表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/20

11

流血表現があります。苦手な方はご注意ください。


 これで、人狼は弱体化する。

 その考えが甘かったことを、オブシウスは間もなく痛感することとなる。


 魔法を放つと同時にオブシウスは走り出し、剣を振り下ろした。

 先ほどの手応えのなさからは一変し、刃は肉を切り、骨を断った。だが、息の根を止めるには不十分だった。


 片腕を半ば失いながらも、人狼は種だけを見つめ止まらなかった。

 その先には、無防備なウィステリアがいる。


「ウィステリア!」




 体が浮遊感に包まれ、足が空を切る。

 ウィステリアは人狼に掴まれ、持ち上げられる。眼前には、ぽっかりと開いた口が見えた。

 食べられる前に、握りつぶされるのではと思う。肋骨が軋み、息が詰まる。


 なんで、と疑問がウィステリアの頭を占める。

 世界樹の種によって強化・変異したのであれば、失えば元に戻るか、大幅に弱体化するかと思われた。だが、目の前の現実は違う。


 何かが足りない。見落としている。

 酸欠で意識が飛びそうになる。白くもやがかかる脳裏に、情景が浮かぶ。

 そういえば、ゲームのイベントとして描写されていた。人狼は、死霊系モンスターに分類され、物理攻撃や魔法攻撃に高い耐性を持つ。

 ゆえに、神聖な何かで、その耐性をはがさなければならない。


 力を練り上げるほどの余裕はない。

 一縷の望みを賭けて、鞄の中に手を伸ばす。しかし、手探りの状態では指先をかすめるだけで、目的のものが中々掴めない。


 駄目かと思った時、ウィステリアの目の前を蝶が横切る。――淡く光る紫色の蝶が。


 虚を突かれたように、人狼の動きが一瞬止まる。

 その隙にようやく掴んだ()()()()()()()()()()()を、迫る口の中へと投げ入れた。

 


 絶叫が辺りに響き渡る。

 人狼がウィステリアを放り投げる。

 一瞬の浮遊感、直後の落下感。

 悲鳴を上げる間もなく、ウィステリアは目をつぶって衝撃に備えるしかできない。だが、待てども痛みはない。


 振り返ると、至近距離にオブシウスの顔があった。

 油断なく一点を見据えている。


 視線の先へと向けると、口の周りが焼けただれ、煙を吐き出しながら近づいてくる人狼の姿があった。

 オブシウスが、無言で前へと進み出る。

 一歩ずつ両者は近づき、互いの距離が間近まで迫ったところで、示し合わせたかのように同時に腕を振り上げた。


 そして――人狼の首が宙にとんだ。




 群れのリーダーであった人狼が倒れたことで、狼たちも戦意を失って散り散りに去っていった。

 皆が動きを止め、武器を下ろす。ようやく本来の静けさが戻ってきた。


 座ったまま胸をなでおろすウィステリアの前に、先ほどの蝶が飛来する。

 ウィステリアが目を丸くしていると、蝶は話しかけるようにゆっくりと翅を動かす。


 ――明日、太陽が天頂に昇る時。

 脳裏にそんな言葉が浮かぶ。

 愕然とするウィステリアを尻目に、蝶は溶けるように消えていった。



 ウィステリアの身体のあちこちが、思い出したかのように痛みを訴え始める。

 掴まれた時に爪が皮膚を食い破り、肉を抉っていた。血に濡れた衣服が張り付いて、気持ち悪い。

 それでも、いつまでもへたり込んでいるわけにはいかない。

 

 痛みをこらえて、ウィステリアは立ち上がる。

 いつまでもへたり込んでいるわけにはいかなかった。

 予定に変更はない。それならば、明日に備えなければならない。


 ウィステリアが立ち上がった瞬間、くらりと体がふらついた。

 倒れる前に、オブシウスがその体を支える。


「動くな! まず傷を癒せ」


 その言葉に自分の体を確認すると、服が血で真っ赤に染まっていた。

 思い出したかのように、全身が痛みを訴え始める。

 

