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別館の玄関先で、甲高い怒鳴り声が響いていた。
ウィステリアは呆れた目を向けながら、毅然として言い渡す。
「スピネル様には、お気持ちだけで十分ですとお伝えください。十分事足りてますから、以後も追加の人員は必要ありません」
全身から怒りを発しながら、騒いでいた女は本館へと帰っていった。
これで何度目か。
身の回りの世話と称して、女性使用人が別館へと度々やってくるようになった。招き入れた途端、彼女らは勝手に荷物を検めようとしたり、ウィステリアの行動に口を出したりと、妙な行動ばかりが目に付いた。
仕方なく追い返すと、次の日もまた次の日も別の人間がやってくる。
コニーの聞き込みの結果、皆スピネルの信頼の厚い者たちだったということがわかった。
その分、さらに謎が深まった。
偽神子疑惑が払拭されたにもかかわらず、スピネルはウィステリアを未だに目の敵にしている。
未だ疑いが残っているのかと思いきや、コニー曰くもう偽物などと言っている人はいないらしい。
そうなると、ウィステリアには思い当たるところはない。今のところは実害がないので、来るたびにお断りしているのが現状だった。
あの話し合いから五日後、ウィステリアは再びオブシウスと向き合っていた。
ウィステリアが腰を下ろしてすぐ、オブシウスは話しはじめた。
「無事に話はついて、女王陛下から神木に関しては、こちらに一任する旨の回答をいただいた」
ウィステリアは、目を見張る。
信じられないほど、決定が早い。
まだ、五日しか経っていない。早馬を使ったとしても、書簡を三往復するのがせいぜいだろう。
ましてや、一介の領主代理が王と直接やり取りできるはずもない。必ず間に誰か入る必要がある。そして、間に入る人が増えれば増えるほど、伝達には時間がかかる。
余程風通しがいいのか、それともトップの権限が強いのか。もしくは両方か。
「領主である義父が王都に滞在していて、相当骨を折って頂いた」
「随分と陛下からのご信頼が厚いのですね」
「ああ、この都市を十二分によく治めている方だ。――後、生家が力添えしてくれたそうだ」
「生家、ですか?」
首をかしげると、オブシウスが自分は養子だと説明する。
元は王都の名の知れた一族の生まれらしいが、様々な事情で家を出なければならなくなったらしい。
そこで、長年子宝に恵まれなかったカーネリアン家に白羽の矢が立った。無用な憶測や遺恨が残らぬよう、オブシウスの養子入りは王命によって行われた。
後に、カーネリアン夫妻に子どもが生まれたが、女の子であったこと、王の意向もあったことで、そのまま養子縁組は継続されたそうだ。
「無事にお話が進んだようで、何よりでございます。オブシウス卿のご尽力に感謝いたします」
「いや、それはこちらの台詞だ。こちらこそ、感謝している」
この部屋に入って来た時、オブシウスの顔には疲労の色が濃かった。ようやく肩の荷が下りたのか、ほっとしたように表情を緩める。
いつも険しい顔しか見せてなかった人の微笑に、ウィステリアもまた笑みを浮かべていた。
「次は、神木を植える土地の選定か」
「そうですね。先日申し上げました通り、後は土地の選定さえしていただければ、後はこちらで全て行います」
「待て、なぜそうなる」
「どうしましたか?」
彼の言う通り、次は場所の決定だ。それが終われば、準備の大半が済んだと言っていい。
これ以上迷惑をかけることなく進めようとしているのになぜ、とウィステリアの頭には疑問ばかりが浮かぶ。
「あなたへの、数々の嫌がらせは何かしらの形でお詫びする」
ウィステリアは考える。嫌がらせ、を受けた記憶があまりない。
思い当たることは偽物疑惑に関することだが、この件に関しては神子として当たり前のことができない自分に非がある。咎めることはできないし、その気もない。
ならば、なかったことにしようと笑顔で言い切った。
「私はあなた方に嫌がらせをさせられた記憶などありません」
「……。皆の態度を咎めなかったこと、この都市に留め置いたこと、不十分な使用人と別館で過ごさせたこと。不利益を被ったはずだ」
ウィステリアの意図が伝わらなかったとは思えない。オブシウスは、あえて流れに乗らなかった。
「まず、皆さまに疑念を抱かせてしまったのは私の落ち度です。謝って頂くことではありません。それに、別館で気兼ねなく過ごせたので、私としてはむしろ助かりました。コニーにも、満足しています」
内心で苦々しく思いながら、返答する。
「何より、私はこの地に神木を植えるのだと思っていたので、留め置かれたとは思っていません。おかげさまで、十分な調査もできましたし。そちらには何か思惑があったのかもしれませんが、私の預かるところではありません」
こんなやり取りに意味があるのだろうか。謝罪も話し合いも必要ないのに。
「では、なぜ協力を拒む? 儀式に関して秘匿せねばならない事があるのであれば、尊重しよう。なぜ、そうも一人で行おうとする?」
オブシウスの疑念はもっともなことだ。でも、長年相談相手もなく、親しい者もいなかった彼女にとって、やっておくから放っておいては当たり前のことだった。
だから、こういう時の対応がわからない。ウィステリアは押し黙るしかなかった。
いろんな言葉や思考が駆け巡っていく。それらは、はっきりとした形になる前に消えていく。
いつもであれば、相手の方が諦めて結論を出すのだが、オブシウスにはその様子はない。
結局、ウィステリアは降参するしかなかった。
「わかりました。協力しますし、話し合いにも応じます」
「無理強いをしたいわけではないのだが」
「いえ、その、あまり人と協力することに慣れておりませんで……」
オブシウスの視線が痛い気がして、ウィステリアは顔をそむける。
ある種の傲慢のように感じていた。
周りの振る舞いを気にも留めぬウィステリアの姿は、気高いとも見えるが、その本質は無理解だと見ていた。
オブシウスは、養子としてこの町に来た。
自分の立場はわかっている。王の意向や生家を盾に威張ることなく、淡々と結果を積み重ねてきた。周囲に気を配り、皆の話をくみ取って、生かすようにも心掛けた。
だからこそ、カーネリアン家や皆には遠慮があることは確かだった。時にある程度のことを見逃すことはあったが、度が過ぎないように内に留めたり、窘めることはあった。
ウィステリアから見える世界とは、どのようなものなのか。オブシウスには、理解できなかった。
聖国や宵の国の対応にも、気に留めた様子はない。治癒術は行使しないが、貴重な薬は惜しみなく使う。言いなりかと思えば、大人しくなどしていなかった。
そして何より、圧倒的な実力を見せてなお、何かを強いることも糾弾することもなかった。
オブシウスは、目の前に座るウィステリアを注視する。
よく見れば、微かに眉を落とし、視線をさまよわせている。
そこには、孤高の神子というよりも、人付き合いの苦手な少女がいた。
これは、手間がかかるかもしれない。そう思いながらも、視線を逸らすことはできなかった。




