幕間 授業と手遊び
5-1~6-1の間にあった小話です。
別館の一室で、ウィステリアは机に頬杖をついて、スパロウからの言葉を何度も頭の中で反芻していた。
『ここにある本は、どれでもお好きに手に取って頂いてかまいません。ただ、もしよろしければ――休憩の合間に子どもたちに読み書きや計算を少しでも教えて頂けませんか」
断るという選択肢はなかった。
こちらの頼みを快く受け入れてもらった直後に拒否するほど、恩知らずではないつもりだ。
「ねぇ、コニー。読み書き計算は、どのぐらいできる?」
「実は私、けっこうできる方なんです」
孤児院の現状を知るために声をかけると、コニーは胸を張って答えた。
「どんなふうに、教わったの?」
「うーん……説明が難しいです」
コニーが一転して困った表情になる。
話を聞く限り、体系だった教育は受けていない。大人の手が空いた時に少しだけ教わる。お使いで買い物に行って覚える。
そのため、やる気がなければ身につかない。
コニーは大人の話を聞くのが好きで、そのために勉強しては質問しにいっていたのだという。
ウィステリアは、こっそり溜息を吐いた。
聖国の孤児院では、子どもたちの将来は決まっている。
――優秀な者は、神官付きに。学のない者は、下働き。
その二つには、天と地ほどの差がある。
だから皆、授業はまじめに受けるし、自ら机に向かう。
しかしこの孤児院には、その焦燥がない。悪いことだと言い切れないが、良いことでもない。
形だけの授業でもよかった。だが、せめて機会は与えられるべきだ。
そのわずかな機会に興味をもてるように、楽しい授業にしたい。
そう考えたせいで、その日は一日中悩むことになった。
「ひとまず、基本はここまでにしましょう」
昨日の初回の授業は、無事に終わった。最低限の目的は果たせた。
そのため、今日は少し趣向を変えることにした。
まだ数を数えるのがやっとの子たちには、小石や枝を使って足し算のさわりを教えた。
だから次は、もっと気軽で楽しいものを。
「じゃあ、次は手遊びをしましょう」
飽きて眠そうにした子や、テストだと身構えていた子たちが、一斉に顔を上げる。
半信半疑の声が漏れる
「手遊び……?」
「新しい遊びを教えるわ。リリ、相手になってもらっていい?」
呼ばれたリリを前に座らせ、ウィステリアは両手をあげて見せる。
「最初に、両手の指を一本ずつたてるの。そして、交互に攻撃をしていく。攻撃された側は、受けた指の本数だけ指を立てる」
実際に動かして見えながら、交互に攻撃を繰り返していく。
「指が五以上になったらドボン。手を下ろす。先に両手が落ちた方が負け。――簡単でしょう?」
子どもたちの表情が変わっていく。退屈から興味へと。
やってみて、と声をかけると、我先にと向かい合い始めた
最初は指を一本一本個上に出して数え、たどたどしく動かしていた。
だが、ほどなく慣れ、指は素早く動き、勝敗の声があちこちで上がる。
単なる手遊びに見えて、数の組み合わせを自然に考えさせる。
もし学びにならなかったとしても、――楽しそうなら、それでいい。
「もうやだー!」
数日後、ウィステリアの隣で、リリが唇を尖らせた
「どうしたの?」
「あの遊び、先攻だと勝てない! 全然楽しくない!」
不満をまき散らしながら歩き回るリリを見て、ウィステリアは目を丸くする。
「すごい。もう気づいたの?」
「何に?」
「先攻は不利で、後攻が有利って」
「ずるい! 知ってたの!?」
リリが立ち止まって、抗議の声を上げる。
ウィステリアは思わず笑った。ほんの数日で、そこまで到達するとは。
「ごめんなさいね。お詫びに、追加ルールを教えましょう」
「追加ルール?」
「ええ、皆にも伝えないとできないから、呼んできてくれる?」
「わかった!」
リリは勢いよく駆け出して行った。すぐに他の子らを連れて戻ってくるだろう。
――繰り上げルールで、一桁の足し算を覚えてもらう。
――分裂ルールで、引き算の感覚も身につけてもらう。
勝ちたいからこそ、子どもたちは学ぶ。
数がどう成り立っているか。どんな組み合わせがあるのか。遊びの中で自分から考えていく。
(分裂ルールは終らなくなるから、回数制限を付けるようにしようかな)
教え方を頭の中で組み立てながら、近づいてくる楽し気な足音を、ウィステリアは静かに待った。
本編はあまり寄り道しないように書いています。
そのため、たまにこうしたエピソードを幕間として投稿します。