「本当の、本当に、私は癒せないんです」

「ならば薬はどうした?」

「あれが最後の一本でした」


 動かなくなった人狼に視線を向ける。

 聖水入りの回復薬がのおかげなのだと説明する。

 オブシウスが再び口を開きかけたところで、コニーに支えられたスピネルが歩み寄って来る。


「兄さま……。その、ごめんなさい」


 自分の引き起こした事態の大きさに、顔色を失っている。肩を震わせ、深くうなだれる。


「スピネル、お前は――」

「スピネル様。私の大事なものを一緒に探してくださり、ありがとうございます」


 オブシウスの押し殺した声を遮って、ウィステリアは前に出る。

 痛みが強くなるが無視する。今優先すべきことは、事態の収拾と明日の準備だ。

 そのために彼女に近づき、手を取る。


「あなた様のおかげで、明日の儀式は問題なく執り行えます」


 触れたスピネルの指先は冷え切り、見上げる瞳は驚愕と困惑で揺れ動いている。何か言おうとする二人に、ウィステリアは小さく首を振る。


「待て、儀式は延期だ」

「いいえ、予定通り執り行います」


 オブシウスが、厳しい表情を向ける。ウィステリアも怯むことなく、相手へ視線を返す。

 念押しまであった以上、ここで立ち止まることはできない。


「戻りましょう。明日に備えなければなりません」

「待て、無理だ。その体で――」

「言ったはずです。私は、私の全てを賭けてでも、成し遂げます」


 オブシウスが大きく息を吐いて、髪をかき上げる。


「説明をしてくれ。なぜそうも明日にこだわる?」

「……」

「口にしなければわからない」


 それはその通りだと、ウィステリアも頭では納得はしている。

 納得はしていても、忌避感がある。

 届くことない言葉を、伝わらない思いを、口にしたくない。言っても栓のないこと、と諦めていたい。

 そうすれば、聞く耳を持たない相手と言葉の足りない自分を、責めるだけで済むから。後悔と失望をしないで済むから。


 ウィステリアは視線をそらして、黙り込む。


「そうせねばならない理由があるのであれば、こちらも協力する」

「……」

「言わなければ助けられない」


 彼は、いつだってウィステリアの言葉を待っていたし、話を聞いてくれていた。

 知っている、わかっている。――ただ、心だけがついてきていないだけ。

 不安と期待の天秤が揺れ動く。最終的に勝ったのは――。


「日にちはずらせません。もとから、神が定めた日時なのです」

「事情が事情だ。変更してもらうことはできないのか?」

「無理でしょうね。先ほども御使いから“明日の正午”と念を押されました」

「それでも……」


 言いつのるオブシウスに、ウィステリアは首を振る。


「一歩間違えれば、百年ほど神木は諦めてもらうことになります」

「――承知した」


 オブシウスは為政者だ。

 必要であれば、少数を切り捨て多数を救う選択をとれる。でもそれは、好き好んでのことではない。

 手を差し伸ばせるのならば、それを躊躇うこともない。

 やらざるを得ないのであれば、打てる手を全て打ったうえで執り行う。


 急にウィステリアの身体が宙に浮く。気が付くと、オブシウスに抱き上げられていた。


「明日、あなたは儀式だけに集中してくれればいい。余計なものは全て省略する」


 そう言い切って、治療のために医者と神官を邸に呼ぶように伝令を出す。他にも次々と指示を下していく。

 ずんずんと来た道を戻るオブシウスの抱えられたまま、ウィステリアはただ運ばれる。


「来賓の対応もこちらで行う。念のため、強めの鎮静剤も必要か」


 聞こえてはいるものの、意味を理解することなく通り抜けていく。

 驚き固まる猫のように、ウィステリアの思考も体も何一つ動かなかった。


次で第一部ラストです。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