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8-2


 「では、話を続けても構わないな。――早急に決めなければいけないことは、土地についてだ」


 オブシウスが仕切り直してくれたことに、ウィステリアはほっとした。その反面、応じるとは言ったものの、話し合いが続くことに疲労も感じていた。

 すっと目の前に、この町の図面が広げられる。道や建物が記されたそれは、部外者に見せていいものではない。

 ウィステリアは、視界を外しながら会話に応じる。


「土地に条件はないということだったが、地脈や水源などを考慮しなくて本当にいいのか?」

「必要ありません。神木は、砂漠でも海の中でも、根を張ることができますから」

「なら、必要な広さは?」

「最低でも、成人男性三人が手を繋いで輪になれるぐらいは必要でしょう。可能ならば、五人ほど見てもらえると安心ですね」


 オブシウスが頷くと、手元のリストに次々と線を引いていく。


「高さに関しては何かあるか?」

「できれば、周囲に三階建て以上の建物がない方が安心でしょう」

「成長を阻害するか」

「いえ、建物が壊します」


 オブシウスが一瞬言葉を失う。


 神木は非常に頑丈なため、成長したときに邪魔な位置にあるものは破壊してしまう。

 屋根や壁に穴を開けた。石畳を壊した。そんな話を、ウィステリアは聞いたことがある。


 オブシウスが、候補地のリストを差し出す。

 ざっと流し読みすると、半分以上に二重線が引かれている。


「後はもう、皆さまのご都合ですね。政治的利用や観光地化、憩いの場として使われることもありますから」


 いくつかの候補を指さしながら、ウィステリアは指摘する。


「まさに、領主邸は政治利用と捉えられましょう。中央広場では観光地として内外へのアピール、教会はどちらかと言えば内向きで、国民が集まる場になりそうですね」

「領主邸は一応候補として挙げたが、長い目で見れば政治的摩擦に繋がりかねない」

「今代、次代までは問題ないでしょうが、将来的には懸念が残りそうですね」


 オブシウスが頷く。残る候補は二つだ。


「後は、そちら側の問題ですね。――ただ気になることがあるとすれば、中央広場の噴水を撤去しては、近隣住民が困るのではないですか? あれは生活用水にもなっていませんでしたか?」

「その通りだ。移設する予定ではあるが、年単位で不便をかけるだろうな」


 あの噴水は魔道具で、地下水のくみ上げから浄水処理まで行っている。住民の生活を支える、重要な設備だ。

 噴水が突然なくなれば混乱は必須だろう。


「やはり、郊外の教会が有力候補か」

「ですが、畑を潰されては、孤児院の子どもたちが飢えることになります。――それは見過ごせません」

「畑は近くの空き地を代替地として譲ることを検討している」

「開墾から収穫まで、多くの時間が必要です」

「その間は、食糧援助の用意がある」


 孤児院の出として、胸が痛まないわけではない。それでも、必ずしも悪いことではない。

 神木を目当てに人が集まれば、寄付も集まりやすくなる。資金的には潤うはずではある。


「とはいえ、教会側から許可をもらい、議会の承認が下りないことには、決定はできない」


 強制接収せずに話を通してくれることに安堵して、ウィステリアは頷いた。



 シトレンが、テーブルの上を片付けて、代わりに新しいカップが置かれる。ふと思いついたように、彼が口を開く。


「少々お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「例の、世界樹の枝が神木になるのですか?」


 思いがけないことに、ウィステリアは目を丸くする。

 挿し木のようなものを想像しているのだろうか。気持ちはわからないでもないが、そうではない。


「違います。種からです」

「種? 神木の種が存在するのか?」


 オブシウスが唸る。


「いえ。神木の種というより、世界樹の実からとれるので、世界樹の種。でしょうか」


 今度は彼らが、驚く番だった。

 言葉を失う彼らを尻目に、ウィステリアは服の下に隠した巾着を取り出す。袋の中身を掌にのせると、二人に見えるように差し出した。


「これが?」

「種には見えませんね。宝石のように見えます」

「枝のような圧は感じないな」

「ですが、何か惹かれるものがあります」


 二人がのぞき込んで、口々に言い合う。

 言葉の通りに、形こそは巨大なレンズ豆のようであるが、とても種のようには見えない。角度によって七色に変わる半透明のそれは、硬質な輝きを持ち、宝石と言われた方が納得できる。

