を行う。皆訓練に集中していて、ウィステリアを気にする者はほとんどいない。

 近づけば会釈されたり、多少注目を浴びるが、そこに嫌なものは感じない。

 肩の力が、わずかに抜けた気がした。


 ふと何気なく視線を向けた先で、若い兵士たちが走り込みをしているのが見えた。

 ウィステリアの視線に気が付いたのか、案内人が説明をする。


「あれは、魔力があることがわかり、最近訓練を始めた者たちです。身体強化を発動させる特訓になります」


 一人の少年が、他よりも随分と距離をあけられて走っている。しかし次の瞬間には、驚くほど加速して全員を抜き去った。だが、ゴールしても止まり切れず、大きく転びながらなんとか止まった。


「コントロールが不得手のようですね。あの年から訓練する場合、よくあることです」


 ウィステリアはそっとその少年に近づく。

 声をかけると、少年は慌てて立ち上がって敬礼する。


「大丈夫です! 頑丈なんで!」


 思うところがあって声をかけたものの、ウィステリアはしばし逡巡した。突然部外者から口を出されても、迷惑なだけかもしれない。

 でも、彼の姿は少し自分と重なる。


「お節介かもしれないけど……」

「……? はい」

「身体強化を、魔力を、どういう風に使ってますか?」


 たどたどしく、彼が言葉を紡ぐ。

 かなり漠然とした説明だったが、彼女にはわかる。やはり彼は発動と終了の切り替えがうまくできていない。


「魔術を行使する前に、合図を決めるといいでしょう」

「合図?」

「あなた方はいきなり走れと命じられても、すぐに実行に移せるでしょう? でも、一般人は違います。戸惑い迷って、すぐには行動に移れない」


 魔術も同じ。ただ詠唱したからといって、魔術が発動することはない。魔術を行使するように、素早く意識を切り替える必要がある。

 この切り替えがうまくできないと。発動できなかったり、遅れて発動したりしてしまう。


「体を叩く、指を鳴らす。いえ、日常ではあまり使わない動作がいいでしょうね」


 少年が試しに色々な動作をしてみる。


「毎回、必ず始めと終わりに合図を入れる。そうすると、頭と体がそれを覚えて、自然と意識に切り替えられるようになると思います」


 最後は口ごもるように小さく消えていく。

 余計なお世話だったかという懸念を尻目に、少年は素直に頷いた。


 後は彼次第だ。踵を返したウィステリアを誰かが呼び止める。

 振り返れば、先ほどの少年がもじもじとしている。何かを決意したらしく顔をあげて、すぐに勢いよく頭を下げた。


「ご助言ありがとうございます。それと、あの時失礼な態度をとって申し訳ございませんでした」


 少年の顔を改めて見て、ようやく思い出す。

 彼は、魔物襲撃事件の時にウィステリアを馬車から連れ出した子であり、野営の時に側に控えてくれていた子でもある。

 思い出すのは、期待を込めた目、それが恨みに変わった目。


 でも、今は違う。

 朗らかな笑みを浮かべ、穏やかな目をしている。

 それが何とも面映ゆかった。




「どうかしたか?」


 案内が終わると、話を終えたオブシウスが待っていた。

 ウィステリアは、余計なお世話とは思いましたが、と前置きしてから答える。


「あの少年が、魔力神経不全症に見えたので」

「魔力神経不全症?」

「魔力保有者が、青年期から訓練を始めると魔力神経が上手く繋がらないことがあります」


 魔力は、魔力神経を通じて扱われる。

 だが、青年期から訓練を始めた者は、その接続が弱く、うまく脳からの命令が伝わらないことがある。


「詳しいな」

「治療を受けに来る方がいらっしゃるので」


 ウィステリア自身は治癒はできずとも、知識として覚えなくてはいけなかった。

 残念ながら、魔力神経不全症は治るものではないのだが。


 そう、治らないのだ。

 できることは、体に染みこませること。決まった動作で、決まったやり方で。反射のように、無意識のうちでも発動するように。



 そこまで考えていると、ふと頭に思い浮かぶものがあった。

 きっと彼らにとってもよい提案だろうと、何気なくそのまま口にした。


「やっぱり……私よりも、治癒のできる神子の方が。その方が、彼らにとっては心強いのではありませんか」


 その言葉に、訓練場の空気が一瞬、凍りついた気がした。


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