 ウィステリアは、戻しながら尋ねる。


「なぜそのようなことを?」


 一瞬、彼らが目くばせをしあう。


「当日は、王都から貴賓を招くことになる」

「なるほど、貴賓の方々にご不快の思いをさせるわけにはいきませんね」

「枝は必要ないのか?」

「触媒として使用しますが、直前まで包んでおきますので大丈夫でしょう」

「儀式の詳細や当日の流れについては、後日話し合うことにしよう」


 また話し合いがあるのかと、ウィステリアは少々うんざりする。

 気を紛らわせようと菓子を口に運ぶと、ほろりと溶け、上品な甘さが口の中に広がる。美味しい。



 話が終わったところで、オブシウスが少し言いづらそうに話し出す。


「別館が居心地が良いとは聞いたが、本館に移らないか? スピネルには言い聞かせておく」


 ウィステリアは思わず眉を下げる。

 既に今朝も彼女がらみでひと悶着あったのだが、知らないのだろうか。


 黙っていると、オブシウスは何かを察したようだ。

 彼を信用していないわけではないが、話すのは告げ口をするようで少し気が引ける。ウィステリアが答えに窮していると、横からシトレンがコニーに聞き取りをしようかと口を出す。

 仕方なく、ウィステリアはここ数日のことを話さざるを得なかった。そして、一通り話し終わると頭を下げて謝罪した。


 今なら少し同情できる。

 養子の立場で、実子を制するのは難しいところがあるのだろう。


 ひとまず、ウィステリアは移ることは断った。オブシウスは代わりに、信頼できる女性を別館に送ると言った。

 その人は、かつて女主人である領主夫人に長年仕えていた、女性の使用人を統括する立場にいる。スピネルの命を受けた者を叱責することができる。つまり、防波堤としても使ってほしいとのことだ。

 ウィステリアは、有難く受け入れることにした。




 そうしてやってきた女性は、マルダというふくよかで朗らかな人だった。

 ウィステリアを見るなり、まずは身だしなみを整えましょうと言って、入浴の用意をさせる。自分でするというウィステリアを押し留め、きびきびと洗い、肌にクリームを塗り、髪を整えていく。

 鏡の前に座ったウィステリアは、こうも変わるものかと驚いた。


 鏡なんて、まともに見るのは何年ぶりだろうか。

 聖国の自室に鏡がなかったわけではないが、余裕がなかった頃に見るのも嫌で隠してしまった。あの頃は、自分だけど自分ではない姿を、ウィステリアは受け入れられなかった。


 マルダが、ウィステリアの髪を梳きながら朗らかに話す。


「本当にもったいない! 御髪もお肌もきちんと整えませんと。身だしなみは、女性の武器なのですから」


 おかげさまで、肌はしっとりと潤い、軋んでいた髪は艶やかだ。

 決して、今まで疎かにしていたわけではないが、特別に手をかけていたわけでもない。

 それでもこれほど変わるのだ。ウィステリアは少し反省した。


「……スピネルお嬢様のことは、申し訳ございません」


 マルダの手がとまり、鏡越しに目を合わせた。


「お嬢様は遅くにできた子で、皆が目に入れても痛くないほどに可愛がりました。お嬢様も素直で活発な良い子だったのです」

「……」

「今は、少し熱に浮かされているようなもので……。何卒、何卒、寛大な心でお許しください」


 ウィステリアが気にしていない、許すと言っても、彼女の表情は晴れない。

 スピネルのことが余程可愛いのだろう。そのせいで、彼女への愛情とウィステリアへの申し訳なさで、心が揺れ動いている。

 懺悔も聖職者の仕事の内だ。誓って他言はしないと言と、堰を切ったようにマルダは話しはじめた。


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